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「えっ、嘘っ? アジサイって、毒があるのっ?」
茶話矢は、大きな声を出して驚いた。
茶話矢は、花の育て方や、種類については詳しいが、そういった一つ一つの詳細は大して詳しくない。もし、そんな事を調べだしたら、それこそどのぐらいの時間を消費するか分からないくらい、花屋には相当数の商品があるからだ。
しかし、それにしても、ああ、事故険悪。また、大きいリアクションをしてしまった。いつも、いつもである。樫木に、わざとらしい女だなとか思われていないだろうか?
アジサイは、茶話矢の好きな花だった。だからという事もあり、普段よりも大き目に驚いてしまったのである。少し反省。女子校出身だからだろうか? リアクションは、大きい程良いという変な思いこみだ。 「青酸ガスの元となる物質が、花や葉っぱや含まれているらしいです」樫木は麦茶を一口含む。「で、犯人が、その毒を使って被害者を殺す事だけは、今考えているんですけど、それ以外は、まださっぱり決めてないですね」
「へー、凄いんだ、アジサイって」茶話矢は、二回首を縦に動かす。
茶話矢は、この頃樫木とよく話をしている。この頃、一週間に一回程のペースで、樫木が遊びに来る様になった。これが、茶話矢にとっては、かなり嬉しい出来事だった。花屋と言っても、営業中ずっと忙しい分けでもないし、ましてや、こんな超地元密着型の店では、そんな都合の良い現実が降りかかってくる事はなかった。店的には、これは致命傷に値する現象だが、茶話矢個人的なものさしからすると、忙しくないのは、むしろ歓迎する出来事だった。だが、なん年も店番をすると、流石に暇なのにも飽きてくる。近所の風習からして、このお店には、お喋り好きのおばちゃんおじちゃんが、たまに話に来てくれるのだが、流石に話は合わない。かといって、若者が花屋に来る事は、ほとんどなかった。そんな中、このクールな高校生の来訪は、茶話矢にとっては、棚からぼた餅的感覚だった。しかも、聞くところによると、樫木はミステリー作家志望なのだそうだ。自分は、三度の飯よりも、ミステリー好きだ。周りに、好きな本について語れる友達もいなかったし、昔同じ夢も持っていたのもあり、話は毎回トランポリンの様に弾んだ。ただ、樫木は、何故こうもなん回も、こんなところに来ているのだろうか? それが、茶話矢の樫木に対する、茶話矢の唯一の不思議だった。まさか、自分の事を好きだったりするのだろうか? いや、それはないと思う。自分は勘違いしやすい体質だが、そこまで自意識過剰ではない、と、思う、多分。というか、自分が高一だった時は、七歳年上の異性なんて、恋愛対象から大きく外れていた。昔はそうだった。例えるなら、同い歳をストライクゾーンとすると、七歳年上は、デッドボールといったところだろうか? きっと、この樫木も、そうだろう。多分、大人と話したい年頃なんじゃないか、そう思う。自分にも、そういう時期はあった。高一の頃だっただろうか? 担任の先生の家へ、よく遊びに行っていた。その先生は女性だったから、今とは状況は違うかもしれないが、ただ、あの時自分は、年上の人間の考え方が、とてもスリリングだった。これは、同い歳の人間と、話していては、絶対に得られない感情だった。
自分も、今は、大人側になったのかな、と、ふと思った。いや、錯覚かもしれない。というか、大人ってなんだろう、とも思う。きっと、それを考えなくなるのが、大人なのだろうな、と、今は朧気ながらそう思う。先程の話に、通じるものがある。
「カタツムリとかって、アジサイの葉っぱを食べてそうじゃないですか?」樫木は淡々と説明した。「でも、食べるどころか、カタツムリは逃げてしまうそうです。だから、アジサイは、動物で言うところの、えっと、フグみたいなものですよね、これって」
「フグかあ、いいなあ」
「いや、今、毒の話をしているんですけど」
「フグ食べたーい、フグ食べたーい」茶話矢は、足をジタバタさせた。
「僕、フグ食べた事ないんです。美味しいんですか、あれ。なんか、薄っぺらそうです」樫木は口をへの字に曲げる。
「実は、私も、最近食べたばっかし」茶話矢は足を組みながら、手は、エレベーターガールの様な手の仕草をした。「お金持ちの友達がいてね。その子に奢ってもらった。やっぱ、持つべきものは、友達だよね」
「そういう時に使う言葉でしたっけ、それ」樫木は少し微笑んだ。
「その子はいつも、白いワンピースを着ているの」
「え?」
「白い帽子に、黒いおかっぱに、白い靴。まるで、大正映画から、抜け出してきた様な女の子なんだけど」
「さ、さっき、会いましたよ。それらしき人と」
「え? マジで?」
「はい」樫木は頷いた。「すぐそこの坂の上です」樫木は坂を指さす。丁度、今二人が座っているベンチの真正面だ。「今日はお忙しかったみたいで、ここには、寄らなかったそうです。お名前は、確か、掌星座さん、でしたよね? というか、凄い不思議な人ですね。なんていうか、頭の回転が速いというかなんというか」
「不思議なんてもんじゃないよ」茶話矢は少し神妙な顔つきになる。「えーとね、最初は、お得意先だったんだけど、なん回か行っている間に、仲良くなっちゃったんだよね。でも、私も詳しい事は知らないんだ。知っている事でも、彼女がお嬢様っていうぐらいだよ。食事に行ったのは、今までで二回ぐらい、かな」
「僕、初めてお会いしたんですけど」樫木は麦茶を飲みながら言う。「色々と、当てられてビックリしちゃいましたよ。洞察力が、凄いですよね、あの人。ただ、もうちょっと通常の形で会いたかったですけど。まるで、小説の中の名探偵でしたよ。いや、本当に」
「なにを星座ちゃんから当てられたの?」
「ぶえっ、ずはあっ」樫木は、ゴホゴホと、数回咳き込んだ。
「だ、大丈夫?」茶話矢は樫木の背中をさすりながら言う。「そ、そんなにショッキングな事を当てられたの?」
「そ、そうですね」樫木は、左手で両目を押さえた。「まあ、なんていうか、その、あれです。ええ、あれです。そう、あれですよ、ええ、あれです。えーと、なんの話でしたっけ?」
「樫木くんが星座ちゃんに色々と当てられた話」
「あ、ああ、ええ」樫木は、まるで漫画の様に額から汗が、滝の様に湧き出ていた。
樫木がこんなに慌てているのを、茶話矢は初めて見た。どちらかというと、クールな子だと思っていたので、なんだか新鮮である。
「あっ、分かった!」
「な、なにがです?」
「学校の好きな女の子と話しているところを、星座ちゃんに見られたとか。それで、その事を、後から二人になった時に当てられたとか。どうよ? 茶話矢探偵の、この推理」
樫木は両目を瞑り俯きながら「そ、そうです。そんな感じです」
「さっすがぁ私。まだまだ勘は衰えていない様ですな。フッフッフッ。ていうか、いつ、勘が鋭かったのか、っていう話だけど」
「あのー、茶話矢さん」
「ん? どったの?」
「いや、凄い勘だったなって」
樫木は、麦茶を一気に飲んだ。