協力者
ミュウが敵の情報を求めて端末と格闘している頃、ユッチはひとりで喫茶店のカウンターに座っていた。魔法管理局のビル内で経営されている店であり、店舗の作りも日本で見かけるカフェバーと似た雰囲気だ。
ひとつくしゃみをしたユッチは、見るともなしに天井を仰いだ。
「誰かが噂してるな……と言わずにいられない。日本人だなあ、俺」
コーヒーを一口飲み、カウンターに頬杖をつく。
「大体、俺の悪口を言いそうな奴と言えば、シシナ以外に……だめだ、心当たりがありすぎる」
苦笑する背中ごしに、金髪女性が声をかけてきた。設備管理班の腕章をつけた制服を着ている。
「あら、ユッチさんの悪口だなんて。少なくとも、あたしには思いつきませんわ」
「やあアイリス。昼飯のお誘い、君から声をかけてくれるとは感激だったよ。あの日から三日、たとえ見合いじゃないと言っても相手はいいとこの坊ちゃん。君を持って行かれちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
冗談めかした言い方に笑顔を返した後、アイリスは言葉を選ぶかのように視線を彷徨わせた。
「あの方は……悪い方ではないのですが、お仕事の話しかなさらない方で。あたし、父の仕事内容については知識と呼べるほどのものもなくて、正直ちょっと、その……」
「退屈しちゃったんだね、無理もない」
ユッチは立ち上がり、制服の内ポケットから取り出したハンカチで隣の席を拭きはじめた。それを見たアイリスは軽く握った左手を胸元にあて、開いた右手をユッチに向けると彼の裾を掴もうとしては遠慮する動作を繰り返す。
「あ、あの! どうか、お気を遣わずに。あたしは内勤バックスの二等兵で、ユッチさんは実働部隊フォワードの少尉殿です。お嬢様扱いなんて必要ありませんから」
控え目ながらも淀みなく言い切った彼女に、ユッチは一度まばたきした上で正面から向き合った。
「あ、ごめん。君のような立場だと、男にエスコートされるのが当然だろうと思ってね。上流社会のことなんて何も知らないけど、いくらなんでも大袈裟だったかな俺。気に障ったんなら謝るよ。ホントごめん」
「ふふっ、ユッチさんたら二度も謝ってる。いいえ、謝るのはあたしの方です。今日はお約束したミニスカートでもないですし。それに、父は成金なだけで、ちっとも上流社会なんかじゃないですよ」
ユッチはアイリスの肩にごく自然に手を添えると隣に座らせ、「嬉しいねえ」と呟いた。視線で問い返す彼女に店のメニューを差し出しつつ、言う。
「俺の軽口を真に受けて、そんなきちんと謝罪までしてくれちゃって。嬉しいじゃない、そういうの。でも、何度目かに会う時はミニスカート履いてくれるんでしょ? 楽しみだよ」
「も、もちろんでしゅ。……あ」
アイリスは火照る頬に手扇で風を送りつつ、ためらいがちながらも含みのある視線をユッチと絡ませた。
「前回、せっかくユッチさんからお誘いいただいたのにご一緒できなくて。あれから三日も経ったので、もう声をかけてくださらないんじゃないかと心配で」
「それはないな。自慢にならんからあんまり言いたかないけど、俺はもてなくてね。鈍感だから、はっきり断られない限りしつこく追いかけ回すのさ。どうだ、鬱陶しいだろ」
聞いているのかいないのか、アイリスはメニューに目を落とした。しかし、その視線はメニューよりもずっと手前、自分自身の手元に固定されているようだ。
「不安なんです。ユッチさんをいつか取られちゃう……って」
「は?」
間の抜けた返事。ユッチは答えた拍子に大口を開けたままの格好で、たっぷり三秒間固まってから言葉を継いだ。
「誰が誰を取るって? 巷では恋愛連敗王で通っているこの俺を。
というか、君こそ近い将来、相応しい相手が現れるだろう。そうなる前に会えるだけ会っておこうと考えている残念なこの俺……はっ、しまった」
アイリスはくすくすと笑い出した。
「ふふっ、いいです、この話題はもう。気付いていらっしゃらないユッチさんには教えてあげません」
「おおっ、そういう一面もあるのか。アイリスの新たな魅力発見っ! むふふ」
アイリスは目を細めて微笑み、食事を注文するためにウエイターを呼んだ。正面に立つウエイターに迷わずひとつのメニュー名を告げる。やや焦ったように「同じ物を」と続けたユッチは、首を傾げた。
「パスタでいいのかい? いや、ここのパスタは俺の好物だけど、あちら側の食材と調理法なんだぜ。ここにはこちら側のメニューがたくさんあるんだから、無理しなくていいのに」
「パスタがいいんです。いつかユッチさんと食事を愉しむつもりで、これまでに何度もリサーチしてきたんですから。あたしも、ここのパスタとっても好きなんですよ」
育ちの良さは隠せない。しかし、よく笑い、しっかり食べるアイリスの様子は庶民の生活をよく知るものには違いなく、ふたりは他愛のない会話を弾ませる昼食時を過ごした。
食事が終わり、昼休みの時間も残り少なくなった頃、アイリスはためらいがちに呟いた。
「聞きましたよ。リエイルに、それもユッチさんの故郷である日本にいらっしゃるそうですね、今度の任務で」
「あれっ。その情報は班長クラスまでしか……、まあ口止めしてあるわけじゃなし、実質ほとんどの職員が知ってることか」
「ええ。設備管理班うちの班長から。出発は明後日でしょ。SE以外の設備はウチで管理しているのに、第二遊撃班からは何の申請もこちらに来てなくて不思議に思っていたんです。あちらでの滞在期間にもよりますが、予備部品の手配を含めると二日じゃ間に合わない可能性も」
アイリスの疑問を受け、ユッチは声のトーンを落として告げた。
「SE以外は持ち出せないのさ。リエイルでは魔法は秘密でね。存在を知ってるのはこちらの関係者だけ」
そんな事情のせいで、ユッチたちは日本での作戦遂行にあたり、関係者以外には魔法の存在が知られないよう慎重な行動を心がけねばならない。ただし、SEのロック解除だけはユッチの判断に委ねられている。それ以外の装備で必要なものは現地で調達することになる。
あ、もう時間ですから、と言って席を立とうとしたアイリスは、慌てたように座り直すと鞄から資料を取り出した。
「忘れるところでした。これをお渡ししておきます」
ユッチは片眉を上げて応じた。彼女の意味ありげな目配せに気付いたからだ。これは演技。彼女は言外に「ここからの話題こそ今日一番の目的」と伝えているのだ。
それは、ミュウとツッキーに移植された人体パーツに関する資料だった。
無言で資料に目を通していたユッチの顔色が変わる。記述によれば、高出力機動の限界は一日につき三十分。それ以上の運用はマギ・アウトに陥る危険があるとのことなのだ。
声を荒げはしなかったものの、彼は思わずアイリスの肩を掴んでしまった。戸惑う彼女に謝罪しつつ、低い声で言う。
「わかっているのか」
下手すると君の立場が危うくなる。親子だからという言い訳は通用しないんだぞ。
誰かに聞かれるのを恐れ、口の動きだけでそう伝える。
「大丈夫です。ユッチさんが黙っていてさえくだされば」
片目をつぶってそう言ってのける金髪少女に対し、ユッチは脱力して乾いた笑みを漏らす。
「おそらくこの説明、お医者様はなさらなかったでしょう。父は……。いえ、もしかしたら管理局は——」
「わかった、君はそれ以上言わなくていい。これは有難く受け取っておく」
ああ、ところで。そう言ってユッチは、テーブルに肘をつきリラックスした表情になった。
「アイリスに一つ頼みがあるんだけど」
「はい、あたしに出来る事なら何でも」
返事を聞いた途端、鼻の下を伸ばしてだらしない笑い方をするユッチ。しかし、アイリスはにこやかに微笑んだままおとなしく次の言葉を待つ。
ユッチは一旦彼女から視線を外し、頬をかきながら話し出した。
「俺たちが日本に行っている間、俺のコレクション——と言っても今まで斃してきたIMのコアなんだけど、そいつを預かっててほしいんだ。そうだな、鍵のかかるとこならどこでもいい」
更衣室のロッカーでも——と続けようとして、彼は再びアイリスと目を合わせた。そしてぎょっとした。
両手を胸の前で組み、瞳をキラキラさせていたからだ。
「肌身離さず持ってます!」
いや、結構嵩張るし——と言いかけて諦める。最早聞いていない。
客として食事に来ていた周囲の職員たちが三々五々持ち場へ戻って行く。ユッチは自分の腕時計を見た。
「もう、昼休みは終わりだ。ここは払っておくから君は持ち場に戻れ」
ユッチのおごりを遠慮するような野暮な真似はせず、アイリスは丁寧にお辞儀をして立ち去った。その姿が店の扉に遮られて見えなくなるまで、ユッチは目を細めたまま手を振り続けた。
完全に見えなくなると、口をへの字に歪めて頬杖をつく。
「……予想が当たって面白くないことって、実際にあるんだな」
彼の周囲だけ、空気の質量が増したかのようだった。
同じ頃、第二遊撃班の部屋で端末と格闘していたはずのミュウは、早くも机に突っ伏してすやすやと寝息を立てているのだった。
* * * * *
いつのまにか寝入っていた。世界が回転している。唐突な認識が覚醒を促す。しかし、開いた目が何かを映すよりも先に、轟音と振動にさらされて再び目を閉じる。
地震だろうか。冷静に対処しようと考えたのも束の間、全身を苛む痛みに悲鳴を上げた。
気付くと振動が終わっていた。すぐに目を開けたがあたりは真っ暗でろくに見えやしない。
打ち身や切り傷の痛みに顔を顰めるが、とりあえず五体満足だし骨折もしていない。手をついて起き上がると掌を通してごつごつとした感触が伝わった。小石だらけの場所だ。
「河原だ……と?」
予想外だ。ここは自宅でも学校でもない。小川のせせらぎが耳に届いた。暗がりに慣れてきて、川面に反射する月明かりに気付いた。
夢の続きだと思いたいがそうではない。全身の痛みは本物だ。一体何が起きているというのか。
「柿崎!」
間近から名を呼ばれた。クラスメイトの女子の声だ。
「兵藤か……うわ、お前大丈夫か?」
暗い中、ところどころ制服が裂けているのがわかる。額や唇からも出血しており痛々しい。女の子がこれほどの怪我をしているなんて、見るだけでも辛い。
「柿崎こそ酷いことになってるよ」
ここに来て、ようやく俺の記憶が繋がる。今は宿泊研修——とは名ばかりの遠足——からの帰り道。バスは、夜の山道を走っていたのだ。
「他のみんなは?」
兵藤がためらいがちに指をさす。
悪い予感しかしない。彼女が示す方向を恐る恐る振り向くと、そこにバスがあった。
横倒しになり、車体中央が大きく凹んでいる。見上げると、はるか上方のガードレールが壊れているのが見えた。
事故だ。落差二十メートル。
しばらく呆然としていたが、俺ははっとした。
「兵藤はここにいろ。俺はバスを見てくる」
前半分を川に突っ込み、原型を留めていないバスを覗き込んだ俺は——。
「柿崎……。どう?」
「み、見るな、兵藤。生存者は——」
それ以上言葉を続けられなかった。俺は身体を折り曲げ、川に向かって嘔吐く。
「どんな酷い状態に見えたって、まだ生きてる人がいるかも。助けなきゃ」
俺の背をさすりながら兵藤はそういうと、自分でも中を覗こうとしているようだ。俺は制止をしたが間に合わなかった。彼女も中を覗き……、数秒と保たずに吐いた。
車内に生きて動く者はない。川の水と混じったどす黒い血液と、かつて人体だったはずの破片の坩堝だった。砕け散った手足や首が折り重なり、千切れ飛んだ内蔵がナメクジのように窓ガラスに張り付いて——。
後から考えれば、この時の俺は、無残な死体とクラスメイトを結びつけて考えることを無意識に拒絶していたように思う。止めどなく涙が流れる状態となってはいたが、「悲しい」という感情が沸き起こることはなく、ただ自動的に生理現象が起きているような状態だったのだ。
半ば感情が麻痺した脳の片隅で、俺はある疑問点に首を傾げていた。
おかしい。ただバスが落下しただけではこうはならない。
俺たち二人だけが助かった理由も不明だが、身体に蓄積したダメージと嘔吐のせいで体力は限界だ。胃の中が空になり、その場にへたりこむ。
とめどなく溢れる涙をフィルターに、俺は目の前の全てから目を逸らした。
呆然とクラスメイトの名を呟く。やはり、その時点でもまだ悲しさを感じられずにいた。兵藤も同様だったことを彼女自身の口から聞いたのは、互いに「ツッキー」「ミュウ」と呼び合うようになってからのことだ。
呆けたように動きを止めた俺たちの頭上で、遠く近く光が輝く。
やがて明らかに近づいてきた光へと振り向くと、バスを背にした俺たちの正面にそれが降り立った。
等身大だ。光が薄れると、全身が真っ黒だということがわかる。光が消えたら闇に紛れてしまいそうだ。
「な! ……んだ、こいつはっ」
二本脚で立つ蜘蛛とでも言うべきか。目の前に現れた異形の化け物を言い表す語彙を、俺は持ち合わせていなかった。
そんなことより、上下前後左右思い思いの方向を向いた化け物の脚がうねうねと動いている。その先端が鋭く尖り、そこから放出される明確な殺意が禍々しい波動となって俺に——俺たちに絡みつく。そして、そいつはバスから漂う血臭と同じ臭いを漂わせている。間違いない、事故が先か襲撃が先かはわからないが、クラスメイトを殺したのはこいつだ。
麻痺したはずの感情が高速で再起動を果たす。
こいつは危険だ!
逃げ場を探すと、口に手を当て震えている兵藤が視界に入った。声も出せない様子だ。
逃げたい。だがそれ以上に憎い。俺は化け物を睨み付けた。
かちかちと音がする。歯の根が合わない。……そう、それが自分の歯の音だと気付いたとき、俺はようやく悟った。立ち上がろうにも膝が笑って移動さえままならないことを。
氷の塊でも呑み込んだかのように、俺の身体は大きく震えた。一矢報いるどころか、このままじゃ皆殺しだ。
「うおおおっ」
手に触れた小石を片っ端から投げつける。だが、化け物は全く意に介さない。
化け物が移動した。俺の横に回り込み、兵藤へと近付いて行く。
兵藤の悲鳴が俺の鼓膜を殴る。
やめろ、やめてくれ。
意識してやったのではないが、俺は化け物に両方の掌を向けた。
「あっちへ行け!」
なんだこれは。俺の両手から、光の塊が飛び出した。
塊は化け物にぶつかり、奴は二、三歩後退した。
ゆっくりとこちらへ振り向く奴を見て、俺は夢中で両手を構えた。もう一度。今度こそ。
「あっちへ行けよっ!」
しかし、俺の手からは二度と光の塊が飛び出すことはなかった。
「くそ、くそ、くそーっ」
化け物は、尖った脚のひとつを大きく振り上げた。今にも降り下ろさんとするその先には、俺の身体。このまま俺もバスの中のクラスメイトたちと同じ運命を辿るのか。
「危ない! 逃げて柿崎っ」
兵藤の声が聞こえる。でも、もうダメだ。最悪の結果を見ないよう、目を閉じたいのに閉じられない。
「やめて、やめてよおっ」
泣き叫ぶ兵藤。その手から、光が迸った。動きを止めた化け物が、今度は兵藤の方へ振り向いた。
しかし、それだけだ。俺のときと同じで、彼女の手からも二度と光の塊が飛び出すことはなかった。
化け物は、兵藤に向けて足を二本振り上げた姿勢で近寄って行く。
兵藤の金切り声を聞き、俺はもう一度両手を構えた。しかし、やはり光は出ない。
化け物が脚を振り下ろす。
風を切る音に絶望し、今度こそ目を閉じた。
「————!?」
閉じた瞼の隙間を無理矢理こじ開けられたかと思うほどの強烈な光。
それからしばらく、光が乱舞し続けた。風とも違う、土塊が弾ける音とも違う不気味な音と共に。
やがて光と音が収まると、落ち着いた男性が話しかけて来た。俺はのろのろと目を開けた。
「すまない。俺がIMを討ち漏らしたばかりに」
その男性は、地面に立ってはいなかった。空中に浮いている。空中に留まったまま俺たちに語りかけてきたのだ。詳しいことはわからないが、俺たちは化け物に襲われ、この男性に救われた——そのことだけは理解できた。
ふと周りを見回すと、兵藤は倒れていた。
「彼女は心配ない。気を失っただけだ」
彼はこの状況——俺たちが直面した状況についての説明をはじめたが、ろくに耳に入ってこない。そんな俺の様子を見ると咳払いをして中断した。実際、その時の俺にとって彼の言葉は単なる「音」でしかなかった。
そして優しく、しかしこちらが断ることを想定していないような口調で告げた。
「君たちには専門の治療が必要だ。だから俺と一緒に来てもうよ。今後のことは、元気になってから考えればいい」
今となっては聞き慣れた、そして現在では珍しく真摯な沢沼裕一——ユッチ先輩の声。それが、俺たちとユッチ先輩との出会いだった。
* * * * *
「ん……っ」
机に突っ伏して寝るミュウの肩を冷やさぬよう、ユッチは彼自身のジャケットをかけてやると、腕組みをして壁に凭れた。
「起こさないの?」
シシナの問いかけに、静かに首を横に振る。
「両脚失って、普通なら戦意喪失だろ。俺なら二度と現場に出たくはないぜ。……いくら前より強い脚を移植されたからって、な」
「だから、勤務中の居眠りくらい多めに見てあげる、と?」
「俺たちゃ前衛。デスクワークの勤務態度にケチつけるのはユッチ班の流儀じゃないんだよ」
「……もう、いい加減なんだから。でも、お兄ちゃんらしいわね」
「それに……。本人は、ツッキーより太いとかって気にしてるようだが、見事な脚線美じゃねえか。眼福、眼福」
「……………………お兄ちゃんらしいわね」
溜息を吐くシシナから目を逸らす。目を逸らしたせいで、ミュウが机の下で小さくガッツポーズしていることに気付くことはなかった。
ふと、ユッチは表情を引き締めた。
「驚いたよ。あの時ただ一回とは言え、こいつらはSEなしで魔法を使ったんだからな。しかもBクラスだったせいで、こうして前線で戦ってもらうことになっちまった。ただの女子高生だったのに。ミュウとツッキーには一生かけてでも償わなきゃ、な」
かたん、と机が揺れる。『震源』はミュウだ。
「あら、まあ。よかったわね、というべきか。こんな男に目をつけられてご愁傷様というべきか」
何かに気付いたようなシシナの呟き。しかし、苦い顔で反省中のユッチの耳には届かない。
「それはそれとして、朗報だ。アイリスからは有益な情報が手に入った。いや、厳密には朗報とばかりは言い切れない。日本への出発前にもう一度彼女と会っておかなきゃならないだろうな」
「……あ、の、ユッチ。少し黙った方がいいかも……よ?」
シシナの視線はミュウの顔面に釘付けとなっていた。机に突っ伏した姿勢のまま、眉間に皺を寄せる少女に。
「さあ、忙しくなるぞぉ」
「しーらないっと」
シシナは二人に背を向け、天を仰ぐのだった。