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 夏至の近づく今では、少々遅い時間になっても明るいくらいだ。

 うっすらと明るい望月に樹の陰が黒く落ち、徐々に濃さを増す。

 この時間にもなると、神社の境内には子供すらいない。皆、家に帰ったのだろう。自分の家族の待つ家へと。

 近くの繁華街では木戸が閉まる頃だろう。それも、この地域には関係がない。

「んん。良き月と風でございますねぇ。まるで、みたらし団子のようで……うう、また恋しくなってしまいます。私のみたらし団子、ヌシ様と輪廻さんで食べてしまったでしょうか? ああ、そうこうしてはおれません、一刻も早く物の怪を打倒し、団子をこの手に!」

 楽浪は、神社のひときわ高い樹の上に立っていた。白い単衣に下駄で枝に立っている姿はまるで天狗か妖怪のようだったが、まあ気にする者もいないだろう。誰も気にしないし、誰もここにはやってこない。少なくとも、普通の人間は。

昨日、甘斗にした説明を拝借すると、これも大規模な『化かし』である。

事情に通じた者は『結界』と呼ぶが、どちらでも同じことだ。

 この樹の上からは隣の武家屋敷と本所がよく見える。

 橋を渡れば浅草、近くには向島や他の村があり、どこにも人が住んでいる。

 東西南北どこに物の怪を逃がしたとしても必ず被害が出る。

 だからこそ本所の稲荷は他の地域にも応援を頼んだのだろう。

「これはもう天下祭りみたいな賑わいじゃないですか」

 静まり帰った本所を眺め、楽浪は感嘆の息をこぼした。

橋のたもと、塀の上、門の外、そこにぽつぽつと人影がある。

男が多いが女もいる。

粗末な身なりの者もいれば公家のような豪奢な服装の者もいる。

外見はばらばらで統一性の欠片もないが、ただ同じなのはそっくり同じ狐面をどこかに身につけていることと、それと大小さまざまな刀を身に帯びていること。

その二点だけは示し合わせたように同じだった。

 これが稲荷である証明だった。

 初東風に、どれほどの稲荷を呼んだのか聞いていなかったが、三、四地区ほどは声をかけたことだろう。神田だけで二十数町、その裏長屋の一軒にひとつは稲荷がいるのだから、とんでもない数になる。

 これほどの人ならざる者が一堂に会することなど滅多にないが、稲荷だけは別だ。

「む……」

 楽浪は面の中で目を細めた。

 稲荷たちが包囲しているのは、たったひとつの屋敷だった。

 規模の大きな武家屋敷で、恐らくはどこかの大名の邸宅だろう。人間の社会の事情など、稲荷には関係ない。どういう素性で、どういった祖を持つ家系であったとしても、稲荷には同じ人間にしか見えない。

 屋敷は奇妙なほどに静まりかえっていた。

大きな屋敷ならば、何十人も中に住んでいるはずだというのに、寝息も人の気配すら感じられない。巡回しているはずの見張りの者すらいないのはどういうことだろうか?

それどころか、庭の池にも魚や、庭樹の生気もない。皆、眠りについているように静かで動きがない。

いや。たった一種の気配ならばある。

とても慣れ親しんだ感覚。冷たく、どろりとした湿った空気を肌に感じる。

 ――カラ、カラカラカラカラカラ……

 ふと、夜の静寂に乾いた音が聞こえてきた。

 風車を回した時のような音とも似ているが少し違う。もう少し規則正しく、より堅い。

 ばんっ!

 屋敷の門がひとりでに開け放たれた。

「おっと」

閂がひしゃげ飛び、中から飛んできた強弓を楽浪は刀で叩き落とした。

 抜刀すらも見せぬ早業だったが、驚く者はいない。

 ――カラ、カラカラカラカラカラ……!

 開いた門から溢れ出てきたのは人間ではなかった。

 子供の背丈ほどの童子人形が、はね跳びながら次々に門をくぐる。

 ただの人形ではない。複雑なぜんまい仕掛けの機構で作られた絡繰人形だ。

 ある者は矢を構え、ある者は小さな身体に不釣り合いな刀を携えている。小さいが、その威力は深々と突き刺さった矢を見れば想像はつく。

 屋敷の不自然な様子。人の手を離れてもなお動き続ける奇怪さ。それに、この汚泥をまとうような不快な気配は疑う余地もない。

 これが物の怪たちの正体だ。

 すでに門の近くにいた稲荷たちも、それぞれ抜刀して斬りかかっている。

二尺三寸の太刀だけでなく、九寸五分の鎧通し。脇差に、しのぎの高い美麗な反太刀、果ては無骨な直刀まで。皆、己の腰のものを抜き放っている。

 狩りの始まりだ。

 楽浪は樹の上から飛び降り、楽浪は近づいてきた人形を蹴り上げた。それから刀を八双に構え、集まりつつある物の怪に向かい静かに戦声をあげる。

「それでは、討ち入りとあい参りまするか」


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