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 昔々、ある所に腕の良い絡繰師がいた。

 生まれも出身地も不明。通り名として使っていた偽衛門という名が最も知られている。そんな正体不明の絡繰師だ。

 彼の創り出した絡繰はまるで生きているようで、絡繰の鳥が本当に卵を産んだ、という噂まで立っている。

「だからと言って、本当に動かなくても良いんですけれどもね」

 楽浪は嘆息してつぶやいた。苦戦はしないものの、いかんせん数が多すぎる。

 周りには折れた矢が散らばり、壊れた絡繰の部品がカタカタと鳴っていた。鉄で作られた、特に変わったところのないぜんまいや歯車、鋼線だ。これらを組み立てたものがどうやって動いていたのか、楽浪には見当もつかない。

 カタカタと、壊れてもなおひとりでに動き続けている歯車を、楽浪は刃を突きたてて黙らせた。

 ――やがて時は経つ。

 偽衛門の千体人形――という有名な作品を残し、絡繰師は老いさらばえて死んだ。

 童子人形、絡繰鳥に鎧武者と、多種多様な絡繰の数は千体にも及ぶと言われている。千体人形は商人や大名の手に渡り、各地へと散らばったはずだった。

 だが、各地から千体人形を集めてみせた者がいた。それが、無類の絡繰好きであるこの屋敷の主だ。

 聞きかじった噂話だが、ここで役に立つとは思わなかった。

「まったく物好きな方はいらっしゃるものですな。数寄さでは我がヌシ様も引けをとりませんが、生憎金がありませんから。――ああ、だからここの主は物の怪に好かれたのでしょうかね?」

 楽浪は笑えない冗談に、声を殺して笑った。

 物の怪は人の病だが、人に憑くだけではない。

 物の怪となった者が関わった者、動物、果ては刀剣や人形、建物などの物すらも物の怪となり得る。物の怪は名の通りに『者』の怪でもあれば『物』の怪でもあるのだ。

 そして不特定多数の感染者が出る分、こちらの物体の方が厄介なことさえもある。

 物の怪と化した剣を持てば剣士は狂って人斬りとなり、物の怪がついた建物に入れば病を得て次々に人が死ぬ。それらはやがて、忌むべき妖刀や妖地となって封印される。

 人形は写し身に似ているために、人の想いがこもりやすいとされている。この絡繰たちも集められるうちに物の怪に感染してしまったのだろう。

「まったく――はた迷惑な話でございますな!」

 楽浪は軽く地を蹴ると、塀の上に降り立つ。

上から見下ろすと、傷ついた稲荷たちが道の端に集められている。程度の差こそあれ刀傷を負った者が多く、それぞれ無事な稲荷が刀を収めて仲間の治療に努めていた。

夏の湿った空気を押しのけ、秋に似た涼しい風が吹く。清々しい気が満ち、ここには物の怪も近寄れないだろう。これが彼らの作る結界である。

五行の中で、稲荷神は『金』に当たる。西、白、秋を象し、生命を刈り、反対に与える神。五穀豊穣の神、商売の神であるのは実りをもたらすという性質の副産物だ。楽浪の主はこれを、稲荷神の力《稲成り》と呼んでいた。

 怪我人は多いもののその顔は暗くはない。彼らは物の怪との戦いで傷ついたとしても、助け合っていた。

 なぜなら――同じ稲荷だから。

楽浪はその様子に鼻を鳴らすと、背を向ける。

と。

「……どこに行く?」

「おやおや、無事でいらっしゃいましたか。初東風どの」

 振り向くと、初東風の狐面が目に入る。面を付けたままということは、力を行使したということか。あの神田稲荷の総代にすら、余裕はないようだった。

「勝手な行動は慎め。貴様ひとりで行ったところで何ができる? 死体が増えるだけだ」

「おや――ということは、死者が出ましたか?」

 初東風の鋼のように動じない声が、わずかに苛立ったように聞こえた。

「……若い稲荷が数名ほど。向島、浅草は被害も浅いが、本所は元より数が少ない。手が余っている者は負傷者の手当てに回っている。お前も――」

「ああ。それは無理ですよ」

「なんだと?」

 これは、彼が面を付けていない時に言えば良かった、と楽浪は内心で悔いる。

 初東風の驚いた顔が見れないのは残念だった。さぞや、面白いだろうに。

「私は手伝うとは申しましたが、あなたの指揮に従うとは言っておりません。他の者に足を引っ張られるのもまっぴら御免ですからね。ここからは、私の好きなようにやらせていただきますよ」

「待て――」

「では御機嫌よう。神田稲荷の総代どの」

 楽浪は薄ら笑いを残し、静寂の中へとひとり跳んだ。


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