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茶話矢は、樫木の分のお茶と、星座の分、そして新しく自分の分をお盆にのせ、ベンチへと行った。ベンチの一番右に、茶話矢。真ん中に樫木。左に星座、という座り位置。ふと、茶話矢は腕時計を見てみる。現在、午後二時。今日樫木は、学校は十二時に終わったらしい。
この三人で話すのは、随分久し振りだと、茶話矢は思った。三人で話したのは、つい一週間前だったのに、もうなん年も会っている友達みたいな感覚だ。うーん、何故だろう。しかし、そういえば、前回、櫻蘭館では、仕事というのもあり、三人であまり喋れなかった。というか、すぐ事件に巻き込まれ、それどころではなかった、の方が正しいかも。そういえば、事件はどうなったのだろうか? 確か、昨日、関係者の人が亡くなったというニュースをテレビで見た。うーん、とにかく、早く犯人に捕まってほしいものだ。
茶話矢は、二人に麦茶を渡し、樫木の右隣に座った。お盆は、ベンチの右端に置いてある。
茶話矢は、麦茶を飲みながら、辺りを眺めた。人はあまり歩いていない。周りは殆どが民家で、コンビニも少し遠い。だが、茶話矢はこの土地を気にいっている。ご近所さんも、楽しい人が多いし。自然も多い。やっぱり、呑気が一番である。
「まやちゃーん、こんばんはー」
星座の左方向から、近所のおばあちゃん、白石がやってきた。
「白石さん、お久し振りです」茶話矢は軽く頭を下げる。つられて、樫木と星座も頭を下げる。「あ、こちら、掌星座さんといって、私のお友達です」茶話矢は立ち上がって、星座に左手を向ける。「初めまして、掌と申します」掌は、立ち上がって、ひらがなの、ん、の字の様に挨拶をし、またベンチに座った。スカートの両端を持つ、いつものスタイルだった。
「あらあら、お姫様みたいねえ」白石は干し柿の様に笑う。「そうだ、まやちゃん。まやちゃんは、スポーツの成績とか、よかった方かい?」
「スポーツですか?」茶話矢は少し首を傾げる。「はい。百メートル走とか、水泳とか、得意な方でしたよ」
「来週、うちの孫が、運動会出るじゃないか。それでね、なにかコツを教えてもらいたいのだけれど」
「どんな競技があるのです?」茶話矢は白石に聞く。
「球転がしとか、借りもの競争とか、えーと、あと」白石はうーんと、唸る。
「パン食い競争とか、まだあるんですかね?」樫木が呟く。
「パンフレットを見た限りでは、確か、なかったかなあ」白石は空を見上げた。「あとは、リレーと、騎馬戦だったねえ」
「球入れや、障害物競走は?」茶話矢は、陽気な声で言う。「あ、でもさ、先生とか、保護者が参加するやつあったじゃん? あれおかしかったよね」茶話矢は樫木を見て話す。「私の学校では、私のお母さんと先生が一緒に障害物競走してた」
「障害物競走、僕やった事ありますけど、あれ、緊張するんですよね」樫木は片手を広げながら話す。
「孫が、どうも、自信なさそうでねえ」白石は唇を、たらこ状にする。「なにか、知恵を拝借しようと思ってね」
「特訓ですよ、特訓」茶話矢は微笑んだ。「そういう時って、家の前で特訓したりしましたよ、私」
「ああ、いいかもねえ」白石は、ポン、と体の前で両手を合わせた。「おっ、そろそろ私は帰るとするよ。そういえば、約束があったんだ。それじゃあね」
「ええ、また」茶話矢の声とともに、三人は、一斉にお辞儀をした。
白石は、両手を背中で組みながら、来た方向と、反対方向へと歩いていった。
「お二人とも」唐突に、星座は澄ました表情で前を見ながら口を開いた。「ちょっと、よろしいかしら?」
「急に、どうしたんです?」と樫木。
「うん、いきなりどったの?」茶話矢も聞く。
「犯人は、おそらく、柳麒麟さんです」




