10
カタカタ、カタ――
蔵の中で、何かがうごめいていた。
よろよろと危なっかしげに動きながら、真っ暗な土蔵から月明かりの下へと出ようと這いずっている。
その頭を、ふいに現れた杖がうがち、貫いた。
砕けた頭蓋からぶちまけられたのは、びっしりと詰まった歯車とぜんまいである。
「絡繰偽衛門ね――」
つぶやいたのは鈴代であった。弟子を背に負い、片手で杖を持ったまま、苦笑した。
「まさか、絡繰だけじゃなくて人すらも操れるとはね」
偽衛門の死因は老衰ではない。病死だ。
ある大名の不興を買ったか、出来栄えの良すぎる作品を恐れられたのか、偽衛門はあらぬ罪を作られ、牢へと入れられた。そして、二度とそこから出てくることはなかった。
その牢の中で最後に作られたのが、この人形だったとされている。そこで偽衛門は病を得て、物の怪と化したのであろう。
黒く長い髪の、少女のようにあどけない顔をした人形を見て、鈴代は深く息をついた。
物の怪は伝染する。人間にも、物にも。そして神にすら。
神使である稲荷はより神に近しい存在だ。穢れた存在である物の怪の影響を、容易く受け付けることはない。
だが、千体もの人形を物の怪とした人形たちと戦っている間に、稲荷たちも自然と物の怪の気に冒されていたのに気づいていなかった。このまま放っておけば彼らも危なかっただろう。
だが、その千体人形も大部分が壊れた。現物がなくなってしまえば偽衛門の伝説もやがては怪談と同列に扱われ、消えていくだろう。
「ふう」
一仕事終えた鈴代が耳を澄ますと、あれほどざわめいていた樹が静まっている。
そろそろ、外の絡繰も動きを止めた頃であろう。後の始末は稲荷たちに任せて、このままこっそりと逃げればいい。
鈴代は踵を返し、外へと足を向ける。
が。
「ん、ちょっと待った?」
蔵を出ようとして、鈴代はぴたりと立ち止まる。
百歩譲って、表の稲荷は事情を説明すればなんとか帰してくれないこともない。
けれど、木戸番はどうやって通り抜ければいいのだろう?
もう日付も変わっていて、こんな時間まで何をしていたのか問われることは必至だ。
そんなときに子連れで外を出歩く理由を、少なくとも鈴代は知らない。
ならば最悪の場合、日が昇って木戸が開くまで待たなければならないかもしれない。
さぁぁ――と鈴代の白い顔がますます白くなる。
「あー……それはまずいって」
青ざめる鈴代の横を、季節外れの冷たい風ばかりが無慈悲に通りすぎる。
朝が来るまで、まだまだ時間は長い。