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見ている。
見られている――そう、今ははっきりとわかる。視線が四方八方、あちらこちらから突き刺さる。まるで、見世物にでもなったような気分だった。
まだ十年ばかり人生で、甘斗は今ほど肩身が狭い思いをしたことはなかった。
何故か。
答えは簡単。
自分の連れが、とにかく、異様に張り切っているからだった。
「うわ。これ、こんなに美味しくていいんでしょうか? こんなに甘いものが世の中に存在していたとは……。ははぁ、これはまた面妖な魚ですねぇ。羽が生えた魚などと……なにトビウオという名だと? 海から持ってくる途中に干物に? それはそれは遠いところから御苦労なことでございますねぇ――やや、坊ちゃん坊ちゃん! あれ、あの奇特な催し物は一体全体なんでございましょう!? なんと、人が馬のかぶり物などして踊っているではありませんか! はてさて、これは面妖な――」
「だああああああ!」
甘斗はついに叫び声をあげた。
ただはしゃいでいるだけならば、まだいい。
けれど隣で袖を引っ張ってくるのは真っ白な単衣に縁日で売るような目の細い狐の面。しかも腰に刀を下げた、一言でいえば不審者である。
これを連れて歩かなければならないのだから、恥ずかしくて仕方がない。
しかも、場所は江戸は一番の繁華街の日本橋界隈である。表店を回る買い物客はもちろんとして、ここから始まる街道を行き来する旅人、危ない目つきをした浪人、用はないが通りをぶらぶらしている岡っ引きまで多種多様な人間がいる。
ぽかんとしている店の人間から、急いで白い単衣の裾を引きずって遠ざける。
ずるずると路地まで持ってきたところで、ぽんと手を離す。
「楽浪さん! あんまり変なことしないでくださいって! アンタ、ただでさえ目立つんですから!」
楽浪は、さきほど甘斗が買ってやった団子を片手に小首を傾げた。長身なので、甘斗に合わせてかがんでいるところに、さらに腹が立つ。
「はて、これは異な事を申されますな。私が? 目立つ?」
「自覚ゼロか!? どこからどう見ても変人っすよ。町の人だって、あんなに見て……」
指をさして振り向くが、道行く人々は怒鳴り声をあげている甘斗をうさんくさそうに見ているばかりだ。楽浪の方は気にもしていないらしい。
「あ、あれ?」
「ご心配されずとも、ちゃんと心得ておりますよ。私も一応神の端くれでございますから。人中に紛れることなど朝飯前の納豆売りでございます」
ほうほう、と朗らかに楽浪は笑った。
「他の人間には意識はすれど、記憶には残ることはございませんでしょう。売買をしたとして、金は残れど誰と話したかもわからない。ま、ごく簡単な化かしと言いましょうか」
「なるほど。って、先にそれを言ってくださいよ!」
食ってかかる甘斗だが、楽浪は笑った狐面の表情そのままに、楽しげに言葉を並べる。
「いえ、てっきり、坊ちゃんは御存じかと思いましてねぇ。よもや、私のようにちょっと変わっている者が白昼堂々歩いていると思い込んで、江戸八百八町の往来で騒いだりするなどと夢にも思いませんで。これは失敬致しました」
「ぐっ――も、もう行きますよ。早くしないと日が暮れる」
甘斗はそれ以上何も言わず、楽浪に背を向けた。いくら言ったところで意味がない。のれんに腕押しだ。この人に口では絶対に勝てないな、と結構早めに諦めていた。
「おや、坊ちゃん? なぜに急がれます? 坊ちゃん? ぼっちゃーん?」
追いかける声を背に、甘斗は早足で通りを駆け抜けた。