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辺りは、暗くなっていた。
現在、午後六時。そろそろお暇しようかと、樫木は携帯電話の、ディスプレイを見ながら考えた。今日は、かなりの進展だった、そして、死ぬ程嬉しかった日だ。樫木は生きてて良かった、と、真剣に思った。彼が、こういった感情を持つのは、極めてまれである。ただ、茶話矢と会ってからの樫木は、感動しまくっているので、実はこれがデフォルトだったのかもしれない。それとも、茶話矢と会って、自らの価値観が変化したのだろうか? おそらく、どちらともだろう。
「あれ、なんだろう?」茶話矢は、唐突に坂を指さした。
「え? なんですか?」
「ほら、あの黒くて、丸いやつ」
「いや、見えないですけど」樫木は、目を凝らした。だが、なにも見えない。
「私、目がいいからかな。なんか見える」
「なんですかね」樫木は、目を細めている。まだ暗い坂のままだ。
「転がってる」
「え?」
「こっちに向かって転がってる」
「サッカーボールじゃないですか?」
「そうかなあ」
「よく、転がってくるんですよね?」
「うん」
「だったら、そうですよ」
「でも、それにしては、遅いよ」
「うーん」
「なんか、濡れてる様な気がする」茶話矢は、身を乗り出した。「後がついてる」
「僕、見に行ってきますよ」
「丸い」
「そりゃあ、ボールなんですから」
「なんか、ついてる」
「はあ」
「口」
「へ?」
「目、鼻、耳、髪」
茶話矢は、続ける。
「人の、首だ」
首が、
人の生首が、
ごろごろごろと、
縦に、不規則なリズムで、
ラグビーボールの様に、
髪の毛が上へ下へと、
血が絨毯の様に、
坂を、
生首が、
坂を、下りていた。
「あれ、生首だよね?」
「多分」
首のスピードが速くなる。
十メートル。
「こっち来るよ」
五メートル。
白い目。
開いた口。
目が合った。
女性の顔。
血の音。
転がる音。
スローモーション。
匂いがした。
死体の匂い。
死の匂い。
一メートル。
「うわっ」
茶話矢は右に飛び上がった。
生首は、茶話矢の少し左、花を入れている花瓶に、鈍い大きい音を立てながら、衝突した。
「なにこれ?」茶話矢は、樫木の背に隠れ、左腕を掴みながら言った。「本ものかな」
「本ものでしょうね」
「気持ち悪い」茶話矢は、後ろを向いた。
「全くです」
「樫木くん、よく平気だね」
「平気じゃないですね」
「通り魔かな?」
「多分」
「なんで、うちのお店に」
「警察に電話しましょう」
「でも、電話、家の中だよ。入れない」
「僕持ってます」
「よかった」
「便利ですね、携帯電話って」
「平気なんじゃん」茶話矢は呟いた。「あー気持ち悪い」
「薬、取ってきましょうか?」