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落果の芽吹きは風の恩恵

作者: 麻宮みかん

「だんで­ー、ごーなるのーぉ」

 グラス片手に絡み酒。

 彼女は、来店するやいなや、事の顛末を涙ながらに話し始めた。

 それからは話しては飲み、飲んでは号泣、を繰り返しすでに三時間。泣き過ぎて声がつぶれている。

 営業時間はまだまだあるのに、客はコレのせいで常連すらも、そそくさと帰ってしまった。営業妨害もいいところだ。

「いい加減、もうやめとけ」

 さっさと帰したい。

 Bar Wind-Alr 落ち着いた雰囲気が漂う、行儀のいい客層しかこないこの店で、唯一こいつ 藤白メイ だけは例外だ。来店する度、三回に一回はトラブルを起こしたり、持ち込んだりしてくる。それでも、出禁に出来ないのは、オーナーの姪だから。

 オーナーから「申し訳ないけど、面倒みてやって。店の中だけでいいから」とお願いされると断れないのが、雇われの辛いところだ。しかし、うら若き22の乙女(本人が言った 笑)が、この醜態はいかがなものか?

「ごでがー、どばずにいられづがー」

「あー、はいはい。可哀相ですね」

 グラスを磨きながら、いい加減な相槌をうつ。職業柄、酔っ払いの相手は慣れている。

「ばがっで、ぐれづぅ?」

 が、泥酔してる奴は嫌いだ。

 酒は味わって飲むべきだ。楽しい酒ばかりではないのは、承知している。人生色々ある、酒はその時々の彩りだ。溺れる物じゃあない。

「あんたは、自業自得。可哀想なのは、あんたに飲まれる今日の酒」

「わーん、だでもだぐさめてぐでだいー」

 また大声で泣き出した。

 あーうるさい。


――  ◇  ――  ◇  ――  ◇  ――  ◇ ――


「責任とって、彼氏になって下さい!」

「はぁ?」

 店内に四つしかないテーブル席のひとつに、メイが大声で詰め寄っていった。相手は虚を衝かれて、聞き返すのがやっとだ。

「あなたに飲まされたボンベイサファイアせいで、二日酔いになって、合コン行けなかったじゃないですか!」

 相手の戸惑いもかまわず、メイは畳み掛ける。

「なに、言ってんの?」

 とんでもない言い掛かりをつけられて不愉快だと言わんばかりに、メイをにらんでいる。

「わたし藤白メイ、彼氏いない暦22年。

あの日は、今度こそと、次の日の合コンにすべてを賭けるぞーって気合入れてたんですよ!

それを、それを、台無しにしてくれた責任はとってもらいますからね!」

 メイはそう言い切ると、ドヤ顔でばん!とテーブルを叩いた。むふー、と鼻息荒く「言ってやったぜ!」とばかりに得意気な様子だ。

「なんで?」

 そんな彼女を見て冷静さを取り戻したのか、右手で頬杖をついて憮然とした顔して、静かに短く聞き返した。

「はあ?」

 是か非どちらかの返答以外は考えていなかったらしいメイは、思わず気が抜けた声を返した。

「とらなきゃいけない、責任がわからない」

 前言を心底面倒くさそうに、ため息を吐きながら補足した。

「しらばっくれないでよ、合コン行けてれば彼氏が出来たはずだもん」

「その根拠のない自信はどこから来るんだか」

 言い返されたことに激昂するメイを、またため息交じりに受け流す。

「ひどい!」

「ひどいのはそっちの言い分だ!だいたい、あの日は、『隣のテーブルで』私が飲んでいたボンベイサファイアを、『酔っ払っていたあんたが、私から奪って勝手に飲んで、慌てた周りが水を』無理矢理飲ませた。が、本当だ」

 メイの非難にイラっとしたのか、大声で事の真相をまくし立てた。

「そ、そーだけどぉ。でもぉ、二日酔いで合コンに行けなかったのは、ほんとだしぃ」

「因果応報」

 メイは相手の剣幕にひるんで、声をひそめて言い募る。強気は悪手と判断し、か弱い女子路線に変更したらしい。

 しかし、効果はなかったようで、すぱっと一言で返された。

「えー、かわいそーだと思わないのぉ」

 勝手に正面の席に座り、メイはテーブルを挟んで相手にずいとせまっていった。

「思わない。大体、被害者はこっちだろう?謝ってしかるべきだ。それを逆に、因縁つけて恐喝か?」

 しかし、相手は動じたふうもなく微動だにしない。

「きょーかつなんて、怖い事言わないでー」

 語尾をのばしながら、メイは先程とは打って変わって甘えた声で言い返す。その上、えーんとやる気のない泣きまねをしてみせる。

「じゃあ、なんだ?」

「怒んない?」

「内容によるな」

「やーん、もう怒ってるー」

 メイは体をくねくねさせながら、口を尖らせている。かわいい女の子を気取っているらしいのだが、何かが間違っているその様子は、十人中十人もれなく癇に障りそうだ。

「なら、もう怖いものないな、言え」

 中々進まない説明や、メイの態度からくるいらだちを堪えながら、顎で先を促す。不遜ともとれるその態度は様になっていて、メイが小声で、やーんかっこいいとつぶやいている。

「えっとぉ、さっきーこの店に来たときにぃ、マスターからぁ、『この前迷惑掛けた、ボンベイサファイアの人来てるよ。謝っときな』って言われてぇー。でー、見たらカッコ良いしー、これもなんかの縁かなーって思って、折角だから彼氏なってほしーなーって」

 語尾にハートマークがついているような、甘ったるくしゃべると最後に、こてっと、小首をかしげてメイがにっこり笑う。

「で、ぜーったいなってほしいから、ちょっと強く出てみました」

 一転、真剣な顔を作ったメイは相手を見つめた。

「男の子なら、女の子のするかわいいワガママ許してくれるよね」

 これでフィニッシュと、あざとい上目遣いをする。メイの勝負顔だ。

「…… まず聞きたいんだが、『かわいいワガママ』ってのは、あの脅しのことか?」

「やーん、脅しだなんて。ひどいー」

「それと男の子って、私の事か?」

「うん。あ、でも子供扱いみたいでやだった?大丈夫、かっこいい男の人だよ!」

 メイは真剣な顔を作って、胸の前で両手を握り締めた。

「ということは、こっちはあんたを許さなくてもいいんじゃないか?」

「えーこころが狭い男はもてないぞっ。でもあなたなら、メイ許してア・ゲ・ル」

 握り締めていた手を下ろし、メイは人差し指を立てて指摘する仕草を見せた。

「男じゃないから、問題ない」

 相手は、それを溜息とともに否定した。

「え?」

「私は、女だ」

「う、うそ」

 信じられないといった面持ちで、メイは言葉が出ないようだった。

「産まれたときから、女性だが」

 これ、と出された運転免許証には星野志保とあり、今よりちょっと長い髪の彼女が写っていた。メイが思い込みを取り去って、もう一度目の前の人物を見てみると、髪も短く声もハスキーでボーイッシュな服装だが、薄化粧もしており体格も華奢で喉仏もなく、とても男の人には見えなかった。

「はいはい、そこまで」

 いつから見ていたのか、絶妙な間で割り込んできた男の声。

「良ちゃん」

 軽い口調で割って入ってきたそれは、メイの幼馴染の良太郎だった。

 親同士の仲が良く、家が近所だった彼とメイは、幼稚園、小中学校、高校まで一緒の腐れ縁。今日は、マスターに呼び出されてきたのだった。

「悪かったね、こんな茶番に付き合わせて。ここは持たせてね」

 良太郎は志保に軽く謝罪すると、彼女は苦笑しながら会釈した。

「ひどーい」

「はいはい、メイはこっち。マスター、連絡ありがとう。いつも御免ねぇ」

 むくれたメイを引き摺りながら、退場して行く様は何度見ただろうとマスターは思った。

 良太郎は、幼い頃からメイの起こす騒動に巻き込まれてきたせいか、トラブル対応力が高く、人当たりもいい。しかし、しょっちゅうメイやその周囲にトラブルの度に呼び出され、頻繁に彼女というの立場を蔑ろにされるそれを許容できる猛者はなく、未だに彼女いない暦を更新中だった。

「回収お疲れさん。助かったよ」

 心からの労いの言葉をかけると、今度彼に恋愛の風が吹いてきたなら、全力支援しようと、マスターは心に決めた。

「じゃあ、また後で」

 ドアが閉まると、店に穏やかな空気が戻った。


――  ◇  ――  ◇  ――  ◇  ――  ◇ ――


「で、なんで良ちゃんとあの子ができちゃうのよぉー」

 なだめなだめて、色々手を尽くして、ささくれた声を何とか聞き取れるレベルにさせた俺って客商売人の鑑かも。この子で忍耐力とか、諸々鍛えられている気がする。

「あらら。これで何組目だ?」

「七組目―。友達全員彼氏持ちになったから、今度こそ私、イケると思ったのにぃー」

 毎回メイは恋愛がらみの騒動を、この店でやってくれるもんだから、すべて事の始めは知っている。その上、顛末は愚痴という形で報告してくれるから、黒い武勇伝のすべてを知っているといっても過言ではない。だいたい、彼女はアプローチを強引に行き過ぎなのだ。

「あたしだって、幸せになりたいのに。何で周りばっかりぃー」

 そうぶちぶち言い続ける彼女の、影の渾名は『縁結びメイちゃん』。彼女の周りの善人たちは、何故かメイがアタックした相手と次々に結ばれていく。噂を聞きつけ、メイを利用しようと近付く奴らにはさっぱりで、こんなトラブルメイカーの彼女を見捨てず、呆れながらも面倒を見るたり、それを面白がりつつ見守っているいい人たちが幸せになっていく。

 で、とうとうその友人達も片付いたというのに、今度は幼馴染まで巻き込むとは。おそるべし、『縁結び』。この子の仲人力、ハンパねえな。

「良ちゃんのタイプ、あたしみたいなかわいい子だったはずなのにー」

 んーそれはないな。良太郎のあれは、手の掛かる妹扱いだ。でなければ、メイの家族からお願いされているにしろ、こんなに毎度メイを引き取りに来ない。もし、それ以上の好意を持っていたら、こうなる前にさっさと彼女にするだろうし、それが出来る奴だし。

 メイは、見た目はまあまあでも、中身が残念すぎる。

「かわいいというより、りりしい感じだったよね」

 彼女の顔を思い浮かべてみる。形容するなら、かわいいというより、凛とした大和撫子といった感じだ。

 その彼女は、あの後この店で偶然良太郎と再開して意気投合。そのうち一緒に来店するようになって、あっという間に二人がいい感じになったのを、見ていたことは黙っていよう。


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