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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第五章 どすっ、ぐさっ、ぱりん
33/40

「樫木くんは、事件の話、聞かれました?」

 樫木は、突然、星座から事件の話を切り出された。

 星座は樫木の左横に座っている。

 日傘がベンチの横に立てかけられ、そのすぐ横にバスケットが置かれていた。

 樫木は、少し驚きながらも答える。「ええ、聞きました、昨日の夜。この近所、情報網だけは凄いんですよ。でも、ニュースもやってましたよね。えーと、柳家のご主人と、あと、もう一人、長男の方が、殺されていたっていう」

「ええ。ただ、まだ他殺だと決まった分けではないですけれども」星座は続ける。「まだ正確には報道されていませんし、警察も見解を発表していません」

「星座さん、なにか知っているんですか? あ、そういえば、捜査に協力されているんですよね?」

「ええ」星座はにっこり微笑む。

「前から気になっていたんですけど、星座さん、事件を解決しても、一銭にもならないじゃないですよね、でも、警察の捜査には協力されている。ちょっと、理由が知りたいなあ、なんて思ったんですけど」

「あら、樫木くん、私に興味持ってくれてるのかしら?」

「は、はあ」樫木は曖昧に微笑んだ。

「人は、生きられる時間が決まっています。正確には、決まっていませんが、しかし、大体、長く生きられても、百年程でしょう。その中で、私は自分の興味がある事だけ行ってっていきたいのです」

「それが、殺人事件の捜査なのですか?」

「私は、まだ、自分の興味のある事が、自分自身で分かっていません。ただ、朧気ながらに思うのは、思考と行動を繋ぐ不透明な仕組みと、現実と真実の絶対的な差異を、把握したいという欲求があります。有り体な言い方をするならば、殺人事件を捜査には、それらの要素が、私の知っている限りで一番多いと判断されただけです」

「えーと、さっぱり分からないんですが」

「つまり、なんとなくって事です。私は、正義感からだとか、事件を解決するのが好きだからとか、そういった理由で、警察に協力はしていません。なんとなく、その先に、面白そうなものがあると、思っているからです」

「うーん、よく分からないですけど」

「樫木くん、少し、喋り方、変わりましたね」星座は少し首を傾げた。「以前より、積極的になっている。やっぱり、男の子って、恋と成長って、同義なんですね。うーん、やっぱり、あの時、一線を越えなかった事が、悔やまれる」

「ん? なんの話ですか?」

「樫木くん、ミステリー作家を目指されているのでしょう?」

「ああ、ええ。そうです」樫木は、星座のスライドショーの様な会話についていく。「うーん、でも、さっぱり目が出でませんよ。やっぱり、難しいですね」

「ちょっと、ご相談があるのです」星座は右手一差し指を立てる。「バラバラ殺人事件の捜査は、今もって、全く解決に向かっていません。むしろ、混迷に向かっている様相を呈しています。さて、私は、この事件を、解決したいと考えています。そこで、ちょっと、樫木くん、一緒に、事件について、ディスカッションしませんか?」

「え、でも、僕、そんな推理力もなんにもないですし。ただ、ミステリー小説書いているだけですけど」

「まあ、まあ。いいではないですか」星座は片手を広げる。「では、私が、これから、事件の詳しい概要をお伝えします。あ、勿論、この事は他言無用ですからね、はい。聞いた後、樫木くんは、直感で答えてもらえればそれでオーケーです」

 樫木は、それから、十分程、事件に関する詳しい説明を聞いた。昨日、三崎から聞いたという、鉄太朗と司の死体状況という、最近のものもそこには含まれていた。

 樫木、十秒程、考える。

「直感で、いいんですよね?」

「ええ、構いません」

「一番最初に思いつくのは、えーと、この一連の事件で、五人の人間が亡くなっている分けですよね? 川で発見された女子高生。そこの坂で首を転がされた大学生。そして、庭園で殺された鉄太朗さんの元愛人だったとされる人物、で、最後に鉄太朗さんと司さんの二人」樫木は、一旦言葉を句切る。「一番単純なストーリーとしては、最後の三人を殺したかったけど、それだけだと、自分が捕まってしまうから、捜査攪乱の為に、予め二人を殺しておいた、っていうストーリーだと思うんですけど」

「後に殺すのなら分かるけど、最初に見知らぬ人間を、攪乱の為に殺すかしら?」

「その考えを、逆手に取ったかもしれません」

「別に、最初の二人がいたって、いなくたって、あの館の人間が疑われる事に、変わりはないですわ」

「ですよねえ。うーん、じゃあ、やっぱり、犯人はなん人かいる、って事しか考えられないですよ。最初の二人は、全然別の犯人で、後の三人は、櫻蘭館の誰か」

「でも、凶器の後は全て同じでした。確実に、同一犯です」

「僕、凶器が同じだって知らなかったから、もっと簡単な事件だと思ってましたよ。例えば、最初は無差別殺人をしていたけど、後になって身内を殺したくなったとか。えーと、あとは、無差別殺人をしていた事を、櫻蘭館の人間から揺すられていたとか、そんな感じの事を」

「なるほど。他に、なにか考えられる仮説はありますか?」

「首が切られていたって事は、ミステリー小説の王道で言うと、人物の入れ替わりが基本ですよね。例えば、僕らが坂で見た、生首の人が、実は柳司だったとか。後は、庭園で発見された被害者が、首だけ違う人間だったとか、他には、実は双子の片方が死んでいただけで、本ものは生きていて、その人が犯人とか。もしくは、実は隠し子がいて、その人物が犯人で、今もどこかにいるとか」

「全ての遺体は、顔や胴体部分が一致していました。また、指紋や歯形から、本人だという事が、確実に実証されています。隠し子や、双子は、今のところ、確実にいないとは言えませんが、さてどうでしょうか」

「うーん、ますます分からなくなってきました。というか、やっぱり僕が考えると、どこか、小説のプロットみたいになってしまいますね」

「結構、樫木くんて」星座は微笑しながら「クールに話すんですね、いえ、お頼みして、なんですけど」

「ああ、ええ。うーん、特に怖くはないですよね、こういう話。それよりも、生きている人間同士の、諍いとかの方が、僕は怖いです。なんとなくですけど」

「凶器はどこだと思います?」星座は樫木の目を見て言う。

「そうですねえ」樫木は腕組みをした。「あのー、館の中に、モナリザの絵が二枚あったじゃないですか?」

「ええ、覚えています」星座は頷く。

「あれがなにかのスイッチになっていて、で、起動条件を満たすと、隠し部屋が現れて、その中に凶器が隠されていたりとか」

 星座は微笑みながら樫木に答えた。「あそこは、もう三崎さんがお調べになったそうです」

「うーん、そうですか。凶器、凶器かあ。あ、話は少し戻るんですけど、さっきの、被害者の共通点が同じなのに、凶器が一緒という疑問についての」樫木は空を見上げながら言う。「あれですよね、やっぱりというかなんというか、単に、なんとなくだったんじゃないでしょうか? 被害者に、共通点がなかった理由」

「動機は全くなかった、という事ですよね? 充分あり得る話です」

「よく、ミステリー小説にも、そういった話あるんですよ。実は動機がなんにもなかった、みたいな」

「この事件は」星座は言った。「物的証拠がなに一つありません。あっても、柳司の指紋ぐらいです。よって、幾らでも推測が出来る。客観的に見れば、一番簡単なストーリーは、柳司が四人を殺した後に自殺。次に有力なのが、それ以外の人間が、関係ない人間を殺して司に罪を着せつつ、殺したい人間を殺した。そして、三番目に有力なのが、関係者全員が共犯。まあこれも、柳司に罪を着せようとしたところでは、二番目の仮説と、似た様なものですが。しかし、繰り返しますが、証拠がなに一つ残っていないのは、不可解すぎます。逆を言えば、この事件は、証拠が一つでも見つかれば、芋づる式に、解決できる様な気が私はするのです」

「やっぱり、凶器の話に戻る、っていう事ですよね。それとも、実は、花の形をした鎌があるとか、そんなオチじゃあないですよね? ないですよねー」

 樫木は、坂を見ながら麦茶を全て飲み干した。少し、恥ずかしい事を言ってしまった為である。

 ただ、星座に、積極的になった、と言われたのは少し驚いた。実は、それは当たっていた。あの、車での二人の時間、何故かあれからだった。まあ、かといって、あの夜になにか特別な事があった分けでもない。樫木には、そんな勇気は微塵もなかった。全く考えなかったといえば、嘘になるが、現実と妄想は違う。人によって、後一歩の定義は違うが、樫木の中での、後一歩は、相当重い一歩なのだ。

「樫木くん、私、一週間程、パリに行っていたのです」

「は? また急に話が飛びますね。というか、そうだったんですか? 全然知らなかったんですけど」

「あなた、深美さんとはキスをされたのですか?」

「はあっ?」樫木は顔が引きつった。星座からは、まるで、失敗した陶芸の粘土の様に見えた事だろう。「い、いえ、していません」

「でも、あの時、屋上で迫られましたよね?」

「星座さん、見ていたんですか?」

「いいえ」

「見ていないと、分からないでしょう?」

「見ていません」

「本当ですか」

「そのくらい、想像できます」

「星座さん、あなたは、深美さんが初対面の相手とキスを強請る様な人だと、知っていましてね」

「ええ、そうです」

「館に入る前に、あなたは僕に恋のライバルが現れると言った」樫木は片手を広げながら言った。「最初は、茶話矢さんの前に、格好良い男性でも現れるかと思いました。でも、あれは、僕に対する注意だったんですね」

「深美さんは、とても押しが強いですから」星座はにっこり微笑んだ。「それに、樫木くん、あなたは、とても嘘がつけそうにないし、茶話矢さんは、ああ見えて、勘は鋭いものを持っている。もし、あなたが深美さんとの出来心を持ってしまったら、と思い、少し心配になったのです。で、本当にしていないのですか?」

「絶対に」

「でも、深美さんは、嬉しそうじゃありませんでしたか? いえ、私も尋問している分けではないのです。ええ。なに分、プライベートな事でしょうけど、ええ、はっきりさせたいではありませんか?」

 樫木は目を細めて言った。「えーと、思いっきり、プライベートだと思うんですが」

 星座は頬を膨らまして言う。「あっ、もし秘密になさるんでしたら、樫木くんと茶話矢さんが、車の中で一夜をともにしていた事を、色んな人に、言いふらしちゃおうかしらー」

「えっ? なんでそれを?」樫木は目を大きく見開いた。「い、いや、というかですね、その中でも、勿論なにもなくてですね」

「くすっ」星座は口元に右手を軽く当てる。「私は千里眼を持っているのです。そのくらい、簡単ですわ」

 あながち、ただのジョークだとは思えない樫木。

「さあ、観念して、もう言ってしまいなさい。深美さんと、キスしたの?」星座は、樫木に顔を近づけた。

「はぁー」樫木は大きな溜息。「うーん、まあ、やましい事ではないんで、言いますけど」

「うんうん」

「最初、屋上に呼び出されて、そこで、いきなりキスしてくれって言われたんですよ」

「それでそれで?」

「で、僕、人より反射神経がいいんですね」

「ああ、さっきの鉛筆の件ですわね」

「深美さんを、ビンタしちゃったです」

「はっ?」

「ええ、だから、その、ビンタを」

「なんで?」

「まあ、なんで、って言われて、特に理由はなかったんですけど。軽い男って思われているのが、ちょっとカッとなっちゃって。あと、僕高いところ苦手っていうのもあって、極限の心理状態だったんでしょうね」

「でも、深美さんは、嬉しそうにしていましたわ。そんな、キスのお願いをして、男性に叩かれて、嬉しそうにしているなんて、まさか」

「深美さん、初めて会った男性にぶたれるなんて、初めての経験っ。と言って、僕に抱きついてきました」

「それって、所謂、そうですね、マゾってやつですか?」

「さ、さあ。それは分からないですけど、とにかく、今までの男性は、全て強引に口説けば、全員がものになったそうですね。でも、僕みたいな男はいなかったそうです」

「そりゃあそうでしょうよ」

「そう、ですかねえ」

「そういえば、そもそも、屋上でなにをしていたのです?」星座は、頬を掻きながら、目を細めた。所謂、拍子抜けの表情。「さっきの話は信じるにしても、キスを迫られただけだったんですか?」

「ああ、それはですね」樫木は、屋上であった事や、庭園であった事を、手短に星座に説明した。

 星座は、樫木の説明を聞き終えると、小さく頷きながら呟く。「私、そういえば、櫻蘭館の庭園や屋上を、しっかり見た事がないのです」

「えっ? そうなんですか? 櫻蘭館には、なん度も、足を運ばれている様な感じでしたけど」

「深美さんとは、なん度か、館の中にご招待されましたが、いずれも夜だったので。それに、私、女性ですし」

「え? あれ、ひょっとして、ナンパの道具なんですか?」

「花自体も、そもそも蜂へのナンパの道具です」星座は下唇に、左手の人差し指を当てた。「理には適っています」

「いやー、ごめんごめん、電話長引いちゃってさあ。って、あれ? 二人でなんの話?」茶話矢は、樫木の右横に座りながら言った。「なんか、ナンパがどうこうって、聞こえたんだけど」

「えーと」樫木は星座を見た。

「樫木くんは、茶話矢さんがナンパされないか、心配だそうですわ」星座は、今日一番の笑顔を茶話矢に見せた。

「あらー、樫木くーん。私の事、そういう風に見ててくれてたんだあ」にやにやしている茶話矢。

「い、いえいえいえいえ。あ、茶話矢さん、い、今、僕、麦茶がの、飲みたいかもです」

「あれれ、今日だけ麦茶は売り切れだよぅ」

「マ、マジっすか?」

「うっそぴょーん。すぐ持ってくるさね。もう、樫木くん可愛いぞう」茶話矢は、樫木の頭をなでて、店の中へ入っていった。

 樫木は、顔をしかめながら星座に呟いた。

「死ぬかと思いましたよ」

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