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「ちょっと、先生。どこ行くんですか? こんな時間に」
「んー? ちょっとヤボ用だよ」
「ていうか、こっち本所に近いじゃないですか。帰りましょうって。その……本所は今夜は駄目なんですって。行きたい場所あるなら、ここ以外でお願いしますよ」
「んー」
「って、聞けよ人の話!」
ついに甘斗は怒鳴るが、鈴代は生返事をしたまま、一向に踵を返そうとはしない。
鈴代は夜に紛れる黒い羽織の下は派手な色の着物という、相変わらず矛盾した着こなしである。その後ろ姿を見失わないように気をつけながら、甘斗は暗い夜道を駆けた。
夜も更けて、店を閉める寸前の繁華街を過ぎた辺りから、まったく人の気配がない。
これでは、帰り際に木戸番になんと説明して通してもらえばいいのかわからないではないか。
振り返った師は、姉弟子の輪廻そっくりに頬を膨らませた。
「だって、甘斗は帰ってもいいって言ったじゃん。なんで付いてくるのさ」
「そりゃ、先生を放っておいたらどうせロクなことしないでしょうが。どうせ女の人の所に行くんだろうし。明日にしてくださいよ、もう」
「うっわ、もう予想されてる。まいったね。でも僕は行く。なぜなら、そこに美人が待ってるから!」
と言って、鈴代はずんずんと歩き始めた。足を踏み入れた橋が、かたんと音を立てる。
「だから、止めろって言ってるでしょーが!」
甘斗は走って追いつくと、やっとのことで鈴代の羽織を掴んだ。
その瞬間だった。
「うわっ!?」
波打つかのように地面が揺れ、おもわず甘斗は尻もちを付いた。遠くから爆発音のようなものもしたような気がして、ぞっとしてそちらを見る。
向かいかけた先、本所の方向からだった。
「ちょっと先生、沈んでる場合じゃないですって! ……先生?」
甘斗は目を疑った。
掴んだ羽織を残して、鈴代は消えていた。
「先生!? え、冗談じゃないっすよ!」
周りを見渡しても暗闇ばかり。まるで空気のように溶けてしまったように、師の姿はどこにもない。
「……ああもう!」
甘斗は身震いをしてから、意を決したように、橋を渡った。