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「もう聞いているかもしれないけど、櫻蘭館は、方角と階数が、そのまま部屋の名前になっているわ。なんか昔からそうだったんだって」深美は、石畳を歩きながら樫木に喋る。「まず、東の間なんだけど、えーと、これはロビー入ってすぐ右の部屋の事よ。そこは、一階しかないの」深美は、樫木と握っている左手を、強く握りしめた。この暖かい感触は、なん回味わっても、ドキドキするものである。好きな男と、初めて手を繋ぐ事は、恋する乙女にとっては、麻薬に近い。彼女は頬を少し赤らめながら喋る。「東の間はリビングよ。館の中でも、一番広いわ。リビングの奥にはキッチンがあるの」
「西の、えっと、左の部屋はどういう部屋なんですか?」
「ここは、客間ね。泊まるお客さんとかが多いから、家は。だから、西の部屋全部、客間になっているわ。でも、それだと大きすぎるし、人数が多い時に対応できないから、西の客間は、工事をして分割しているの。こう、仕切りみたいなものを立ててね。たまに、寿洲貴達もそこに泊まっていったりするのよ? あ、でも、それでも、かなり大きいと思うわ、一つ一つの部屋。えーと、多分、そこそこのホテル、ぐらいは、ある、と思う。あ、でも、安心して。その客間は、完全防音になってるから、普通の話声だったら、まず聞こえないわ。え? なにを安心しろって? もう、ダーリンたらぁ。え? 客間の数? えーと、確か、合計九部屋だったかしら。扉側に四部屋。壁際に、五部屋、だったかなあ。で、その真ん中に通路があって、どの部屋にもいける様になってるわ。んーと、部屋はまあ、生活出来るぐらいの家具とかは、あるんじゃないかしら。うん。まあ、私はあんなんじゃ、無理だけど。あ、でも、いすみんが来てくれたら、私、砂漠でも行きていけるかもっ」
「螺旋階段の上は?」
「あそこは、結構複雑よ」深美は空を見上げた。どうやら、部屋の配置図を思い浮かべている様だ。「あ、ごめんね。私、空間把握能力、ほぼゼロなのよ。えーと、ね、ちょっと待っててね。そうそう、頭の中がクリアになってきたわ。うん、いい感じ。えっと、まず、あ、ていうか螺旋階段の横にも、扉があって、部屋があるのよ。まず、一番左、北西の間が、司お兄様の部屋ね。え? 中はどんな風だって? いや、特に、普通だと思うわよ。うん。あ、まさか、いすみんたら、ひょっとして、あっちの人とかじゃないわよね? もし、そうだったら、殴るわよ。ガッツーンと。ま、私の魅力には、誰も勝てないだろうけどねえ。で、えっと、真ん中の部屋、つまりの北の部屋はねー、あそこは倉庫ね。うーん、ここは、私もあまり入った事ないから、よく分からないなあ。でも、ここは、リビングの次に大きいかもしれない。中は、使えないガラクタや、本棚がいっぱい。え? 地下に通じる隠し階段とかないかって。まさかあ、ある分けないじゃない。ん? 例えばどこかの部屋の中に、隠れ階段があって、下の部屋に降りられる、とか? またー、いすみんは想像力豊かねえ。そんなもん、ある分けないじゃない。あれは、戦争が起こる前に、どっかの官僚さんが建てたものだけど、そんな、小説の中の館みたいなものじゃないわよ」
「北西の部屋は?」
「私の部屋なのっ! そこは、私の部屋なのよっ!」
「じゃあ、そこは飛ばしましょう」
「えーっ、なんでよう。ちょっとー。少しは説明させてよねっ」樫木を睨めつける深美。
「いや、明らかに時間かかる」
「まあ、私の部屋は後でもいいかもね」深美は、片目を瞑って、右手を胸に当てた。「だって、いすみんは、今日の夜、私の部屋に来る事になっているんだから」
「いつなったんですか?」
「北西の間の二階は、お母様の部屋ね」深美は続ける。「ここも、倉庫よりは、小さいけど、かなり大きいわね。え? 私がいすみんと初めて会った時、私が、お母様の部屋でなにをしていたかって? いや、その、うん、ちょっと喧嘩しちゃったのよ。お母様、結構ああ見えて、厳しいから。うん。私、一人暮らししたいんだけど、それ反対されてたの。もう、いすみんも一緒に住」
「北の二階の間は?」
「お父様の部屋よ。もう、ちゃんと話は最後まで聞きなさいっ」
「いや、深美さんにだけは言われたくな」
「お父様は、小説家なの」深美は前を見ながら言った。「だから、一日中あそこで、小説を書いてるわ。私は、あまり入った事がない、かな。で、一番右が、庭園ね。そう、最初に、私がいすみんを連れ出す時に言った部屋の事、ね。もう、ほとんどここはお母様の趣味の部屋ね。で、最後に、北の間の三階が、屋上になる分け。うん、さっきいすみんと行ったところよ。ここは、普段みんな足を運ばないわ。あそこはなにもないから、当たり前といえば、当たり前なんだけどねえ。でもどうして、あんな屋上があるのかしらねえ。あの館。いや、本当あの館おかしなところばっかりなのよ。うーん、私もそう思って、昔、お母様に聞いた事があるわ。そしたらね、なんか、あの館、昔、どっかのお偉いさんが、戦争以前に、身を守る為に建てたものらしくて、それで、色々としかけがあるらしいのよ。それで、あの屋上は、昔戦争で、近くに戦闘機が来ないかどうかを探る、見張り台だったらしいわ。もう、おかしな話よねえ。実際に、そんな事あるのかしらん。おかしいと言えば、あの館全部、おかしい、かも、よくよく考えれば。例えば、あの川。えーと、あそこに、橋かかってるじゃない。でも、あれ、本当はもっと取り外しが簡単なものだったらしくて、あれも、敵からの進入を、少しでも防ぐものだったらしいわ。あ、他にも、あの、凄い高い塀とか。あれも、進入を防ぐ為のものさったらしいわ。あと、あの森。それに、館の形状も、敵を攪乱させる為に、わざわざ、螺旋階段を三つ、独立させたって聞いた。あ、でも、庭園は、最近作られたみたいね。お母様が、お花マニアだったから。けど、昔、台風が来た時は、大変だったみたいね」
「深美さん、喋りますねえ」
「いすみんが、喋らなすぎなのよ」深美は頬を膨らます。「なんか喋って」
「いや、なんかと言われても」
「んーと、いすみんが、一番今興味がある事でいいわ。あ、でも、私以外の事よ、勿論」
「うーん」樫木は、左手で頬を掻きながら言った。「ミステリーですかねえ」
「えー? 私、あれ、大ッ嫌いなんだけどぉ」