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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第五章 どすっ、ぐさっ、ぱりん
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 以下は、夕張が現場に駆けつけ、後から三崎に聞いた話になる。

 まずは、柳鉄太朗死亡に関する情報である。

 柳鉄太朗は、首と、胴体の半分を切られ、横たわっていた。腹部にはナイフが刺さっていて、両手両足は縛られていた。おそらく、犯人は最初に腹部を刺し、次に両手両足を縛り、胴体と首を切ったと思われる。死因は、出血多量。発見場所は、彼の部屋。館の見取り図でいうと、真ん中の螺旋階段の二階、つまりの、二階の北の間で、大量の血とともに、殺されていた。

 柳鉄太朗を、最後に見たのは、五人いる世話係のうちの一人。時間は昨日の午後十一時。発見されたのは、次の日の、午後二時である。鉄太朗は、作家という職業柄、昼になっても寝ている事の方が多かったそうだ。ただ、それにしても遅いのではないか、と、寿洲貴がふと様子を見に行くと、ドアが少し開いていて、中に遺体があったという。

 肉体の切断面は、今までのものと、全く同じ切断面だった。つまり、同じ凶器が使われた、という事になる。つまり、一連の事件の犯人と、同一犯の可能性が、限りなく高いという事だ。

 前日の、鉄太朗には、特に不審な行動はなかったと、家族、世話係は証言している。部屋には、鍵等はかかっておらず、誰でも出入りできる状態だった。

 また、柳鉄太朗の死亡推定時刻時(午前一時から四時)、事件の関係者全員のアリバイはなかった。メイド、執事は全員帰宅。また、深美と麒麟は、ずっと一人で部屋にいたという。夜は、どちらとも、相手の姿を見なかったそうだ。それと、本来ならば、帰宅したメイドや執事は、監視カメラがあるので、アリバイが成立するのだが、今回は、それは無意味となった。監視カメラの映像の中に、黒ずくめの服、フルフェイスのヘルメットをつけた不審な人物が、裏側の塀の上から、高い脚立を使い、館の中に入っているものがあったからである。

 その映像に映っている、不審な人物の、背丈や動きからでは、誰だという特定はできなかった。よって、この映像から、館にいなかった人物でも、鉄太朗殺害は、可能だったという事になる。補足だが、監視カメラの映像は、警備会社に送られているだけで、警備員が常時見ているものではない。

 次に、部屋の詳細について。

 部屋の状況を見ても、鉄太朗の殺害場所が、彼自身の部屋だったかどうかは、確実には断定できなかった。第三の、庭園での事件と同様に、壁一面に血がついており、判別できなかったからである。ただ、検死官の推測によると、どこか別の場所で彼を殺し、遺体を部屋に移動してから、血を部屋中にばらまいた可能性が限りなく高いとの事。また、夜中や朝、彼の部屋からは、些細なもの音が聞こえなかったそうだ。しかし、それも当然である。何故かというと、櫻蘭館は、部屋と部屋の間が、通常の建ものと比べて、かなり離れているからだ。よって、ドアをただ閉めるだけで、ほとんどの音が聞こえない状況になる。これは、どの部屋も、同じだ。ただ、唯一、ドアの前は、音が漏れるかもしれないが、螺旋階段で隔離されている為、誰かがたまたまドアの前にいない限り、二階の部屋は通常、音が漏れない仕組みとなっている。ちなみに、この事実は、刑事数人で実験をし、確認された。ドアを閉めれば、中で大声を出そうが、例えチェーンソーを使おうが、全く隣の部屋には聞こえなかった。

 ただ、これらの情報は、犯人を具体的に特定出来るものではなかった。誰でも鉄太朗を殺害できるという、事を示しているにしか、すぎなかった。だが、調べていく内に、その中で、一つだけ決定的な証拠が発見された。

 鉄太朗の衣服に、柳司の指紋がついていたのである。

 これで、本部の、現時点の見方は、この証拠によって、ほぼ鉄太朗殺しは、柳司だろうという見解になった。

 今までの物的証拠から、考えても、これは当然だろう。

 これで、通常ならば事件解決だ。

 だが、その司は、首を吊って死んでいたのである。

 司は、一階の左の螺旋階段の横の部屋、つまり、彼自身の部屋となる、北西の間で発見された。

 天井から、首を吊っていたのである。

 首にはオレンジ色のロープ。足下には、踏み台があった。この上に立って、司は自ら命を絶ったのだろうか? 本部は、未だ、これについては、見解すら出せていない。はっきり言って、どちらでもありえそうだからである。自殺も、他殺も。

 柳司の服装は、失踪した当時のままだった。体も汚く、なん週間も風呂に入ってない事が伺えた。また、指紋を示し合わせた結果、本人という事も確認されている。勿論、家族にも、遺体を見てもらい、確認済みだ。死亡推定時刻は、午前三時から午前五時。

 発見されたのは、午後二時十分。第一発見者は、櫻蘭館を警備していた、刑事の二人だった。櫻蘭館、もとい、柳家は、更なる事件を防ぐ為、住民の安全の為、数人警察が配備されていた。

 その刑事二人は、まず鉄太朗の死体状況を確認し、そして他の刑事に現場の保存を任せ、館内に不審な人物がいない様確認した時に、柳司の首吊り死体を発見した。

 刑事は、門と、館の前に配置されていた。しかし、後からの調べで、司の部屋の窓が、開いていた事が分かった。つまり、事件の夜は、誰でも侵入可能だったという事になる。

「全く、警備の人間はなにをしていたんだっ!」三崎は、机に拳を叩きつけた。

 ドアの近くにいる、夕張とその周りにいる刑事達は、全員起立の姿勢。そして、全員俯きながら、顔をしかめた。

 今、夕張は、三崎と他の刑事数人とともに、元仮設捜査本部があった、客間にいる。

 この捜査本部自体は、現場の捜査も終了し、三日程前には、元の客間に戻っていた。よって、つい数時間前までは客間だった。しかし、今は、また仮設捜査本部になっている。

 三崎は、ドアから離れた方のソファーに座っている。左にはベッド。奥には窓がある。三崎の向い側のソファーには、今誰も座っていない。そのソファーの真ん中で、挟まれる様にして、配置されている木のテーブル。龍の形をした灰皿が、コトン、と横に倒れている。勿論、先程の三崎のパンチのせいである。夕張は、それを見る。龍の表情も、幾分か、この前見たものより、怯えたものになっているのは、果たして気のせいか。

 重い沈黙。誰一人口を開こうとしない。

 夕張は、唾を一つ飲み込み、口を開く用意をする。こういった場合、上司が喋り始めるのを待つまで黙るのが一般的だが、三崎は一回沈黙すると、そのまま黙るのを、夕張は経験から知っている。

「警部、柳司は、自殺なのでしょうか?」

「どうとも言えんな」三崎は口を開いた。

「殺害された証拠は、ないですよね。不審なものもないし」

「少し考えてみるか」三崎は天井を腕組みしながら見上げた。「まず、自殺の場合だな。その場合、柳司は、玄関から、監視カメラを壊して進入した事になるな。そして、まず司は裏の塀から、脚立を使って進入する。そして、開いていた彼の部屋から、今度は縦ものの中に進入。そして、鉄太朗をなんらかの方法で殺し、それから自らの部屋で首を切って自殺した、って事になるな」

「でも、おかしな点が、なん点も出てきますよね。何故窓が開いていたのでしょう?」

「この場合は、共犯者がいて、そいつが開けたと考えられるな。誰かが、前持って開けていた。護衛の刑事が、窓を開けし放しにするミスをするとは、幾らなんでも考えられん」

「ただ、次の謎が最大の疑問ですよね司は、なにで鉄太朗を殺したのか?」

「監視カメラの映像に映っていた、黒づくめの人物は、なにも持っていなかった。また、さっき他の時間の全ての監視カメラをチェックしたが、他に怪しい人物が映っている者はなかった。つまり、犯人は、凶器を館の中に入れてもいないし、出してもいないって事になる」

「なにか、この館に、人の胴体や首を切断できるものって、ありますかねえ。まあ、ないですよねえ」

「当たり前の事を言うな」三崎は眉間を押さえる。「あっても、枝きり鋏や、花を切る園芸様の鋏だけだ。まあ、当然だがそんなものでは、人間の体は切れないし、ルミノール反応(血痕の事)も出てなければ、ギザギザの切断面でもない」

「凶器が、ない、って事ですね」夕張は溜息をつく。「隠されたんでしょうか? 館にいる全員とかで」

「警察は、この一週間、館の隅々まで捜索している。だが、それでも出てこない。ここで、考えられる可能性は二つだ。なんらかの方法を使って、凶器を外へ出したか、未だ警察の目の届かない場所で眠っているか」

「監視カメラが見えないぐらい高く、凶器を塀の中へ投げるとか。で、殺人が終わった後、また外へ投げるとか」

「三メートルもか? そんな軽いんだろうか? この凶器は。人の首や、胴体を切ってしまうからな、なんといっても。うーん、投げるのは、現実性がないな。しかも、落ちた時の音も凄いし、凶器が壊れてしまうんじゃないか?」

「クッションを置いておけばいいじゃないですか?」

「まあ、凶器は持ち込める事にしておこう」三崎はぶっきらぼうに言った。「とにかく、じゃあ、次、司が他殺の場合だ」

 夕張は手帳を見ながら、手を挙げた。「でも、そうすると、あれですよね? 裏の塀から、黒づくめの人間が入ってきた。だけど、館内には、今までの事件の参考人が全員いたんですよね?」

「いた」三崎は即答。

「じゃあ、その黒づくめの人間は、誰って事になるんでしょう? まさか、今回の事件だけ、外部犯とか、そんな真相じゃないですよね?」

「誰かに、協力してもらえば、簡単な事だ。また、館内の人間で、口裏合わせをしても、可能になる」

「まあ、とりあえず、館の中に、その黒づくめは、入れたとしましょう。で、開いていた司の部屋の窓から進入して、まず初めに鉄太朗を殺す。で、次に、あれ? でも、そうすると、司は一体どこにいた事になるんでしょうね。だって、館の中にはいなかったんですもんね。うーん、それとも、黒づくめの人物が、司だったのでしょうか?」

「あり得るな」三崎はテーブルの端を、集中する様にじっと見ながら言った。「館の中の誰かが、話しがあると言って、どこかに潜伏中だった司を部屋の中へ誘い込んだ。監視カメラに映っても言い様にと、黒づくめの服を指定して。そして、その誘った相手、つまり犯人は司の部屋の窓を開け、そこでしばらく司を待たせる。そこを、後ろから、ロープで締める分けだ」

「抵抗はしなかったんでしょうか? 普通、抵抗しますよね。でも、死体に抵抗の後はなかったんですよね? 先程、検死官からそう聞きました。やっぱり、司の自殺なんじゃ」

「ただ、司がなにも抵抗しないで殺された可能性は充分ある。例えば、本人がそれを望んでいたから。または、相手が母親だったから、相手が恋人だったから、とかな。だから、抵抗の後がなかったからと言って、他殺の線が弱くなる事はないと思う」

「そもそも、黒づくめの人物が着ていた、服とヘルメットはどこへ行ったんでしょうね?未だ、どこにも見つかってはいないんですが」

「燃やされた形跡はどこにもなかった。トイレにも流せない。後は、土に埋めたか、塀の向こう側の共犯者に投げたか。もしくは」三崎は、夕張を見据えて言った。「どこか、この館にある隠し部屋に置いたのか」

「えっ? 三崎さんの口から、そんな単語が飛び出すなんて」

「凶器は、絶対この館のどこかに隠されている。今回の事件で、確信を持てた」

「うーん、でも、もう全部探しましたよね。館の中は勿論、庭園、駐車場、橋、門、森、館の周りの花壇。あと、一体どこをどう探せば」

「三崎警部、報告が」ドアの向こうから、ノックとともに、仲間の刑事の声。

「ああ、入って大丈夫だ」三崎は夕張に手で合図。ドアを開けてやれとの事だろう。

「館の周りの、監視カメラについてなんですが」青い制服を着た鑑識は、直立不動したまま口を開いた。「一つだけ、切断されていました」

「切断されていたあっ?」三崎は思わず立ち上がった。「なんで今までそれが分からなかったんだっ? いつから? どうやって? 映像は?」

「三日前からです」

「何故警備会社は気づかなかったんだ? というか、お前らだって、さっきチェックしたんだろう?」

「監視カメラ自体は、警備会社ではチェックしていません。ただ、監視カメラが故障したり、破壊されれば、連絡がいくそうです。ただ、切断の場合は別です。そのカメラ自体がなかった事になってしまうからです。しかし、これは、部外者や素人に出来るものではありません。回線の場所を知っているものでないと。回線は、監視カメラの中に、アンテナの様な形で取りつけられています。つまり、犯人はそのアンテナだけを破壊した事になります。こうすれば、警備会社も、警察も、アンテナを取り外した監視カメラ自体を発見しないと、この事態を見つけられなくなります」

「映像は残っていないのか」

「なにも残っていません。ただ、映像の有無から推測して、切断された時間を判別はできましたが」

「なんで、犯人は、監視カメラを壊したのだろう?」三崎は呟いた。「どんな理由があったんだ?」

「ていうか、三日間、誰でも出入り可能だったって、事ですよね、これ?」夕張は疲労困憊、といった表情だった。

「館の人間は、この監視カメラの仕組みを知っていても、おかしくはないな」

「皆さん、この事は話されていなかったですよね? 知らなかったのでしょうか?」

「分からん。というか、詳しく警備会社に聞いておくべきだったな。そうすれば、毎日監視カメラをチェックしていたのにな」

「でも、時が経てば、警察がいなくなります。というか、僕は、わざと柳家の人間が、このシステムにしたとさえ思えてきたのですが」

「うーん、それはないとは言えないが、利用した事は、まず間違いあるまい」

「警部」

「ん?」

「なんか、犯人、半分捨て身って、感じしません? だって、犯人は、おのずと、どんどん絞られていますよね」夕張は今までで一番、重い溜息を吐いた。

「さあね」

「また徹夜かあ」

「外部の人間が犯人という事は、まず考えられない」三崎は目を瞑りながら喋った。「という事は、柳麒麟か、柳深美、世話係の内の誰か、それか、その中のなんにんかが、おのずと犯人となる。ただ、実はもう一つ、可能性がある」

「もう一つ?」

「隠し部屋で生き残っている、見知らぬ人間、が犯人」

「うわあ、なんか、本当にありそうで嫌ですね」

「うん」

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