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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第二章 ばらばらばらばらばら
12/40

「こちらよ」麒麟は先頭で歩きながら言う。「室内庭園の中に、お花を運んでほしいの」

 茶話矢は、柳麒麟と数回会った事がある。今までこの館に花を運んだ時、全て会っていた。館の主人、鉄太朗の妻である。鉄太朗とは、休日に花を運んだ時にしか面識がない。したがって、茶話矢は、この館の中で、麒麟と、一番面識が会った。それだけ、多く会っていた事になる。だが、なん度会っても、麒麟の印象は、無表情な人、という一言に尽きた。茶話矢は麒麟に関して、他の感情を持った事がなかった。ただ、勿論、そんなに親しくない他人、しかも雇い主に向かって、無表情、とは、どちらかというと、失礼な表現。だろうとは、思う。だが、道というのものは、一つしかなければ、それを選択するしかなく、また、それは、人の印象も、同じ事だった。

 麒麟が、笑ったところを、茶話矢は一回も見たところがない。同時に、怒ったところ、悲しんだところ、そういった、感情の起伏を一回も見た事がなかった。いつも、同じ顔なのである。まるで、人形だ。声の抑揚も、常に一定。この人は、機械なのでは、と、茶話矢は、一回考えた事がある。勿論、それは、真剣に考えた末のものではなかったが、しかし、もし麒麟本人から、そうカミングアウトされても、私は全く驚かないだろうな、と、心の隅で思う。これらの茶話矢の一連の評価というか、想像というか、決めつけは、はっきり言って、あまり良いものとはいえない。それは、本人も分かっていた。もしかしたら、麒麟は、お酒を飲むと腹踊りをする可能性だって未だ十二分に存在するし、当たり前だが、感情の起伏がない性格は、悪いものではない。そもそも、他人に対して、良い悪い等、人間はそう簡単には判断できない。それは、彼女も、重々分かっていた。だが、それにしたって、麒麟は度を超えて無表情なのだ。怖いぐらいに。近づけないぐらいに。恐ろしいぐらいに。

「また、インテリアを変えようと思って」麒麟は、留守番電話の、オペレーターの様な声を出す。「人生って、趣味に、没頭出来る時間だけが、有意義だと、私、思うの」

「趣味、ですか?」茶話矢は相槌を入れる。本来ならば、この役は、星座にやってほしかったのだが、仕事というのもあり、今、茶話矢は麒麟のすぐ後ろを歩いている。星座は、茶話矢の後ろをついてきている。現在、三人は、一番右の螺旋階段を上っている。この館の呼称方式でいうならば、北東の間の二階、とでも呼ぶべきだろうか? 茶話矢は、目が少し回りながらも、一歩一歩、階段を上っていく。

「自分で、選んで、自分で終わらせられる時間だから。人は、生まれながらにして、終わりの時間、そして、周りの環境が、ある程度決められている。けど、趣味の時間は、違う。自由なの。ある意味、それは、世界と定義して、良い筈なの」

 はっきりいって、ついていけない茶話矢である。何故そんな事を今言うのだろうか?そして、何故自分に言うのだろうか? 正直言って、全く分からない。

「趣味の事を考えている時間だけ、人間は神になれます」麒麟は言った。「だから、今、私は神なのよ」

 麒麟は、茶髪のウエーブが入った、腰まで伸びた長い髪が印象的な、年齢よりも若く見える容姿だった。確か、四十近くだと、以前茶話矢は聞いた事がある。だが、全くそんな風には見えない。赤い生地に、金色の金魚がなん匹か縫われている、派手な着物を着ていた。相当目立つ服装だ。普通、茶髪と着物は、会わない事が多いのだと、茶話矢は思っていたが、麒麟のこの組み合わせは、何故か不思議な程バランスが合っていた。待ち合わせの時に便利だな、成人式の時、目立って同級生に見つけてもらいやすいかも、とか、そんな事を茶話矢はふと考えた。

 三人は、北東の間の、二階に到着した。先程の北西の間と、景色は、ほとんど変わっていなかった。上にはシャンデリア。左側には、鎧の甲冑。金色の額縁に入った絵画。絵柄は同じモナリザ。白い鉢と、植木。違う部分と言えば、通路の伸びる向きだけだ。突き当たりの壁も先程と同じで、白く、そしてその左側に、木で出来た扉があった。

「では、実際にご説明を」麒麟はノブを握る。「あれ、開かないわ」

「あ、そういえば」茶話矢は、口に手を当てる。「先程、お嬢様、えっと、深美様が、今日私と一緒に来たアルバイトの者と一緒に、館の中の庭園を見に行くと」

「深美がそう言っていたの」麒麟は、目の向きだけ変えて、茶話矢に聞く。

「はい。そう仰っていました。本当かどうかは分かりませんが」

「深美ー。深美ー」麒麟は、ドアを、三回、手の甲で叩く。「いるなら、開けなさい」

「いらっしゃらないのですか?」星座が後ろから、背伸びで聞く。

「ええ」麒麟は頷く。

「深美さんの事だから」星座はくすくすと笑う。「もしかしたら、全然別の場所に言っているかもしれませんわ。今までの統計で言うと、外の庭園か、屋上、どちらかですね」

「星座さん、申し訳ないんだけど、鍵を、寿洲貴に言って、取ってきて下さらない? 茶話矢さんは、この家あまり詳しくないだろうから」

「はい、喜んで」星座は、今日茶話矢達と、初めて会った時と、同じポーズをした。ワンピースの両端を持って少し上げ、軽く頭を下げる、今となっては、映画の中の貴族くらいしかしていない、あの時代錯誤のポーズである。

 階段の手すりに掴まりながら降りて行く星座を横目に、茶話矢は麒麟に声をかける。「うーん、深美さんだとしたら、何故開けないのでしょう? というか、なんで鍵が閉まっているんでしょうね」

「見られたくない事でも、しているのよ」

「え?」

「きっとそう」

「そうなんですか?」

「あの子、ほしいものは、必ず手に入れるタイプだから」麒麟は、茶話矢から、前のドアに視線を移して言った。「私と同じ」

「は、はあ」

「その人、男の方?」

「はい、そうです」

「じゃあ、ありえるかも」

「そうですかね?」

「あの子、キスしてから、Hまで速いの」

「は?」

「本人から聞きました」

「は、はあ」

「あなた、その人の事好き?」

「い、いえ、特別な好意は」

「じゃあ、関係ないわね。あ、でも、今、仕事中よね。それは、いけません。そこは、深美に注意します」

 茶話矢は、なにも言えず、黙ってドアを見つめた。

 特別な、好意、か。

 確かに、自分は、樫木を、恋愛対象とは見ていない。

 だが、今、何故だか、少し腹が立っている自分がいる。

 何故だろう。これは、どこからの信号だ? そして、誰向けの、発進だ? 麒麟か? 深美か? 樫木か? 私は、今誰に腹を立てているのだろう。

 もし、この中に、あの二人がいたら、自分はどうするのだろうか?

 よく分からない。

「持って来ましたわ」

 星座は、鍵がなん本もついた束を麒麟に渡す。

「この部屋の鍵は?」

 深美が、星座に聞く。

「その、赤色です。寿洲貴さんが言っていました」  

麒麟は、扉の取っ手に、鍵を差し込んだ。

 回転する取っ手。

 鍵が開く音。

「深美さん、あなたって人は」

 麒麟は、ドアを開けた。

 棒立ちの麒麟。

 動かない。

 じっとしたまま。

 表情は変わらない。

 無言。

 無。

「どうされましたか?」

「死んでいます」

 茶話矢は部屋の中に走り込んだ。

 バラバラ。

 ゴロゴロ。

 ドタドタ。

 ゾロゾロ。

 腕が六つに。

 足が四つに。

 血と、血と、血。

 スプレー?

 まるで、水風船が割れた様。

 血風船?

 天井から、女性がぶら下がっていた。

 人形の様に。

 人間じゃないかの様に。

 腕がなかった。

 足がなかった。

 顔はあった。

 体はあった。

 だから?

 赤い。

 赤い。

 ぼーっとする。

 ぼーっとしていた。

 ゴミの様に、

 手足が落ちてて、

 クズの様に、

 女性はぶら下がっていた。

 血が、

 血が、

 血しかない。

「警察に電話しましょう」

 麒麟は、人形の様に言った。 

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