託されたバトン
激震に見舞われるブリッジ。耳を聾する警報の渦。
それを上書きする衝撃音がブリッジクルーたちの耳を突き刺した。その場の全員が頭に物理的な痛みを感じてうずくまる。
「全員、頭を守れっ!」
いち早く立ち直ったのは、両手で耳を塞ぐことのできた人物。すなわち、手持ち無沙汰にしていた艦長だった。
「——そのまま姿勢を低くしておれ」
天井から火花のシャワーが降り注ぐ。
そんな中、ユッチは剥き出しにした歯を食い縛っていた。しかし、すぐに口の端が持ち上がる。
「なんとか防ぎきった……か。やるじゃないか、フィリス」
艦の対人インターフェイスであるロミュレイが操るテレパシー同然の無声会話を通じ、ユッチは正確な状況を把握している。だが、この特殊なコミュニケーション方法について、ユッチ班以外の人間たちはどうやら「プライバシーの侵害」と受け取ってしまうらしい。現状、無声会話でうまく意志疎通できるのはユッチ班のメンバーに限られるのだ。
他者に心を読まれることに対する忌避感。それは一種の障壁となり、無声通話を阻害するらしい。
ユッチは苦笑の吐息を漏らした。
ことに戦闘中の意思疎通において、無声会話の有用性は計り知れない。この認識は、できるだけ近いうちにスタブスターの全クルーと共有したいところである。
それはさておき、まずは知り得た情報をブリッジクルー達と共有する必要がある。
「……ロミュレイ、被害状況を報告しろ」
『艦尾装甲にクラック。損傷軽微。被害箇所はHブロックからKブロックまで。損耗率合計〇・四パーセント。以上』
その報告に、女性通信士は首を傾げた。
「えっ、たったそれだけ……?」
そんな彼女に目を向け、ユッチは口の端を吊り上げてみせる。
「フィリスを誉めてやってくれ。ウチのエースなんだ」
言ってしまってから表情を引き締める。そう、今のユッチはスタブスターの副長。一時的なものとはいえ、現在の彼らは遊撃班ではない。ホームグラウンドはこのスタブスターなのだ。
モニター越しに艦の前方を見据える。
「さて、俺たちの番だ。海賊どもを蹴散らすぞ」
「海賊か。やつらに相応しい称号だな」
すかさず反応したのは艦長だ。彼らの言葉と同時に、ブリッジクルー全員の視線が前方へと向いた。
いまやどの瞳にも、絶望どころか不安の色さえない。
「副長がいれば勝てる」
「うむ。さすがはわしの見込んだ男だ」
誰ともなく呟く声に、艦長が大声で応じる。
「あのな……」
変な汗が流れる。過大評価はやめてくれ。俺は何もしていない。
言葉にする前に、ユッチはそれを呑み込んだ。どうせ誰も聞きはしまい。それより艦隊戦に集中だ。
(フィリス。後始末は任せてもいいか? あと、魔力のリソースはもう必要ないな?)
伝えてから気付いたことがある。ユッチの片眉が上がった。
艦外魔法陣のリソースが、一割ほどしか減っていない。
(フィリス? おい、どうしたフィリス!?)
返事がない。勢いよく艦尾側を振り向くと、穴でも穿ちそうな視線をハッチへ突き刺した。
(大丈夫よユッチ)
「な……」
思わず声を漏らした。彼に答えたのは――
(イーリャ?)
(ちょっとマギアウトぎみだけど、わたしがついてる。あと、こっちの娘はもっと酷いマギアウトだけど、一緒に診てるから)
(……あのバカ。結局意地でも自身の魔力で対抗しやがったのか)
ユッチは先ほど、自身の魔力を強制的にフィリスへ譲渡している。
それに加えて艦外魔法陣のリソースにも頼らなければ、勝てる相手だとは思えなかったのだ。
(フィリスが言ってたの。「前門の虎はお任せします、ユッチ」って)
微笑むイーリャの気配が伝わり、ユッチは頬を掻いた。
(悪いな、イーリャ。ふたりを任せる)
医務室にフィリスとパウラがいる。そう、ふたりというのは彼女たちのことだ。
言葉足らずのイーリャからそれだけの情報を確認すると、今度こそユッチは全意識を前方へと集中させた。
フィリスも艦も無事なのだ。ならば何があったのか、後で聞けば良い。
通信士に歩み寄った。
「え……と。副長?」
ユッチの意図を図りかねた通信士が戸惑った声を漏らす。
「ウチのエースからバトンを託されちまったんだ。無様を晒すわけにはいかないぜ。……戦闘機隊に直接命令を伝えたい。貸してくれ」
「はっ」
通信コンソールの前に立つ。
いつもの任務なら通信機など単なる補助機器だ。しかし今、戦闘機のパイロットたちが彼女らと運命を共にしている。
そしてもちろん、彼らパイロットもユッチの部下なのである。
だから、彼らにも肉声を届けたいと思ったのだ。
「ランパータ。ユッチだ。フォーメーションデルタ。ぶちかませ!」
「了解、副長!」
「いいか、ランパータ。端から全開だぞ」
(感謝する。親の仇、必ず討ち果たしてみせる)
(勘違いするな。お前の復讐など知らん。とにかく生きて帰ってこい。話はそれからだ)
(……了解、ユッチ。私とて現場の隊員たちの命を預かる身。分別はあるつもりだ)
(それでいい。フィリスからのバトン、無駄にするな。俺たちは――)
(チーム。わかってる)
通信を切ったユッチの口許が、柔らかく綻んだ。
続けて彼は、後部格納庫に着艦したルルマッカの戦闘機、アルタライに通信を繋げる。
「聞こえるか、スールン」
『おう、ばっちり聞こえるぜ大将』
「大将じゃない、大尉だ。お前にも手伝ってもらうぞ。働かざる者食うべからず、だ」
『その理屈ならウチのパイロットも労働提供すべきだよなぁ?』
「彼は今メディカルチェック中だろ。いずれ働いてもらうが、まずはお前からだ」
『ありがてえ。このままやることなかったら退屈で永久スリープモードになっちまうとこだったぜ!』
艦外魔法陣が強く輝いた。その光はモニター越しにブリッジを明るく染め上げる。
ユッチの瞳に炎が灯った。




