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その空に未来を捧ぐ  作者: うわの空
第一章
4/33

オークション

 オークション会場は、ピアノのコンサートホールのような場所だった。スポットライトを浴びた舞台が前方にあり、薄暗い客席が後方に並んでいる。

 客席には多くの人が座っていた。ブラックスーツ、モーニングコート、あるいはドレス姿の人間たち。昨日、移動中に見た街の人々とは服装がまったく違う。街にいる人は腰エプロンをしていたり、木箱を抱えたりしていたのに。

 全体的に細身のイメージがあった庶民とは違い、オークションの客は太っている人間の方が圧倒的に多かった。よほどいいものを食べているのだろう。これが貴族というやつか……。


 制服姿のままである私の心臓は、先程から早鐘を打っていた。もしも心拍数で寿命が決められているのなら、私の寿命はいま、確実に縮まっているだろう。いずれにせよ、私の余命はさほど長くないけれど。


『お待たせいたしました、それでは本日の目ん玉商品でございます!』


 いま、めんたま商品って言わなかったかこの司会者。しかも、目玉商品の使い方を間違えてないか。普通、低価格の特売品に使う単語だよね?

 意外にも、内心では冷静に突っ込めた。にも関わらず、私の足はがたがたと音が出そうなくらいに震えている。

 黒スーツの男に引っ張られるようにして、私は舞台の中央に立たされた。手かせ脚かせをされているので、逃げることはまず不可能だ。それでも私の周りには、護衛やらなんやらが常にまとわりついている。

 司会者の男は興奮を隠せていない声を出した。


『本日の目ん玉商品はなんと! 百年ぶりにこの世界にやってきた転移者でございます! 出品者はマグナ・グロリエ! かの有名な魔導士でございます!』


 あいつが私を出品したのか。


『さて、彼女の「数字」にご注目ください! 彼女の余命は赤文字で表記されております! 我々グンパゼリウスの人間ならば黒文字で表されるこの数字ですが、転移者ならば赤文字で表記されることを、聡明な皆様ならばご存知でしょう!』


 そういえば、自分の余命を表す数字は赤かった気がする。すぐに気絶してしまったのでよく覚えていないけれど、他の人間の数字が黒文字だったことは記憶にある。

 場内に、異様な空気が流れた。ざわめきと、感嘆の声。

 七三分けの司会者は、その空気に負けないような大声で続けた。


『彼女の余命は約四十二年と六か月でございます。多少短いですが、もちろんこの余命をすべて「移す」ことは可能です! また、落札されたお客様、ご安心ください! 落札された転移者を、第三者が奪取する行為は法で禁じられております! 万が一にもそのようなことがあった場合、奪取した人間は長きに及ぶ拷問の末、アイアンメイデン、釜茹で、陰部切りされる運命になっております!』


 何それ怖い。


『無論、数字じゅみょうが尽きるまで殺すことはありませんが、数字じゅみょうが尽きるまで釜茹でいたします!』


 余計に怖い。


『――ということで、この転移者の所有者になる方はどうぞご安心ください。盗難はまず有り得ません! 四十二年と半年分、寿命を延ばしたいという方は奮って競売にご参加くださいませ! それでは、一千万からのスタートです!』


 一千万、は恐らく日本円ではない。ので、どの程度の値段なのかは分かりかねる。けれど、私というか私の余命はよほどの人気商品らしく、ぐんぐんとその値を上げた。

 ――せめて、イケメンの王子様に落札されないだろうか。半分諦めた頭で、そんなことを考えた。


「一億」

「三億!」

「五億!」

「十億!」

「十二億!」

「十二億五千!」


 ……日本円だったら、もの凄いお金だ。私の家族に、少しでもこのお金が入ればいいのに。


『十二億五千、後はないですか!?』

「……十三億!」

『十三億、出ましたあ!』


 急上昇していた私の値段も、十二億あたりから勢いをなくし始めた。恐らくそのあたりが妥当なのだろう。

 私は、十三億と宣言した人を見る。豆粒のような大きさなのでここからではよく見えないけれど、病院に行けばまずダイエットをすすめられるだろう体型のおじさんだった。……王子様ではなさそうだ。


『十三億、他ありませんか!?』


 ざわめく場内は、けれどもそれ以上の値段をつけようとしない。ああ、これは十三億で落札されるな、と思った瞬間だった。


「二百億」


 私の金額が、馬鹿みたいに急上昇した。

 声の方向へと、一同が一斉に顔を向けた。声の主は前列に座っていて、私にもその顔がよく見えた。初老のおじさまで、温和そうな顔をしている。余命は……三年二か月。

 場内がざわめいた。司会者ですら『二百億!?』と素っ頓狂な声を出す。それはそうだ。十三億で妥当だろう私に、二百億なんて言う人がいるのだから。

 初老で、余命が三年となれば、確かにもっと長生きしたいと思うかもしれない。見たところ品もよく、実際に二百億を出す資産もあるのだろう。おじさまは特に顔色を変える様子もなく私を、あるいは私の数字を、見ていた。


『……他、ありませんね?』


 ありますか、ではなく、ありませんね?

 それはもう、どこからどう考えても二百億以上を出す人間はいないだろうという確認だ。案の定、誰もそれ以上、声を上げることはなかった。


『おめでとうございます。出品番号二十七番、落札者はフロディーテ様です!』


 場内が再びざわめいた。「フロディーテ家なら仕方ない」という声がちらほらと聞こえる。

 そんなに有名な貴族なのだろうか。確かに、(日本円でいくらなのかは分かりかねるが)二百億もぽんと出せる人間なら、それなりにすごい貴族なのだろう。穏やかな顔の初老の男性は、こちらを見て微笑んだ。ようだった。



 午後二時。私は手かせ足かせ、ついでに首輪までつけられて、私を落札したという男性の元へと向かった。厳密に言うと、向かわされたが正しい。私は死ぬほど抵抗したけれど、脳みそまで筋肉でできていそうなマッチョ男が、首輪の鎖をこれでもかと引っ張ってきた。私は足を踏ん張った体勢で、ずるずると引きずられる。散歩から帰るのを嫌がる犬のような光景に、落札者のおじさまはくすりと笑った。


 そうしてまたもや馬車に乗せられることになった私だけれど、今度の馬車はゴージャスだった。ベースは黒、けれども金と銀で飾られた馬車は、いかにも貴族らしいつくりだと思う。私からすれば、霊柩車にしか見えないけれども。

 今度は鉄の檻がなく、その代わりに首輪のリード(鎖)は常におじさまに握られたままだった。馬車の乗り心地は確かに最高で、もふもふとした赤いシートに座ると、そのまま眠れそうな気さえする。もちろん、このような状況下で眠れるほど私の心臓は図太くないが。

 馬車は快適な速度で走り、きいきいと軋むこともない。中世ヨーロッパのような街並み、その景色を見ながら私はまた泣いた。脳内で流れる曲は、ドナドナばかりだ。今なら、保健所に連れていかれる犬猫だとか、屠畜とちく場に連れていかれる牛なんかの気持ちが痛いほど分かる。というかどう考えても、私のこれはドナドナだ。歌詞に合わせたかのように空は晴れているし、もうすぐ死ぬ運命なのだから。

 脳内で流れるドナドナを聞いていると気が狂いそうなので、無理やり『明日があるさ』に切り替えた。余計に泣けた。俺たちに明日あすはない。――おかしい、歌の話をしていたはずなのに映画の話になった気がせんでもない。


「あのう、よろしければこれを」


 声を押し殺して泣きまくる私におじさまが差し出してきたのは、高級感あふれる白いハンカチだった。生地の透け具合、細やかな金糸の刺繍、それになんだか花のようないい匂い。ハンカチなのに、いい匂い。絶対に高級品だ。そんなので鼻水を拭けと言うのか。

 大体、おじさまは私を買った人なのだ。私に対して敬語なのはおかしい。

 私はハンカチを受け取るべきかどうかで迷って、そうこうしてる間におじさまがそっと涙を拭ってくれた。……恐ろしいまでのジェントルマンだ。日本にいたらモテるに違いない。

 馬車は緩やかな坂道を上り始めた。オークション会場に来るまでに見たスラム街よりもはるかに見栄えのいい街中を、高級な馬車ががたごとと通る。馬車はもちろん馬もなんだか高貴な感じで、その身体は嘘のように真っ白だった。


「……どこに向かってるんですか、これ」


 おじさまに思わず訊ねる。よく考えてみると、余命を移す方法を私は知らない。魔法で移すのだろうか。それともなにか、儀式でもするのだろうか。

 おじさまは目を細めた。目の端のしわが何故か、彼の優しさを強調しているように見える。


「フロディーテ様のお屋敷に向かっております」

「……はい?」


 思わず変な声が出た。てっきりこの人がフロディーテという人なのだと思っていたら、出てきた言葉は「フロディーテ様のお屋敷」。つまりこの人は、フロディーテという人ではないらしい。

 ぽかんとしている私の表情の意味を悟ったのか、おじさまは恭しく頭を下げた。


「申し遅れました。わたくし、フロディーテ家に仕えております、カムパネルラと申します」


 そうして頭をあげたかと思えば、首を傾げて微笑んだ。


「どうぞお気軽に、カッパとお呼びくださいませ」


 略称おかしくないですか。

 私はなんだかんだで受け取った高級ハンカチで頬を拭きながら、カッパ……いや、カムパネルラという男性を眺めた。オークションに来ていたのは、貴族ご本人じゃなくてまさかの執事。さすが、貴族はやることが違う。

 がたた、ごとと、と音を鳴らす馬車の中で、私は次の言葉を探した。その前に、カムパネルラさんが馬車の窓から身を乗り出した。


「ああ、ご覧ください。見えて参りましたよ」


 つられて、私も窓の外に目をやる。……お城がある。どことなくシンデレラ城に似ているような、屋根といえるのか分からない群青の円錐がいくつか立っている白い建物が。日本の街中にあったら、どこからどう見てもラブホにしか見えない造形のお城。しかも、ラブホよりも大きい。ここから見てあの大きさなのだから、間近で見たら相当な大きさに違いなかった。


「ええと」


 私は困惑した。


「あそこに行くんですか」

「さようでございます」


 カムパネルラさんは微笑する。私の余命が欲しいのは、あのお城に住む王様なのだろうか。いや、王様なのか?

 訊いてみると、あそこに住んでいるのは公爵ご一家ですと返ってきた。公爵って偉いんだっけ。男爵との違いがよく分からない。そもそも男爵の意味もよく分かっていないので、もしかしたらじゃがいもの類かもしれない。多分違うけれど。


「フロディーテ家は昔、戦争によって荒廃していたこの街の再建に貢献した素晴らしき方々なのです。故にこの街の住民たちは、フロディーテ家には頭が上がらないのですよ」

「はあ……」


 私を買った、フロディーテという人物について知るべきなのかもしれない。けれどそれよりも、聞きたいことがある。私は意を決して、聞きたくはないけれど聞きたいことを訊ねた。


「あの……余命を移すというのは、どうやるんですか?」


 とんでもなく痛い儀式だったらどうしよう。それより、私はいまからでも脱出することを試みた方がいいのだろうか。軍服を着たマッチョは倒せそうにないが、もやし体型で初老のカムパネルラさんなら殴れる気がする。卑怯だけれども。

 カムパネルラさんは「そうですねえ」と少し考えてから、顎をさすった。


「有力な魔導士による儀式が必要となります。儀式をするのは当然、グロリエ様でしょう」

「グロリエ様?」

「あなたをこの世界に転移させた魔導士ですよ」


 ああ、そういえばそんな名前だった。またあのローブ男の掘っ立て小屋に連れていかれるのか……。私の視界がじわりと滲んだ。それに気付いたのか、カムパネルラさんが慌てて手を振る。


「ご安心くださいませ。余命の件は、別に今すぐという訳ではございません。一か月後でも二か月後でもいいのです」


 いずれにせよ死ぬんじゃないか。私はいよいよ泣いた。もしも明日死ぬのだとしても、せめて日本で死にたかった。

 ひひんといななき、白馬がその歩を止める。カムパネルラさんは力強く私の首輪の鎖を握って、ほら、と囁いた。


「着きましたよ」


 優しい手つき――けれども私に逃亡の隙を与えない動作で、カムパネルラさんは馬車を降りる。私も続いた。泣いても叫んでも抵抗しても無駄だろう。よく考えなくとも、手かせ足かせをされている状態でカムパネルラさんをどう攻撃しろっていうんだ。我ながら馬鹿な逃亡策だった。


 お城のような屋敷は、やはりかなりの大きさを誇っていた。私の高校より広いかもしれない。

 門をくぐると庭に立派な、――公園にあるものよりも巨大な噴水があった。三段になっている噴水のてっぺんには、ラッパを持った天使の彫刻。チョコレート菓子でアタリだと言われている、金の天使と銀の天使にそっくりな形だった。この世界でも、天使という概念はあるのかもしれない。

 庭は芝生で覆われていて、人が歩くところだけ石畳の道ができている。名前も知らないような花が庭を華やかにしていて、カムパネルラさんは「六月に見頃の花を取り寄せております」と説明してくれた。ここでようやく気付いたのだけれど、私のいた日本は現在六月で、この世界もどうやら六月のようだった。質問してみると、「月は十二あって、春夏秋冬もあります」と返ってきた。日本と一緒だ。

 ただ、月は三十日単位で固定されていて、二月でも三十日まであるらしい。逆に、三十一日がないため、大晦日は十二月三十日。一年は三百六十日という計算になる。ある意味、日本よりも分かりやすい。

 そんな説明を受けながら、きょどきょどと庭を進む。広い。とにかく広い。この庭に、うちの家が何軒立つだろうかと軽く想像した。

 その時、カムパネルラさんが足を止めた。左右に首を振っていた私は、前方のカムパネルラさんのそれに気づけず、彼の背中に思いきり顔をぶつけてしまった。


「お嬢様」


 カムパネルラさんの声に、私はぎょっとした。お嬢様がここにいるの? 私はカムパネルラさんの背後からそっと、前方をうかがった。

 そこにいたのは意外にも、普通の恰好をした女性だった。オークション会場しか見ていない私は、貴族という生き物はてっきりドレスばかり着ているのかと思っていた。けれど彼女はどうだろう。七分袖の黒いカットソーに、スキニーをあわせている。ラフだ。日本人から見ても思いっきりラフだ。

 ただ、彼女の髪は見事な金色をしていた。腰のあたりまであるその髪は、毛先に近づくほどオレンジ色になっている。毛先は重力に逆らって、上方にはねていた。

 お嬢様と呼ばれたその人物は、つかつかとこちらへやってきた。


「カッパ、あたしのことをそう呼ぶなと言ったはずだ」

「しかし、執事の身であるわたくしめが、お嬢様を呼び捨てにできるはずなど」

「ちっ、堅物めが。もういい、好きにしろ」


 ……お嬢様ってこういう話し方するんだっけ。私のイメージではもっとこう、縦ロールの髪型で、ドレスを着てて、おほほって笑う感じだと思ってたんだけど。

「ところで」と、お嬢様がカムパネルラさんの後ろを、すなわち私の方を覗き込んできた。その目は、青空を抜き取ったような色をしている。


「カッパ。そいつが転移者か」

「さようでございます」


 ふうん。お嬢様は私をまじまじと見ながら、ただ一言そう呟いた。

 私は自分と同い年くらいのお嬢様を見て、衝撃を受けていた。お嬢様の服装だとか、言葉づかいの粗さだとか、それ以前の問題で。

 お嬢様は私の表情に気付いているのかいないのか、カムパネルラさんに命令した。


「そいつの首輪と、手かせ足かせをすべて外せ。目障りだ」


 それから、自由の身となった私の手首をがしっと掴んだ。私を掴んだ細い指は、カムパネルラさんではなくお嬢様のものだ。


「行くぞ、こっちだ」


 お嬢様は勝手知ったる我が家のごとく、というか実際問題お嬢様の家なんだけれど、屋敷の中へずかずかと上がり込んだ。

 私は足をもつれさせながら、お嬢様の頭上を――余命を、何度も何度も確認する。



『0y 6m 7d 5h 4m 3s』



 ――6か月7日5時間4分3秒。

 何度見てもその数字は減るばかりで、増えることはなかった。


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