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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第四章 ふわり、はらり
24/40

「僕、回転寿司って、実は、初めてなんです」

「えっ? 嘘? でもさっき大喜びだったじゃない?」

「はい。いえ、その、コンビニとかしか食べた事なくって。家、あんまり外食とかしないんですよ」

「じゃあ、尚のこといっぱい食べなきゃね」茶話矢は天使の様な笑顔。

 樫木は恐縮しながら頭を下げた。「す、すいません。なんか、催促したみたいになっちゃって」

「いいのいいのー」茶話矢は樫木の背中を二階叩いた。「大将、大トロ一つー」

 樫木は緊張していた。初めての場所は、どこでも緊張する。しかも、隣に好きな人がいて、なおかつ夜というこのシチュエーションときたものだから、最早、心臓麻痺で、このまま死んでしまうのではないか、と危惧してしまうぐらいの、鼓動の高まり具合だった。トランスとハウスミュージックが、同時に、右耳と左耳のヘッドホンで、最大音量で鳴り響いている様な感じに近い。

 樫木と茶話矢は、店の奥のカウンター席に座っていた。茶話矢は、樫木の右隣に座っている。檜の模様をした、椅子や、カウンターが、今までに見た事がなく、とても新鮮。目の前には、熱帯魚が泳いでそうなガラスケースがあり、そこには色んな、魚の切り身らしきものがあった。何故、らしきという表現かというと、ガラスケースは水滴がふんだんについていて、中が良く見えなかったからだ。店内は、ほとんど満席に近いぐらい、客がいた。大半は、サラリーマンと、OLだ。カップルが一組、大学生らしき客も、二組いた。これは、樫木にとっては、かなり意外だった。こんな時間に、回転寿司屋は、繁盛しているイメージ等なかったからだ。

 店の大きさは、駅から少し離れたコンビニくらい。つまり、狭くも広くもない。壁は、メニューと、寿司の写真でいっぱいだった。あと、ビールを持っている水着のレースクイーンみたいな女性のポスターがあった。樫木は、店の前では、そのポスターを見た事

があったが、実際に中で入って見たのは、これが初めてだった。

「ここ、夜中の四時までやってるんよ」茶話矢は、ティーパック入りの空の湯飲みを、蛇口の様なものに押し当てる。

「え、ここからお湯が出るんですか?」樫木は目が点になる。

「合理的でしょ」茶話矢は、湯飲みを手元に引き寄せる。

「こちら、中ジョッキと、コーラになります」店員が、横から控えめに言った。

「よーし、じゃあ、乾杯しよっか」

「は、はい」樫木は、急いで瓶のコーラを、コップに注ぐ。開けたばかりのコーラからは、白い煙の様なものが出ていた。

「もうー、急がなくていいんだからさ」茶話矢は、ジョッキを左手に持った。「かんぱーいっ」

「か、かんぱーい」

 茶話矢は、ジョッキを、五秒間程、口の前に固定させていた。どんどん液体が少なくなっていく。まるでガソリンだ。「いやー、やっぱビールはいいよねー。うん、今日も変わらずうまいっ」茶話矢は机にジョッキを置いて、樫木に振り向く。「樫木くんは、お酒飲めないの?」

「カクテルは、ちょっと飲んだ事あります。ビールは、まだないですね」樫木は、コーラを一口飲みながら言った。

「ちょっと飲んでみるかい?」茶話矢は微笑む。

「え、ええ」樫木は、一瞬で、間接キスを連想してしまった自分を恥じた。どれだけ恋愛経験がないのだろうか、俺。「じ、じゃあ、ちょっとだけ」

 樫木は、恐る恐るビールを飲んだ。「うーん、ちょっと苦いです」眉が中央に寄る。

「最初は、誰だって、そんなもんっすよー」茶話矢は樫木からジョッキを受け取る。「これが、段々美味しくなっていくんだから。って、あ、ほら、樫木くんの大トロきたよ。さあ取った取った」

 樫木と茶話矢は、このお店に入ってから、まだ数分しか経っていない。よって、これが初めての食事となる。

 茶話矢は、穴子を取りながら、後ろにいる店員に、振り向いて手を挙げて注文をする。「すいませーん、枝豆と、塩辛一つ下さーい」

 樫木は、ゆっくり動く大トロの皿をを震えた手で掴み、自らの前まで引き寄せた。「おお。これが、噂に聞く大トロですね」

「樫木くん、あなた、外国の人じゃないんだから」茶話矢はジョッキを片手に笑う。

「では、いただきます」樫木は、醤油をつけ、いざ参らんと、大トロを口の中に入れた。

 茶話矢は、穴子に醤油をつけながら、樫木に聞いた。「どう? どう? 味の方は?」

「お、美味しいです」樫木は、うっすら涙目になっていた。

「ち、ちょっと、樫木くん。それ、幾らなんでも、オーバーすぎじゃないっ?」

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