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樫木の目の前に、無限の運河が、広がっていた。
「ほら、凄いでしょっ?」深美は指さす。
「いや、本当に凄いですよ」樫木は、見上げながら言った。
「連れてきた甲斐があったわーっ」深美は、両腕を上下にブンブン揺らした。
樫木は、深美とともに、庭園にいた。現在午後四時。
だが、そこは、目の前には、樫木の想像した、庭園はなかった。これが本当の庭園か、いや、これは最早庭園のレベルを超えている、。彼はそう思った。
確かに、足下や、周りは、ごく普通の庭園だった。綺麗だが、それなら、テレビの中や、雑誌でも、樫木は見た事があった。単に、花が並び、植木が置かれ、湖があっただけの事だ。
ただ、一つ、異質なものがあった。
それは、赤と、白と、黄色の、見立て絵。単純に言ってしまえばそうなるのだけど、ただ、しかしそれは、表面上の特徴を単純化しただけで、決して、適切で現実的な表現ではなかった。壁の大きさは、横十メートル×縦五メートル、といったところだろうか。とにかく大きかった。
チューリップ。そう、おそらく、チューリップだろう。何故、おそらくかというと、一見すると、その、目の前の景色が、チューリップの集合体という事実を、見る人間から、盗み取って、変換してしまうからだった。
「これ、天の川ですか?」樫木は尋ねる。
「うん」深美は、にっこり微笑んだ。
まず、壁の右方向に、赤い星印があった。
大きさは、一メートル程。少し右に斜めになっている。
ルビーよりも、綺麗な赤。太陽よりも、目につく存在感。吸い込まれる様な濃い赤色だった。
そして、その下を通る様に、黄色い流星群と、白い流星群が、右斜め下から、左斜め上へと向かっていた。
丁度、赤い星が、黄と白の 箒の上に乗っている感じだろうか、四角の端と端を繋ぐ感じだろうか。
光った水面の様に、上にいく程、箒は細くなっている。
壁の色は漆黒。飛び出してくる。
壁の中には、箒と赤い星以外に、白く小さい、星々。
一つ一つが、輝いていた。
これ、全部が、チューリップなのか。
樫木は、目の前の、一つの壁に、心を奪われた。
ずーっと眺めると、黒い土の壁の中に、点々と生えている白いチューリップが、本当に星の様に見える。実際の星の様に、点滅している様に見える。黄のチューリップと、白のチューリップが、月明かりを反射している様に見える。
近くで眺めないと、これらが、チューリップだという事に、おそらく誰も気づかないだろう。それくらい、芸術的な光景だった。
深美は、樫木の腕を引っ張った。
「ほら、こっちも凄いんだから」
列車。
それは列車だった。
いや、
銀河鉄道だ。
それと月。
星の大群。
青い地球。
コスモス。
サザンカ。
レンゲソウ。
シクラメン。
アマリリス。
赤。
青。
紫。
桃。
白。
黄。
緑。
黒。
橙。
虹が、宇宙に咲いていた。
空が、花になっていた。
爆発が、綺麗。
星々が、万華鏡。
列車が、どんどん小さくなっている。
地球が見える。
下は座席。
横は窓。
ここはどこ?
列車の中だ。
黒いカーテン。
白いブラインド。
光の矢。
丸い槍。
月は、遠いかも。
土星の輪っかが、回る。
海があった。
太平洋。
大海原。
光。
闇は、ない。
白い。
青い。
柔らかい。
全部、星の海だ。
母なる大地。
匂いがする。
懐かしい匂い。
新しい匂い。
列車が、消えていく。
消えた。
迎えがやってきた。
星。
箒。
それは、箒だった。
黄と、白の、箒だった。
赤い、星だった。
横には、一人の少女がいた。
君は誰?
「どうだった?」
深美は言った。
樫木は黙って頷いた。




