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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第三章 ざわざわがやがや
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 まず、三崎は、柳麒麟への事情聴取を思い出した。

 遺体が発見された庭園は、麒麟がもうなん年も前から鍛錬に世話をしていたそうだ。二十二歳で鉄太朗と結婚。鉄太朗とは、大学で知り合った。もうその時から、鉄太朗は、売れっ子の作家だった。その年に司を出産。現在三十八歳。現在は仕事はしていない。この櫻蘭館は、十年前に、とある富豪から、買いとったとの事。

 遺体が発見された庭園は、以前から麒麟が鍛錬に世話をしていた。普段は、特に鍵はかかっていない。鍵の形状は、通常のシリンダー製のもの。ちなみに、このタイプは、簡単に合い鍵を作れるものだ。一応、合い鍵屋には、部下を向かわせている。だが、もし合い鍵が作られていたとしても、特定はほぼ絶望的だろう。鍵は、リビングのキャビネットの引き出し中にあるものと、金庫にあるスペアキーだけ。キャビネットの中の鍵は、誰でも取れるし、家の人間、全員場所は知っていた。ちなみに金庫は、鉄太朗の部屋にある。こちらは、電子ロックがかかっており、番号を知らなければ、まず開けられない。番号を知っているのは、柳夫妻だけ、との事。

 三崎は、この密室状況については、さほど重点は置いていなかった。まず、本当に部屋に鍵がかかっていたかが、分からない。麒麟は、確かに閉まっていたと証言していたが、それが狂言だという可能性があるからだ。だが、この可能性は、薄いと三崎は考える。今回は、他の人間が、たまたま扉の取っ手を触ってなかったから良かったものの、もし誰かが扉を開けようとして、それが開いてしまったら、嘘をついた麒麟は、明らかに最重要容疑者である。そんなリスクが高い嘘はつかないだろう。

 また、鍵が自由に取り出せる事実が明らかになった事から、あの部屋は別に、密室でもなんでもなくなった事になる。犯人が、被害者をあそこで吊して、そこに倒れた鉄太朗を置いて、外から鍵をかければいいのだ。よって、誰でもこの犯行が可能になる。

 だが、密室といえば、気になるのが鉄太朗の供述である。

 取り調べの間、今病院にいる彼から、詳しい供述が入ってきた。鉄太朗は、部屋で小説を書いていたそうだ。彼はいつも扉に背を向けて、机の上のパソコンで執筆しているらしく、また、必ずなにかしら音楽を聴いているのだそうだ。そして、その時、なにものかに、後ろから薬をかがされ、抵抗しつつも、そのまま気を失ってしまったらしい。犯人の顔は、見れなかったとの事。襲われた時間帯を、鉄太朗はパソコンの画面に表示されていた一時と言っている。鉄太朗の証言がもし真実だとすれば、犯人は、一時から三時までに、あの凄まじい庭園の惨劇を作った事になる。死亡推定時刻は、あの後の調査で、大凡二時間前から、三時間前程という事だ分かった。あれだけ証拠が多いと、そのくらい細かい部分まで、特定できる。死亡推定時刻から見ても、犯人は、被害者を殺してから、鉄太朗を眠らせた、と考えるのが、妥当だろう。

 さて。ここで、三崎の思考は、もう一度柳麒麟の証言に戻る。

 麒麟は、鉄太朗と畑との関係は、知っていた、と供述した。

 だが、それは、昔の話で、大体半年前の話だそうだ。その時、話し合いの結果、鉄太朗と畑の二人は、円満に別れたという。何故、ここに畑がいるのかは、麒麟は知らないと言っていた。最近は、この櫻蘭館には、畑は訪れていなかったそうだ。ただ、鉄太朗の浮気は、今回が初めてではなかったそうだ。その時の相手は、畑と同年代程度の、会社員風の人物。二年前程との事。また、結婚前にも、一回浮気があったらしい。麒麟は、どうせ露呈する事になるだろうから、と、それらを淡々と喋っていた。

 三崎は、次に、被害者が殺されたであろう時間の、麒麟のアリバイを、それとなく尋ねてみた。

 畑が殺害されたとされる、十二時から一時。その時、麒麟は、メイドと執事の二人と一緒に部屋にいたそうだ。どうやら、この時間は、メイドも仕事がない時間で、いつもなにかしら雑談やゲームをしているらしい。また、二時から三時までは、娘の深美も、一緒に話していたそうだ。それと、この事件とは関係ないだろうが、深美と麒麟は、その時、軽い口論になったそうだ。周りのメイドと執事が、なんとか宥めたとの事。

 つまり、麒麟の一応のアリバイは、ある事になる。ただ、証人はメイドという、ある種の主従関係にある立場。また、深美は親族である。信憑性は、あまりないだろう。

 麒麟に関して、三崎は、どうにも府に落ちない部分が多々あった。まず、鉄太朗の浮気。半年間、畑はこの館に来ていないと、証言していたが、実は、メイドや執事のなん人かは、この館の中で、半年間の間畑を数回、目撃していた。勿論、麒麟が本当に知らなかっただけかもしれないが、しかし、これが、どうにも疑わしい。そもそも、浮気が円満に解決したのかも、疑わしい。執事とメイドの話によると、この三人はかなりどろどろした関係だった様だ。また、これは三崎の主観的な観察になってしまうのだが、主人が死んだというのに、麒麟は、今のところ、なに一つ取り乱したところもなければ、一切悲しそうな表情も、見せていなかった。まあ、世の中色々な夫婦がいるし、気丈に振る舞っているだけかもしれないし、麒麟が殺していなくても、まだ浮気の怒りがあったかもしれない。ただ、聞くところによると、麒麟は別に冗談を言わない分けではなかったが、ほとんど表情は、どんな時でも無表情なのだそうだ。つまり、表情が変わらないのも、彼女にとってしてみれば、普通かもしれなかった。

 とりあえず、麒麟への疑いは、置いておこう。彼女には、動機があるが、アリバイは、ある。

 次に、メイドの寿洲貴ゆうへの事情聴取を、三崎は思い出した。

 事件同時は、リビングにて、他の執事とメイド二人と一緒にいたそうだ。料理の仕込みをしていたと、供述している。最初の二時間は、深美も一緒に料理の準備を、していたとの事。よって、三人と深美が共犯でなければ、寿洲貴のアリバイは成立する事になる。寿洲貴は、三年前からこの館に勤めていた。今では、この館の中で、一番の古株。この館の世話係の入れ替わりは、他の職場と比較すると、少し早いそうだ。

 寿洲貴に関しては、他に目新しい供述はなかった。だが、その代わりというのもあれだけれども、柳家についての情報を多く供述してくれた。

 麒麟に関しては、麒麟本人が喋っていた事とほとんど、代わりがなかった。浮気の事等も、彼女は知っていた。

 鉄太朗や畑に関する供述も、寿洲貴はしてくれた。喋りにくい様子だったが、隠すのもどうかと思ったのだろう。躊躇しながらも話してくれた。どうやら、畑は比較的なん回も、この館に訪れていた様だ。畑は、鉄太朗が執筆している幾つかの内の文芸雑誌の、特に一番掲載数が多い雑誌の担当だった。よって、最初は仕事だと皆は思っていたが、徐々に、態度が露骨になっていったそうだ。

 次に、寿洲貴は柳司について供述。柳家の長男である。

 ただ、この人物が、どうにも曲者だった。歳は二十。仕事は無職。アルバイトもしていなかったそうだ。所謂、現代風にいうと、ニートというものだろうか? だが、ここまでは、さして珍しくないプロフィールである。

 彼の、不可解な点は、ここからだ。

 まず、この一週間、一切の消息がなく、つまり、現在、行方不明らしい。

 司は、普段から、友達の家に泊まる事等はあったが、今回は連絡はなかったとの事。失踪から、二日間全く連絡がなかった為、柳夫妻はその時警察に捜索願を出したいた。今も、電話は勿論通じない。また、目撃情報も全くなかった。

 また、驚く事に、司はこの頃、意味の分からないというか、不可解な発言を、周りの人間に言っていたそうだ。

 誰かが自分を見張っている、

 外を出るのが怖い、

 自分は首を切られて殺される、

 等と仕切りに呟いていた、らしい。

 だが、この司という人物の、変わっている部分は、これだけではなかった。

 前述の意味の分からない発言と少し繋がるのだが、司の趣味は、大凡、常人には理解できなかいものだった。

 それは、

 死体収集である。

 死体収集といっても、それは、写真や、人形、絵だったりするのだが、とにかく、彼の部屋は、死体で埋まっているのだという。それから、実際に部屋を調べてみると、確かに司の部屋は、おぞましい映像や、写真、プラモ等で埋め尽くされていた。その多くは、ネットで手に入れたものだろう、と思われる。ちなみに、部屋の中を隅々まで探したが、本ものの死体等は、勿論なかった。

 人の趣味に、とやかく言うつもりはない。人それぞれ、他人には言えない、趣味の一つや二つ、あったりする。当たり前だ。それはいい。だが、この近所で、最近バラバラ殺人事件が三件も起こっている。

 これは、偶然だろうか?

 三崎は、頭が痛くなってきた。

 ずきずきする。

 がんがんする。

 一体、なんなんだ、この家は。

 この館は。

 この事件は。

 三崎は、内ポケットから、新しい煙草を取り出し、百円ライターで火をつけた。

 寿洲貴の証言に戻ろう。

 彼女は、次に柳深美について語り出した。

 彼女は、柳家の長女。十六歳。高校一年生。

 他の家族に比べて、彼女の話は、比較的楽しい話ばかりだった。

 だが、あくまでも、他の家族に比べて、である。

 彼女は、無類の男好きらしい。すぐ、男をナンパし、家に連れ込むのだそうだ。鉄太朗と、麒麟は、その辺りは寛大だったらしく、深美は、この館に色々な男を、特に邪魔をされる事なく、毎日取っ替え引っ替えだったそうだ。そして、事件が起こった最中も、その日会ったであろう花屋のアルバイトの少年を、館や庭園に、引っ張り回していた様だ。

 事件に関係した話としては、この深美という少女に関してはあまりなかった。唯一、十二時から二時は、寿洲貴達の手伝い、二時から三時は、麒麟とともに部屋で話しているという、アリバイの話が出ただけだ。動機も、話を聞くところ、全くなかった。まだ、勿論断定はできないが、彼女は、この事件とは無関係だろう、三崎はそう考えた。

「ふうー」三崎は、溜息と、煙草の煙を、同時に吐いた。

 普通、殺人事件というものは、捜査の初期段階では、ほとんど推論が立てられないか、あるいは、目立った推論が一つあるか、大体、どちらかに別れる。

 だが、この事件は、

 分かれ道が、三百六十度、全方位に別れているかの様な、

 まるで生まれたての赤ん坊の様な、

 タイトルのない抽象画の様な、

 どこにでも着地できそうな可能性を秘めていた。 

「三崎さーん、コーヒー持ってきましたよー」夕張が、部屋に入ってきた。

「ああ、すまない」三崎はコーヒーを一口。

「三崎さんは、今、なにか事件の仮設ありますか?」夕張は、珍しく真面目な表情で言った。

「まず、柳司犯人説」三崎は煙を吐いた。「一連のバラバラ事件の犯人も彼。動機は猟奇殺人。全員、女性だしな」

「他は?」夕張も、一緒に持ってきたコーヒーを一口。

「次に、柳鉄太朗犯人説、かな。彼は、他の場所で殺したか、あそこで殺したかは分からないけど、とにかく被害者を殺した。そして、気絶した振りをしていた」

「動機は浮気の、後始末の失敗、ってところですか」

「そんなところだな」三崎は肩を竦めた。「次に、柳麒麟犯人説」

「え? でも、彼女はアリバイが」

「娘、メイド、執事、全員グルかもしれない」

「まあ、確かに、それを言っちゃうと、そうなんですけど」

 三崎は、美味しそうにコーヒーを飲みながら言った。「まあ、そのぐらいだな。寿洲貴以外の、他のメイドと執事にも話を聞いたが、みんな寿洲貴と同じ様な証言だったし、この館の形状から言って、外部犯も考えられない。門と塀には、監視カメラがついていて、その映像は、警備会社に繋がっているそうだ。さっき、警備会社に問い合わせたところ、不審な人物が出たところも、入ったところもなかったから、まず内部犯で間違いない。取り囲む塀についている、監視カメラがついていて、その映像にも、誰も映っていなかった。それに、庭や館を捜索しても、不審人物がいなかったからな。警備会社の映像は、流石に改ざんできないだろう」

「あ、でも」夕張は、左の人差し指を立てながら言った。「もしかしたら、この館のどこかに隠し部屋があって、そこで、誰かがかくれてたりするかも、しれませんよ」

「実は、もう調べている」三崎はすぐ言った。「捜査員を、追加で大量投入したが、今のところ全く見つかっていない」

「うーん、でも、どこかありそうですよねえ」

「今も探している最中だが、どうやら望みは薄そうだな」三崎は腕組みをしながら呟いた。「館は勿論、庭の中、庭園、館の周りの花壇、館の裏、塀、川、橋の下、駐車場、全てを探したんだが、なにもなかった」

「でも、例えば、地下に続く階段とか、部屋の壁が回転したりとか、部屋と部屋の隙間にもう一つ部屋があったりとか、実はどこかの部屋がエレベーターになってるとか、そういうの絶対ありますよお」

「だから、探しても、ないんだって。諦めろ」

「うーん、考えれば考える程、謎は深まりますねえ。だって、今回の事件と、今までの二件の、バラバラ事件は、同じ凶器が使われていたんですもんねえ」

「そうだな」

「なにか、意味があったんでしょうか?」

「分からん」

「あ、でも、あの花屋の二人は、犯人じゃなさそうな気がします、ね。明らかに、偶然ですよ。どちらも鉄壁のアリバイがあるし」

「樫木という少年は、疲れた顔をしていたな。随分、振り回されたんだろう。あの、深美っていう、娘に。確か、二人とも、五時に、館に帰って来たんだったよな」三崎は、ソファーの肘掛けの部分に頬杖をつく。「あの子もあの少年も、犯人ではなさそうだな」

「いや、あの深美、っていう子、結構怪しいですよ」夕張は眉を寄せる。

「そうか? 俺にはそう思えんが」

「だって、リビングにもいましたし、柳婦人の部屋にもいたし、えーと、あと妙に色々移動してるし、それと、えーと、あと、婦人と口喧嘩したって言ってたじゃないですか」

「そりゃあ、親子なんだから、喧嘩ぐらいするだろう」

「いえ、怪しいですよ。うん。てういか、全員怪しいですけど」夕張は鼻息を漏らした。

「そろそろ十一時だな」三崎はコーヒーを一気に飲み干した。「あと、その深美っていう子と、樫木っていう少年の聴取で終わりだな、とりあえずは。いやしかし、茶話矢さんと、星座さんの聴取で、時間が取られなかった事が幸いしたな。内心、朝日を拝むところだと思って、ヒヤヒヤしていたが」

「星座さん、質問の受け答えも、素敵でしたねー」夕張は、天井を見上げた。

「おいおい、お前、現実を見た方がいいぞ、現実を」三崎は呆れた表情で言う。

「僕はもう星座さんしか見えません」星座は力強く拳を握って、三崎を見て言った。「これって、恋は盲目、ってやつですかねっ?」

「いや、だから、現実を見ろって」

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