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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第四章 ふわり、はらり
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「えっ? 茶話矢さん、絵も描かれるんですかっ?」樫木はお茶を飲みながら言った。ちなみに、先程、お茶の事をあがり、醤油の事をむらさきと、茶話矢に教えてもらったばっかりだった。

「描くって程じゃないけどねー」茶話矢は、普段より饒舌だ。少しアルコールが回ってきらしい。「フフン、画伯よ、画伯」

「えーと、謙遜しているのでしょうか、自慢されているのでしょうか?」

「おっちゃーん、エンガワー」茶話矢は右手を挙げる。

「どんな絵描かれるんですか?」と樫木。

「どんな絵だと思う?」茶話矢は樫木に顔を近づけながら喋る。ちょっとドキドキ。「もう、すんごいのよ。なんていうのかな、爆発だぜ、芸術は、みたいな」

「うーん、ちょっと具体性が」

「ちょっと、樫木くん、話聞いてるぅ?」樫木の髪の毛をくしゃくしゃする。大変嬉しい事この上ないのだが、これでは、百パーセント車を置いていく事になるだろう。

「え、ええ、聞いていますよ」樫木は頬を赤めながら頷く。決して酔っている分けではない。

 しかし、樫木の中での、勝手に独断と偏見で決めた酔っぱらいが喋るであろう台詞ランキング第二位を、現実に喋る人がいたとは、彼には少なからず驚きだった。ちなみに、第三位は「あーあ、いい女いないかなあ」で、輝く第一位は「俺まだ、酔っぱらってませんよー」だった。まあ、あくまでイメージだが。また、前述の、女と俺の部分を、男と私に置き換えれば、すぐ女性用に変わるのも、このランキングの特徴である。

「んーとぉ、似顔絵よ。似顔絵」茶話矢はカウンターに頬杖をつきながら言う。「ほら、よくさ、テレビとかでさ、やってるじゃない? 面白可笑しくっていうか、顔とか、バランス変えてさ、デフォルメっていうのかな? ああいうの」

「ああー、よく、どこぞの国の大統領とかが、描かれてる、あれですか?」

「そうそう、それよ、それ」

「すっごいですねー、あれ、相当技術いるんじゃないですか?」

「樫木くんも今度描いてあげるねっ」茶話矢はにっこりと微笑む。

「え、ええ。是非」茶話矢も微笑み返す。少し固かったが。

「可愛いやつめー」茶話矢は、また樫木の頭をくしゃくしゃした。

 樫木は、もしここで隕石が落ちても、隕石にありがとうと、言える自信がある程、感激で一入という気持ちとなった。

「樫木くんはさぁ、絵とか詳しいかい?」甘い目をしながら、茶話矢は、左手を樫木の頭にのせたまま言う。

「い、いえ全然」樫木は首を振る。「本当有名なやつしか知らないですよ。えーと、モナリザの微笑みとかぐらいしか」

「あれ今流行ってるよねー」茶話矢は、樫木の頭から手を離してエンガワを食べる。そっして、すぐ樫木に喋りかける。「えーと、あの絵の中に、暗号が入ってるんだっけ?」

「僕も、詳しく知らないんですけど、なんかそんな感じらしいですよ」

「へえー。いいなー。まさか、それがラブレターだったりするのかなあ」

「うーん、どうでしょう」

「あ、それ、ひょっとして、長嶋さん?」茶話矢はくすくす笑う。

「ナガシマさん?」樫木は首を傾げる。

「私さ、この前、テレビで、あの特番見たんだよ」茶話矢は 腕組みをしながら言う。「ほら、モナリザってさ、なんか、写真とかで見ると、全体的に暗い人じゃない? でも、あれって、ただ絵が黒くなっただけで、モナリザ自身は、もっと、垢抜けた感じだったらしいよ」

「あれだと、なんか、毎日あたし憂鬱ー、って感じですよね」

「きっと、婚期が遅れたんだ」茶話矢は笑いながらジョッキを飲む。後半から、ほとんど笑いながら喋っているのは、気のせいだろうか? ちなみに、ビールはただ今四杯目。

「そういえば、櫻蘭館にも、モナリザありましたよね?」樫木は聞く。

「あれ? そんだっけ?」

「ええ、確か」樫木は頷く。「鉄太朗さんが、好きなのかなあ」

「最近さあ、絵描いてないんだよねえ」茶話矢は、遠くを見る目。「あ、でも、私、見るのも好きなんだあ。今度さあ、樫木くん、どっか行かない?」

「え、え、マジっすか?」

「うん、マジマジ」茶話矢はビールを一口含む。「絶対行こう」

「は、はいっ!」樫木は少し涙目になる。茶話矢に気づかれない様に、少し右手で目を擦る仕草。

「樫木くんは、美術館とか、行った事とかあるかい?」茶話矢は瞼がとろんとしている。

「いえ、一度も」樫木は考える表情。「あ、でも、櫻蘭館で、絵みたいなものは見ましたよ」

 樫木は、茶話矢に、庭園の花で作られた絵の事を、掻い摘んで話した。

「へー、それは凄いねー」茶話矢は、残ったエンガワをパクリ。

「あれは、凄かったですよ。茶話矢さんも、是非、一回見た方がいいですよ」

「樫木くん、一つ、聞きたい事があるのだけど」茶話矢は樫木を見据えた。

「あ、はい?」首を傾げる樫木。

「あの、深美って子とは、どんな関係?」

「は?」

「あれでしょ? なんかいやらしい事してたんでしょ?」

「はい?」

「いえ、絶対そうよ。他に可能性がないもの」

「えーと」

「だって、あんなに長い間、一緒にいたし、うん、それに、妙に二人、気が合ってたのを、私しかと見たぞな」

「いえ、だから」

「それに、私、聞いちゃったもん。なんか、えーと、あの子、妙に積極的な子で、すぐキスとかするそうじゃない? それに、なんか、帰ってきたら、いすみーん、とか、ちゃっかりあだ名だし、うん、怪しいぞ、メッチャ怪しい」

「断じて、なにもないですから」樫木は、茶話矢の目を見る。

「お姉さんは、勘がいいのさねっ」茶話矢は右手人差し指を振り回す。「それに、あの子が、帰り際に、また今度、もう一回ねっ、とか言ってたの、ちゃんと私聞いてるんだから。この耳。この耳で」樫木は右の耳たぶを触る。「樫木くんも触る?」

「あ、あのー」茶話矢は、相当酔っている様だ。

 茶話矢は、右手で作った拳銃を、樫木に突きつけた。

「どうさね? 正直に答えなさい。言うまで、帰れないと思った方が、よろしくてよ?」

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