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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第三章 ざわざわがやがや
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「被害者の身元は、先程、麒麟さんが仰られた通りで、よろしいのでしょうか?」星座は、淡々とした口調で言った。

「はい、まず間違いないでしょう」三崎は、手帳を顔に近づける。「名前は(はた)()々(が)()。歳は三十。どうやら、この館には、ちょくちょく訪れている様です。この館のご主人、鉄太朗氏の昔からの、知人、との事です。仕事は、事務関係。これらの情報は、この館に働いている、執事やメイドに聞きました。全員で、五人もいるらしいですね。この館には。私は、そんなもの、映画やドラマの中だけだと思っていました」

「他には、なにか言っていませんでした?」

「どうやら、この畑という女性は、鉄太朗氏と、愛人関係にあった様ですね。執事の一人が、躊躇しながらも、話してくれました。ただ、これは有名な話だそうで、その執事は、おそらく、麒麟さんも知っている話だ、とも話していました」

「妻公認だったという分けですか?」

「いえ、それは分かりません。ただ、彼の話ぶりからすると、おそらくそうだと思われます。二人、畑と鉄太朗は、よく館の中でも、二人でいたそうです。もしかしたら、子供達二人も、勘づいていたかもしれない、執事はそう話していました」

「そうですか」星座は腕組みをしながら、遺体を見下ろした。「愛人、ですか。随分と、クラシックな響きですね」

「三崎さん、三崎さん」夕張が、小声で彼の耳元で呟いた。

「ん? どうした?」

「どうしたじゃないですよ」夕張は、手で糸電話の様な壁を作った。「あの子なんなんです? なんで、僕らと遺書に、事件の捜査をしているんですか?」

「彼女は、探偵なんだ」

「た、探偵?」星座は、目を大きく見開いた。「な、なんで、あんな若いのに」

「本当の歳は、私も知らない」三崎も、夕張と同様に両手で同様の形を作って囁く。「ただ、昔本庁のお偉いさんが関係している事件を、彼女が解決した事があったらしいんだよ。で、それからというのもの、彼女から事件の捜査協力を申し出された時には、警察から情報提供をする事になってるんだ。事実、既に他の事件も幾つか解決しているらしい」

「は、はあ。でも、信じられませんね。そんな話。今まで聞いた事なかったし」

「まあ、そんな、有名な話でもないからな。私も、お会いした事はあるが、実際に一緒に捜査するのは、今日が初めてだ。いいか、くれぐれも、失礼のない様にな」

「そ、そんなに切れる人なんですか?」

「分からん。だが、相当のVIPだという事は、まず間違いない」

「う、うーん、しかし、本当にそんな事があるんですかねえ」

「この遺体とともに、鉄太朗さんが、部屋の中で倒れられていましたね?」星座は遺体を見ながら言う。「彼は、もう目を覚まされましたか?」

「は、はい」三崎は急いで手帳を元あったページ戻す。「彼は、あの後、この廊下に第一発見者が移動をしまして、あ、その時星座さんもいらっしゃいましたよね? で、その後、救急車で搬送されたのですが、移動中に目を覚まされたそうです。先程、救急隊員から、連絡がありました」

「彼は、本当に気を失っていたのですか?」

「はい、間違いありません。救急隊員が、瞳孔が動いていなかったのを、確認しています」

「まず、私と茶話矢さん、麒麟さんが、庭園の部屋の扉の前まで来ました」星座は三崎を見る。「すると、鍵がかかっていました。それで、私は鍵を取りに行ったのです。ここまでは、聞いていますか?」

「はい、柳婦人から」三崎は頷く。

「そして、私が持ってきた鍵で、麒麟さんは扉を開けました。すると、天井から、先程の女性、畑さんですか? 彼女がぶら下がっていたのです。ただ、扉近く、えーと、丁度扉の裏にあたる部分、所謂死角になる部分ですね。そこに鉄太朗さんが倒れていました。私達は、それから、まず鉄太朗さんの生死を確かめました。すると、まだ息がある事が分かった。私が警察と病院に電話をしに行き、茶話矢さんと、麒麟さんが、鉄太朗さんを廊下まで出した。そして、警察はそれから十分後に到着。救急車も、ほぼ同時。三崎さん達の到着は、もう少し後でしたよね? 麒麟さんと、今の私の話で、なにか相違点はありますか?」

「いえ、ありません」

 星座は三崎を見ながら言う。「今、他の皆さん、執事、メイド、茶話矢さん、麒麟さん、司さん、あと、深美さんと樫木くんは、どこにいらっしゃいますか?」

「花屋店にお勤めの、茶話矢さんは、今、客間で休まれています。気分が悪いそうですね。後は、皆、今はリビングにいます。柳婦人からは、発見時の状況しか聞いていません。ただ、執事やメイドには既に軽く話しを聞きました。もし、不審者がいたら、大変な事になるので。その時に、先程の愛人の噂等の、情報を得ました。ん? その、司さんという方は、どなたですか?」

「柳家の長男です」

「彼は見ていないですね」三崎は首を振る。「その、深美さんと、樫木くんというのは?」

「柳家長女と、花屋のアルバイトです」

「いえ、見ていません。二人は今一緒なんですか?」

「ええ、おそらく」星座は、壁の絵を見ている。

 三崎は、星座を見つめた。どう見ても、未成年の少女にしか見えない。白いワンピースのせいだろうか。正直いって、彼女が数多くの事件を解決したなんて、未だに三崎も信じられない。だが、一つ驚いた事がある。彼女は、遺体を見ても、全く驚いていなかった。まるで、気にしていなかった。三崎ですら、できれば、目を背けたい程なのに。

「星座さんは、どう思われますか? この事件」三崎はおずおずと星座に尋ねる。

「何故、腕と足を切ったのでしょう?」

「ええ」三崎は縦に大きく頷く。

「また、何故鉄太朗さんが、殺されていなかったのか?」星座は続ける。「そして、何故部屋が密室だったのか? 分かりやすい、大きな謎としては、この三点。鉄太朗さんは、救急車の中で、なにか言っていましたか?」

「ああ、はいはい」三崎は手帳のページを二枚前に戻す。「本人は、薬をかがされたと、言っています」

「頭を殴られたとか、首を絞められたとか、じゃなくてですか?」

「ええ。そう救急隊員からは、報告があります」

「死因は?」星座は、奥にある、ライオンの口から流れる水を見ながら言った。両手を背中で組んで、体を前に反らしている。

「まだ詳しくは調査中ですが、えーと、腕や足を切った際に出た、大量出血の為だと思われます」

「薬で眠らせた可能性があります」三崎の左で、屈み込みながら、作業をしていた検死官が、低い声で呟いた。

「薬は? 検出されましたか?」

「いえ、まだです。ただ、被害者に争った形跡は見られませんでした。気を失っただけでは、腕や足を切られた瞬間に、絶対人間は起きます。ですので、被害者が黙って殺されるのを待っているという状況以外は、この形跡を見る限り、薬が使われていた、可能性がかなり高いと思われます。また、血管の上昇もない事から考えると、縛られていた、等の可能性も薄いと思われます」

「他に、なにか、不審な点はありました?」星座は、検死官の横に立った。

 検死官は立ち上がりながら「はい。これは、先程より、確証は薄いのですが」

「どうぞ、遠慮なさらないで」星座は微笑んだ。

「どうも、被害者は、この部屋で殺されたのでは、ない気がするんです」

「どういう事だ?」三崎は左の眉をつり上げた。

「つまりですね、犯人は、別の場所で被害者を殺し、わざわざこの場所まで遺体を持ってきて、天井に吊して、部屋に血をまき散らした、という事です」

 星座は口元に右手を当てながら「その根拠は?」

「壁への血のつき方が、あまりにも不自然です。普通、返り血は、こんな大きく飛びません。ただ、遺体の腕を切りながら、部屋を歩き回った可能性もありますが、そうなると、血が垂れた後がある筈です。でも、この部屋にはありません」

「ちなみに、死亡推定時刻は?」

「まだ、ここでは詳しい事は断定できませんが、大体、発見から二~五時間程前でしょう。胃の中を解剖すれば、更に詳しく絞り込めます」

「それとですね、星座さん」三崎は片手を挙げた。「一つ、重要な証拠があるんです」

「なんでしょう?」星座は三崎に振り向く。

「凶器についてです」三崎は、顔をしかめながら言った。「まだ断定できませんが、えーと、星座さんは、最近この近辺で、バラバラ事件が起こっているのをご存知ですよね?」

 星座は黙って頷く。

「初めに川で発見されたバラバラの遺体、次に花屋の前で発見された首の遺体、実はですね、これは、一般に公開されていない情報なんですが、どちらも、切り口の跡が、同じだったんです。その遺体を解剖した検死官の報告によると、その切り口は、ナイフやノコギリの様な、一般で使われている刃ものの切り口ではなかったそうなんです。まだ、その刃ものの特定はできていないんですが、切り口としては、ギザギザしていて、えーと、ほら、ハサミでも、たまに刃がギザギザしているの、あるじゃないですか? えーと、あとは、糸のこみたいなやつ、あれの、巨大番みたいなやつだそうです。検死官の推定によると。えーと、そうだったよな?」三崎は、一旦左にいる検死官に目線を移す。「でですね、この、館にあった遺体。実は」三崎は、間を空けて言った。「これの切り口も、全く同じだったんです」

「はい。これを見て下さい」検死官は、足下にある遺体の胴体に顔を向ける。「この切り口は、かなり特殊です。また、人間の体を切る程のものですから、必然的に、サイズも大きくなります。臆測ですが、この切り口の刃ものは、見ず知らずの他人が真似出来るものではありません。そんじょそこらのものとは分けが違います」

「警察は、この情報を、重大な証拠として、一切一般に公開していません」三崎は溜息をつきながら言った。

「つまり」星座は言った。「今までの二件のバラバラ殺人と、この事件の犯人は、同一人物、という事か?」

「はい、まず間違いありません」三崎はゆっくりと頷いた。

「以前の二件の事件と、今回の事件の、被害者、また、事件の類似点はありますか?」星座は、淡々と質問を続ける。どうやら、新しい情報にも、全く驚いていない様だ。

 三崎は手帳を見る。「被害者については、以前の二件は、全くバラバラです。一人目が、草川南枝。近所の女子高生。また、二人目は、古野洋子。近所の大学生です。この二人は、近所に住んでいるという点、また、女性という点以外では、全く接点がありませんでした。以前、勿論捜査中ですが、一向になにも出てきません。畑と、この二人の接点は、まだなにも分かっていません。以前捜査中です。また、以前の被害者の二人には、暴行跡や、切断以外の、目立った外傷はありませんでした」

「三崎さん」

「はい、なんでしょうか?」

「そろそろお茶の時間だわ」星座は、扉の取っ手を握りながら呟いた。

「は?」

「それから、検死官さん」

「はい」検死官は、低い声で答えた。

「あなた、お名前は?」

「木村です」検死官は、小さい声で星座に名前を言った。

「あ、あのー」夕張は、二人を邪魔する様に、右手と左手の一差し指を胸の前でくっつけ俯きながら言った。「僕、名前聞かれていないんですけどお。是非、僕の名前も、星座さんに聞いてほしいなー、みたいな、ねっ、どうですかねえ、って、あ、星座さん、も、もういないっ!」

「お茶を飲みに行かれたぞ」三崎は、開いたままのドアを見ながら言った。

「そ、そんなっ」夕張は、小さな声で呟いた。「綺麗な人だったなあ」

 三崎は真面目な顔で言った。「人間には、出来る事と、出来ない事があるぞ」

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