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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第三章 ざわざわがやがや
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 茶話矢まやは、ベッドの上で、漢字の木の字の様に横になっていた。手を斜め下に、足を真っ直ぐ下に伸ばす形である。彼女は、死体を見たショックで、頭の中が、一種のパニック状態になっていた。いや、そもそもあれは、死体なんて生温いものではなかった、と、茶話矢は思う。なんというか、この世の不幸と憎悪を全て合わして固めた様な、地獄から抜け出してきた悪魔の様な、とにかくそんな印象を、彼女は持った。いや、印象というよりは、残像に近いかもしれない。忘れられない。消えない。陰の様に、まとわりつく。彼女の頭の中で、記憶が反芻していた。ステレオ機器の、繰り返し機能じゃないんだから、と、努めて明るい事を考える事にする。あとは、時間が忘れさせてくれる事を信じて。

 客間は、他の部屋と比べても、遜色ない程の、豪華な部屋だった。高級ホテルのパンフレットの写真、そのものの光景が広がっていた。一体、この家具、このベッド、このシャンデリアは、どのくらいするのだろうか? 茶話矢は気になったが、もしそれを聞いてしまうと、また目眩がするだろうから、止めておこうと、内なる好奇心に鎖をかけた。こういう時は、じっとしているのが、一番である。

「茶話矢さーん」小さいノックとともに、メイドの寿洲貴の声が聞こえた。「入ってもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」茶話矢は返事をする。

「ご機嫌はどうですか?」寿洲貴は、沈痛な面持ちで、ドアを開けた。

「はい、もう大丈夫です。大分良くなりました」

「水をお持ち致しました」寿洲貴は、ドアの中から銀色のカートを引き出す。漆で出来たお盆の上に細長いコップがあった。

「す、すいません」茶話矢は、水を一口飲む。「ありがとうございます」

「いえ、そんな。どうぞお気になさらないで」

「寿洲貴さんは、このお仕事長いんですか?」茶話矢は、世間話に、差し障りのない話題を切り出した。なにか喋っていないと、気が紛れない様な気がしたからだ。というか、彼女は普段から、時と場所を選ばずはなにかしら喋っているのだが。

「メイドとしては、六年程。ここに勤めさせてもらってからは、三年程でしょうか?」

「うっわあ、じゃあもうプロフェッショナルじゃないですか?」茶話矢は目をキラキラさせながら聞く。世間話は、いつ如何なる時でも楽しい。「私なんて、家事とか、まるで駄目なんですよお。本当ですよ? あれです、ネギとか切ると、金太郎飴みたくなっちゃうんです」

「えっ、とてもそんな風には、お見えになりません」寿洲貴は首を振る。「茶話矢さんは、家庭的なイメージでしたけど」

「本当ですかっ?」茶話矢は頬を両手で押さえた。「初めて言われましたよっ! 花屋さんだからかなあ、うっわー、嬉しい。花屋やってて良かったわぁ」

「いや、そこまで言わなくても」寿洲貴は、ギャグマンガならば、水滴の様な汗が、顔についたかの様な表情をした。「茶話矢さんは、花に興味があって、このお仕事を?」

「いや、実家が花屋なんですよお」茶話矢は、笑いながら手の甲を寿洲貴に向ける。所謂、おばさん臭い仕草だ。「でも、花が好きといえば、麒麟さんは、花の好き具合は、相当のものですよねえ」

「ええ、奥様はそれはもう」寿洲貴はにっこり微笑む。「あ、でも、昔、不思議な事が一つだけあったんですよ」

「不思議な事?」

「はい。えーと、うーん、どこから話したらいいか。そうですね、奥様は、花の中では、一番アジサイが好きなんですね」

「そうなんですか。はあ。流石、麒麟さん、マニアックですね。あまりアジサイが好きな方って、いらっしゃらないから。あ、失礼な事言っちゃったかも」茶話矢は左手で口元を押さえる。

「オフレコにしておきますから」寿洲貴はくすくすと口元を右手で押さえる。寿洲貴は続ける。「なん年前かは、忘れちゃったんですけど、大量のアジサイを、奥様は花屋さんに頼まれたんですね。でも、何故か、そのアジサイ達は、消えてしまったんです」

「消えてしまった、んですか?」茶話矢は繰り返す。彼女は、人の話を繰り返す癖があるのだ。直そうと思っているのだが、未だに直らない。

「はい、全部です」寿洲貴は頷いた。「私が、その場所を聞いても、教えてくれないのです、奥様は」

「そんなにたくさんあったんですか?」

「はい、それはもう。多分、車一つ分使う程の量だったと思います。私、チラッとは見ましたから。それと、色もたくさんありましたね」

「うーん、不思議ですね、確かに、うーん」茶話矢は、腕を組んで俯く。一応、考えている振りをしてはいるものの、頭はほとんど動いていない。完全に、茶話矢の苦手部分である。

「でも、この館は、そういう事が多いんですよ」寿洲貴は、窓の外の景色に視線を移した。「柳家の、長男、司様も、昔、忽然と消えてしまった事があったんです。部屋の中を探してもどこもいなくて、じゃあ、外の門から出ていったのかと思いきや、門の監視カメラには、なにも映っていなかったんです。門以外は、この館は、高い高い塀に囲まれています。しかも、そこにも監視カメラつき。だから、外へ出る事は、不可能だったんです」

「そうですね。あれは、登れそうないですねえ」茶話矢は、腕組みしながら頷いた。

「でも、その夜には、戻って来られたんですけどね。司様は。でも、監視カメラには、なにも映っていなかった。まあ、この館の庭は、広いですから、きっと、その中のどこかにいらっしゃったんだと思うんですけどね。ただ、奥様にこの事を聞いたら、私はなにも知らないと、おっしゃっていたんですけどね。でも、メイドや、執事の間では、ひょっとして、この館の中に、秘密の部屋があるのではっ? なんて、話にもなったんですよ」

「うわあ、ミステリー小説みたいですねっ」茶話矢は目を大きく見開いた。「私、超ミステリー大好きなんですっ! いやー、そういうのいいですよねえ。あ、でもでも、確かに、これだけあったら、抜け穴とか、隠れ小部屋とか、なんか、一つはありそうですよねえ」

「そう思いますでしょ?」寿洲貴は、少し微笑みながら、茶話矢に顔を近づけた。「でも、なかったんですよねえ。私達、世話係全員で、一応、それとなくは探してみたんですけど。うん、あれは不思議でしたね」

「不思議といえば、私は、寿洲貴さんが一番不思議ですよ」茶話矢は言った。「すいません、私、もっとお堅い方だと思ってたんですけど、寿洲貴さん、滅茶苦茶フランクな方なんですね。お話すっごい面白かったです」茶話矢は身を乗り出した。

「私も、茶話矢さんとお話できて、すっごく楽しかったです。本当ですよ?」

「またまたぁ」

「良かったら、メイドさんに、なってみません? 茶話矢さんがいたら、毎日楽しそう」

「そしたら家事がうまくなったりして」

「さあ、どうでしょう」

「あ、それ酷いですよー、寿洲貴さん」茶話矢は微笑んだ。

 寿洲貴は唇に人差し指を当てながら言った。

「オフレコで、お願いします」

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