樹海ちゃん
ぼくの名前は樹海ちゃん。
生まれた時からこの名前だったわけじゃない。ぼくを拾ってくれた、ナシロちゃんがつけてくれた名前だ。
そう、ぼくは、野良ドラゴンだった。他のドラゴンは赤や青のうろこなのに、ぼくだけはピンクだ。だから「かわいい」とか「変わってる」といった声はかけてもらえても、拾ってもらえたことはない。
ぼくは、色素の薄い、手乗り火吹きドラゴンの女の子として、野良ドラゴン生活を送っていた。
けれど、本当は違うんだ。
ぼくは、実は男の子だ。なんでピンク色になってしまったのかは、わからない。うまれた時からその色だったと、お父さんが言っていた。お父さんもお母さんも、ぼくを見てとてもがっかりしていた。
それ以上にがっかりさせたのは、ぼくが大きくなれなかったことだった。
お父さんもお母さんも、虫みたいにちいさなぼくを見て、すごくショックを受けていた。ぼくみたいなドラゴンがうまれたのは、はじめてだったみたい。「手乗りのような大きさをしている」って、いつも言われた。
ぼくは、本当は、伝説といわれている火吹きドラゴンのこどもだ。
だから、何百メートルもあるお父さんとお母さんくらいの大きさになるはずだったのに、何故か大きくなれなかった。一年もすれば百メートルくらいにはなったはずなのに、二年もすれば三百メートルくらいになったはずなのに、いつまでたってもチビだった。しかも、うろこの色はピンク。
見かねたお父さんは、ある日言った。
「きっとお前は、わたしたちの子供ではないのだ。手乗りドラゴンの卵がまぎれていたのだろう。だから、家に帰りなさい」
家に帰りなさい、と言われても、帰る場所なんてなかった。ぼくにとって家は、お父さんとお母さんがいる、大きな山のてっぺんなのに。どこに帰れと言ってるのだろう。
けれどお父さんとお母さんは、あっという間にぼくを追い出した。ぼくは火吹きドラゴンだけど、人間から見れば『手乗り』火吹きドラゴンだ。ピンク色の。
何か月もかけて山を下りて、街に出た。街には野良ドラゴンがいて、ゴミをもらって暮らしている。子供があやまって落としてしまったお菓子なんかは、ごちそうだった。
伝説のドラゴンのこどもであるぼくは、本来なら野良になるはずはなかった。けれど、どう見ても手乗りにしか見えないちいさなぼくは、手乗り火吹きドラゴンとして過ごし始めた。
最初のうちは、拾ってくれそうな人にすがりにいったけど、誰も拾ってくれなかった。薄いピンク色は、病弱に見えるらしい。本当は、手乗り火吹きドラゴンよりも強いのに。
そのうちぼくは、いろんなことを諦めて、野良として毎日ごみをあさることだけ考えた。子供のいる家をおぼえて、そこのゴミをあさるようにした。子供のいる家のゴミの方が、お菓子を食べられる可能性が高かったからだ。
そんなある日、ぼくは珍しいものを見た。
その人は、頭の上の数字が赤かった。『てんいしゃ』ってやつだ、とすぐに分かった。違う世界から来た人間は、数字が赤いといううわさは、本当だったんだ。
ほかのものとは色が違う、という意味で、あの女の人はぼくと同じだと思った。
ぼくは女の人に近づいて、まじまじと数字を見た。赤色の数字は、それでもすこしずつ減っている。色は違っていても、数字が減るのは同じ。色が違っていても、ドラゴンであるぼくと同じだ、とこれまた思った。
てんいしゃの隣にいたのは、お嬢様らしかった。ぼくは、このお嬢様を初めて見た。彼女も、この街では有名だった。自由奔放な、余命半年のお嬢様。その目は青色で、けれど冷たい印象を受けなかった。
そのうち、お嬢様がぼくの存在に気付いて、てんいしゃもぼくの方をみた。そして
「なにこれちっさ! ていうか、えっ、すっごくかわいい!」
テンションを、ぎゅーんとあげた。ぼくは男の子だから、かわいいよりもかっこいいと言ってほしかった。そう言おうとしたけれど、口からは「きゅう?」としか出なかった。
彼女はためらう素振りも見せずに、ぼくを手に乗せた。鼻の下が伸びている。異世界には、ドラゴンがいなかったのかもしれない。『手乗りドラゴン』は珍しくないと知っているお嬢様は、解せぬという言葉を全身で表していた。
「……そんなにかわいいか?」
「だって、すごく小さいし」
「手乗りドラゴンだからな」
本当は火吹きドラゴンだよ! と思ったけれど、伝えられなかった。
てんいしゃの女の子があまりにも粘るので、お嬢様はついに観念した。
「……いいだろう。そいつも旅のお供に連れていこう」
「ほんと!?」
そうしてぼくは、てんいしゃのナシロちゃんに拾われた。あと、お嬢様のエミリアにも感謝をした。ふたりに感謝を伝えようと思ったけれど、きゅうきゅうとしか言えなかった。お父さんもお母さんも人語をあやつれるのに、ぼくは「きゅ」しか言えない。話す練習をしなきゃ、と思った。
「……すごく鳴いてるんだけど、なんでか分かる?」
「腹が減っているんだろう」
見当違いのことをお嬢様が言って、けれども確かにお腹の減っていたぼくは、ナシロちゃんのくれたクッキーをありがたくちょうだいすることにした。――おいしい。安物のお菓子じゃなさそうだ。有名なお菓子屋さんのものかもしれない。
ぼくがクッキーをかじっている間、ナシロちゃんたちは話を続けていた。
「この子、何歳くらいなんだろ?」
「さあな。そもそも、ドラゴンには寿命がない」
卵から出て、七十二年生きているけれど、きゅうしか言えないので伝えられそうになかった。
「性別はある?」
「ああ」
「この子はどっちだろうね」
「ドラゴンの性別はうろこの色で決まるんだ。青ならオス、赤ならメスだ。……ピンクというのは正直初めて見たのだが、まあメスだろう。色素が薄いだけだと思う」
本当は男の子……オスなんだけど、これもきっと伝わらないだろう。
クッキーをかじっていると、ナシロちゃんが信じられないことを言った。
「そうだ、この子の名前どうしよう」
ぼくは驚いた。名前までつけてもらえるなんて、思ってなかった。
だって、お父さんも、お母さんも、ぼくに名前をくれなかったから。
お嬢様はクッキーをかじっているぼくを見て、自信満々に言い放った。
「たわし、というのはどうだ」
掃除用具の名前が出てきて、思わず火を吹くかと思った。名前をつけてもらえるのはすっごくうれしいけれど、トゲトゲでも茶色でもないのに、たわしになってしまう原因がわからない。
「た、たわし……」
ナシロちゃんもおかしいと思ったのだろう。お嬢様は口を尖らせた。
次に候補に挙げた「ドラっち」も却下され、お嬢様はついに本気を出したようだ。これしかない、と大声で叫ぶ。
「ちくわぶっ!!」
……結局、ぼくの名前は樹海ちゃんになった。まじカルマ。
ナシロちゃんとエミリア、それからぼくは、旅に出ることになった。
最初のお菓子の街には野良の仲間がたくさんいたけれど、みんなやさしく「がんばれよ」って言ってくれた。
エミリアはその街で、実はドラゴンなんじゃないかと思えるくらいにお菓子をたくさん食べていた。ちなみに、ぼくが一番好きなのは、さくさくのクッキーだ。できれば、まんなかに赤いジャムののっかっているやつがいい。
旅の時はいつだって、ナシロちゃんの肩に乗った。
ナシロちゃんの肩は乗り心地が良くて、あったかい気持ちになれて、大好きだ。
だからぼくは、大好きなナシロちゃんのために歌った。七十二年、一度も歌ったことがなかったけれど、ナシロちゃんのためなら歌えると思った。
歌う時だけ、ぼくは「ら」と「る」と「ん」を使える。だからナシロちゃんは最初、ぼくが歌っていることに気付かなかった。
ドラゴンが歌うことを知らなかったナシロちゃんはびっくりして、エミリアは「機嫌がいい時に歌う」と説明した。それは、半分あたりで半分はずれだ。ぼくたちはたしかに、機嫌のいい時にも歌う。けれど、それ以外の意味もあった。
洞窟探検の時、ぼくは初めて何かを守るために火を吹いた。火吹きドラゴンの炎の強さは、想いの強さに比例する。あの時のぼくは、ナシロちゃんを守りたかった。
けれど、洞窟は狭かったから、火力は抑えなくちゃと思った。全力の十分の一か、あるいはそれ以下くらいの炎。それでも、リザードマンを倒すのには充分だった。
ナシロちゃんもエミリアも、ぼくの炎に驚いていた。もしかしたら、本当はぼくが『火吹きドラゴンのこども』なのだと気づかれるかもしれないと思ったけれど、ふたりともまったく気づいていなかった。
でも、それでよかったと思う。
火吹きドラゴンとしてあがめられたり、おそれられたりするよりも、こうやって好きな人と旅をするほうが、素敵だから。
エミリアの背中の傷も、ナシロちゃんの膝の傷も治った。今日からまた、がたごとと馬車に揺られて、ぼくたちは旅をする。
そしてまた、ぼくは歌う。しめくくりは、いつもこう。
「――……らんらんるぅ」
ドラゴンは歌う。機嫌がいい時と、想いを伝えたい時に。
「らんらんるぅ」
これがドラゴンの言葉で「だいすき」という意味なのは、いつか伝わるだろうか。




