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目羊は、運転席で、ハンドルを握っていた。
後部座席には、星座が乗っている。帰りが遅くなってしまったが、これはあまり珍しい事ではない。
白いベンツは、静かな街を、颯爽と走る。
「目羊は、本当毎回、いっぱい食べますわね」バックミラー越しに、星座がにっこり微笑む。
「いやーお恥ずかしい」目羊は、頭を掻く。「ついつい、おかわりしてしまうのです」
「あら、あれ」星座は前方に注目する。
「どうされましたか、お嬢様?」目羊は星座に聞く。
「止めて、目羊っ! 茶話矢花屋店の車だわ!」
「は、はいっ」
目羊は、なにがなんだか分からなかったが、とりあえず、車を急停止させた。
「私、ちょっと見てきます」
「お、お嬢様。何故、見にいく必要が?」
「いい事、目羊っ、私は、事件と、人の恋路が大好きなのですっ」
目羊は、一瞬にして、頭を回転させた。
明らかに、こんな夜中に、車が駐まっているのはおかしい。
しかも、ここから、うっすらと、車の中の人影が見える。
確か、今、乗っているのは、樫木という少年と、茶話矢という女性。
「お嬢様、それはいけません」
「目羊は、ここでお待ちなさいっ」星座はドアを開ける。
「ど、どうか、お止めに」
「ちょっと、見てくるだけです」
「それを、世間では、覗きと言いますっ」
「いいえ、好奇心の、暴走です!」
「同じ事です! いえ、むしろ、悪くなってます!」
星座は、ドアを閉めて駈け出した。
目羊も、車を出て追いかける。
星座は、チーターの様に早い。
こんな、早く走るお嬢様を見たのは、初めてだ。
目羊も、本気を出す。
どうか、
どうか追いついてくれ。
右に。
左に。
足を出す。
しかし、
埋まらない距離。
口から、息が、止まらない。
高まる、心臓。そして、鼓動。
駄目です、お嬢様。
頼む。
このままでは。
自分も、
昔は経験があった。
そう。
若さ故の過ちだ。
でも、
いい思い出だ。
くそっ。
早い。
高速だ。
いや、
光速。
お嬢様!
影が、ここからだと、
はっきり見える。
星座は、車の近くまで行くと、
そっと、中を覗き込む。
駄目です。
それ以上はっ!
嗚呼。
無情。
「きゃあっ!」
星座の叫び声。
「おじょうさまぁあああ!」
「ふ、二人」
お嬢様は、
顔面蒼白。
いや、
真っ赤っか。
絵の具の様に。
太陽に様に。
顔が赤い。
やっぱり。
一歩遅かった。
すまん。
若者達よ。
私が、遅れたばっかりに。
「二人仲良く、寝ています。ああ、なんて事」
目羊は、やっと追いついた。
星座は、車の中を指さした。
「樫木くんが、助手席に。茶話矢さんが、後部座席に」
樫木は、腕を組みながら、俯いて眠っていた。
茶話矢は、口を大きく開けながら、横になって大の字になっていた。
「ああ、なんて事」星座は顔を両手で押さえる。
「こんな状況で、なんでなにも起こらないのかしら」
「お嬢様」
「もう、樫木くんたら、意気地なし」




