おわりとはじまり
晴れた空から涙がこぼれた。
私は空へ向けていた両目を、隣に座っている彼女へとやる。蒼穹の瞳から、同じように涙があふれていた。彼女はそれを拭おうともせず、ただ前を向いている。
前方に、涙を誘うものは特にない。くたびれたおじさんの背中と、二頭の馬の頭。それから、日本ではあまり見られないであろうレンガ造りの街並みが広がっている程度だ。
使い古されている馬車は、石畳の街をのんびりと進む。がたた、ごとと。どこかの部品が破損しているのか、あるいは整備されていないのか、時折足元がきいきいと悲鳴を上げた。
お世辞にも快適とは言えないこの移動手段に、私はいつの間にかすっかり慣れてしまっていた。この世界の人間が、新幹線や飛行機を見たら腰を抜かすに違いない。
私はおじさんの背中を眺めるのをやめて、再び彼女へ視線を戻した。――まだ泣いている。
いい意味なのか、悪い意味なのか。それとも両方ないまぜになっているのか。私には分かりかねたし、訊ねようとも思わなかった。
彼女の頭上に目をやる。そこにある数字は、ひとつ、またひとつと減っていく。私の数字も減っているのだろう。おじさんの数字も減っている。街の人々の数字も。
その数字の残酷さを、恐ろしさを、悲しさを、重さを、苦しさを。彼女に教えてしまったのは、私だった。
「……狐の嫁入りか」
泣き止まないまま、彼女が呟いた。頭がいいのだろう。私がその言葉を教えたのは、一度きりだった。それも、つい先程の話ではない。もう少し、前の話だ。
「そうだね。――虹、見えるかな」
「悪いが、天候については詳しくないんでな」
「そうじゃなくて」
私はこっそりと繋がれていた手を、きゅっと握りしめた。
「あなたの瞳に」
私の言葉に彼女は唇を震わせた。いい意味でも、悪い意味でも。
「……お前はいつから、そんな甘い言葉を使うようになったんだ?」
呆れながらも、彼女は私の手を握り返した。彼女の右手首には黒い石の付いたブレスレットが、そして私の左手首には青い石の付いたブレスレットが巻かれている。デザインはまったく一緒で、違うのは石の色だけだった。
彼女はやがて長い溜息を吐き、鼻を一度すすってから笑った。
「もしも、あたしの瞳に虹がかかることがあるのならば」
わざとらしく背筋を伸ばして、こちらを見て。
「――そうすることができるのは、お前だけだ」
お互い真顔のまま五秒ほど沈黙し、それから十秒ほどお腹を抱えて笑った。
「エミリア、変。似合わない。正直に言うと気持ち悪い」
「先に変な言葉を吐いたのは、ナシロだろう」
まだ泣き止んでいなかったのか、笑いすぎたせいなのか、細めた彼女の目から涙が一粒こぼれ落ちた。私は服の袖を引っ張って、彼女の頬を拭う。彼女は特に抵抗しなかった。
――がたた、ごとと。お世辞にも心地いいとは言えない揺れと音に包まれながら、私たちは進む。
震える指に、震える指を重ねたままで。