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カウント・ゼロ

『全機、突撃!』

 ユッチによる号令は、艦首側艦載機隊に対するものだ。


 フィリスが仕掛けるタイミングも同時だった。

「存分に踊るがいい」

(にゃにゃっ!? メテオアローにゃっ!? こんな大規模なの、パウラ初めて見——にゃっ!!)

 桃色に輝く光の矢、メテオアローの大群だ。それらが艦尾側戦闘空域を埋め尽くす中、人型メカ——AIMトルーパーが踊る。

 急制動、鋭角な方向転換、高速回転。

 慣性の法則を考えたら、中の人間などとうにジュースと化しているはずの動き。だが。

(きゃははははっ! すごい、すっごいっ)

 直撃コースの矢だけを半透明の障壁で防ぎつつ、緑髪の天才少女はご丁寧にも念話で嬌声を送りつけてくる。防がれた矢は放射状に弾けて消滅した。

 対する銀髪ツインテールの天才少女は唇の端を噛み、さらに手数を増やしてゆく。

(ひゃ!? ちょ、ひょわーっ)

 もはや飽和攻撃と化しつつあるメテオアローの弾幕の中、それでもこちらに届く悲鳴からは余裕が感じられる。

(ななな、なにその魔力スタミナっ!? もう、こうなったら強引にパウラのターンに持ち込むからねっ!)

 障壁に弾かれるメテオアロー。その輝きは霧散することなく、指向性を持って打ち返され始めた。

 反射する先にはスタブスターの巨体。

 桃色に輝く大量の矢が航虚艦へと殺到する。

「ふん。それは私の矢。勝手に使わせない」

(いっけー!)

 直撃寸前まで迫った矢の群れが次々に消失した。

(にゃっ、にゃにゃっ!)

 消失した矢は、再び四方八方から出現した。いずれもAIMトルーパーの至近距離である。

 トルーパーのダンスは一層激しくなり、それら全てを紙一重で避けてみせた。

「認識阻害……」

 フィリスは思わず見開いた碧眼をすぐさま細め、虚空を睨み付ける。AIMトルーパーは、彼女が把握したはずの座標とは微妙にずれた位置に存在しているのだ。

「やってくれる。空間把握しているはずの私の視界を騙すとは」

(もっと褒めて! でもそっちも凄いっ。攻撃系魔法の強制排除だけで終わらずに、パウラのそばまで転移させてくるなんて)

「言ったはず。それは私の矢だ」

(えー? 名前書いてないしぃ)

 あくまで楽しげな相手の様子に、銀髪少女は思わず舌打ちをした。それっきり会話に応じる態度を見せず、いったん目を閉じ精神を集中。

(あれあれ? パウラのターンなのかな? ふふっ、そんな余裕見せてていいのかなぁ?)

 念話が届いた途端、限界まで目を見開く。

 食い縛った歯の隙間から呻きが漏れる。

(パウラ、魔法あんま得意じゃないんだけどさ。たまにはそっちの流儀で遊んであげるよ)


 それは喩えるならば、荒野に吹きすさぶ大嵐だ。

 暴風の渦。

 AIMトルーパー付近から発生したエネルギーが、真っ直ぐに迫ってくる。

 圧倒的な破壊の衝撃波が渦をなし、フィリスを——スタブスターを襲う。


 ——こんなのは無理だ。防ぎきれるわけがない。


 ほとんど声にならない悲鳴。

『ウイルソン伍長。居住区だけ防御できれば。多少“肉を斬られた”ところで、このロミュレイが修復してみせますので』

「すまない。——副長!」

『承知した』

 こちらの状況はロミュレイが伝えていたのだろう。艦首側の戦闘空域に意識を集中していたはずのユッチに呼びかけたところ、すぐに返事がきた。

『総員、衝撃に備えろ。猶予は三十秒。何かに掴まれ!』


 ユッチによる放送の直後、フィリスは己の魔法力が極限まで高まっていくのを感じていた。

「こ、これは……。大尉殿!?」

『俺は指揮に専念できればいい。だから俺の魔法力を使え』

「はっ!」

 メテオアローで消費した魔力があっという間に補填されていく。これなら敵の攻撃、全て防御できる。

『ウイルソン伍長、防御は予定通り最小限で。補填された魔力は、全て攻撃に回すべきです』

 ロミュレイからの進言。おそらくそれはユッチにも報告済みなのだろう。

 即断し、従う。


 艦が激震に見舞われた。

 どこが床でどこが天井かわからなくなるほどの揺れの中、フィリスは乗組員への直撃を避けるべく障壁を張り巡らす。

 ロミュレイによるカウンター砲撃がAIMトルーパーへと降り注ぐ。

(えへー。当たらないよぉ)

 ダンスにコミカルな動きを取り入れるパウラ。しかし——

(あぎゃぁ! なんでぇ!?)

 数発の命中に、初めて余裕のない叫びを漏らす。

 ただし、それさえも念話でフィリスに届いているのだ。余裕をなくした演技の可能性は否定できない。

(くっ、このっ!)

 さらに数発の直撃弾。それらを避けるべく障壁を張ったパウラだったが。

 障壁の直前で複数に分離すると、桃色の光弾となってAIMトルーパーに迫る。

 ロミュレイの砲弾にフィリスの魔力が込められていたのだ。

 爆炎の花が咲き乱れ、一時的にAIMトルーパーの姿が炎熱の海に覆い尽くされる。


(やったなあっ!)

「————————っ!」

 次に姿を現した時、AIMトルーパーの機体はスタブスターの至近距離にまで迫っていた。

 先刻に倍する激震が襲いかかる。

 AIMトルーパーは腕を振りかぶり、人間の格闘技そのものの動きで殴りつけてきたのだ。


 拳の形にめり込む装甲。フィリスの居る医務室にほど近い部分だ。

(ふっ。どう……、ええっ!?)

 装甲に浮き上がっているのは桃色の影。

 それは巨大な掌の形をしており、AIMトルーパーの拳を受け止めたように見える。

「私は格闘が不得手だ。だがそちらの流儀で応じよう」

(ま、まさか——)

 AIMトルーパーの頭部すぐ上に桃色の拳が出現していた。

 真っ直ぐ振り下ろされる。

 砲弾の勢いではじき飛ばされたAIMトルーパー。スタブスター下方へと勢いよく飛び去ってゆく。


(意趣返しとはやってくれちゃうねっ。パウラ、ほんっきで楽しくなっちゃったよっ!)

 どうやら、緑髪の天才少女はやる気に火が付いたらしい。

「私は負けない。絶対に」

 時間はまだまだ十分も経っていない。だが、二十分という時間制限いっぱいまで戦い続けられるかどうか不透明だ。

『こら、フィリス! なぜ船外魔法陣のリソースを使わないんだ。艦首の連中のために温存しようなどと莫迦なことは考えるな。お前の相手こそ、敵の最強戦力なんだぞ』

「すみません。甘く見ておりました」


 ——純粋な己の力で対決したい。


 そんな欲求など、既にユッチの力を借りた時点で無意味なものとなっている。今更のように気付き、彼女は反省した。

『ウイルソン伍長。敵も敵で、純粋な魔力だけで戦っているわけではありません。あのロボット、搭乗者の魔力を底上げするシステムを搭載しています』

 先ほどの殴り合いの際、ロミュレイが分析していたようだ。

『……だとさ、フィリス。残り十分だ。撃破なんざどっちでもいい。とにかく追い払え。お前ならやれる』


 ——ああ、そうだったのか。


 ユッチの命令を聞いて、すとんと胸に落ちた。敵は、自分とおそらく同世代の女の子。IMではなく人間だ。その相手との命の遣り取りに対して、無意識に手加減しようとしていたのだ。

「了解!」

 斃さなくていい。戦闘不能にすればいい。

 お前ならやれる。ユッチの言葉はそういうことなのだろう。

 そう、私ならやれる。

 我知らず、銀髪少女の眉間から縦皺が消えていた。


(そ、そっちも本気ってことだね……っ!)

 急接近してきたAIMトルーパーが進路を変え、慎重に距離をとる。

 いよいよ強く輝く船外魔法陣に照らされるスタブスターは、直前の被弾などなかったかのように復活を遂げていた。

 そんなスタブスターの艦底へとプレッシャーが押し寄せる。

(次は墜としてみせるよ)

「私は負けない。絶対に」

 同じ言葉を、さっきよりずっとリラックスした声音でひとりごちる。

 今度こそ、船外魔法陣のリソースを利用するのだから。


 AIMトルーパー付近で渦が発生した。

 今度はトルーパー自ら渦を纏っている。

 特攻をかけるつもりなのか。

 あるいはこちらの艦体を突き抜け、破壊した後も、あちらは無事生還できるという必殺技なのかも知れない。

 なんらかの切り札を隠し持っているとしても不思議ではないのだ。

「やれるものならやってみなさい」

(そんなこと言って、後悔しちゃうよ。パウラ、手加減とか思いっきり苦手だしぃ)

 あくまで冗談めかした口調ながら、緊張の色が垣間見える。

 暴風を纏うAIMトルーパーは際限なく加速を続けながら迫ってきた。

(泣いて謝ってももう遅いんだかんねーっ)


『接近警報。残り時間十秒。被害予測不能』

 フィリスのそばにいるロミュが告げる。しかし、艦本体のロミュレイは沈黙している。

 おそらくはユッチの意向なのだろう。

 信頼されている。

 確信を胸に、拳を握って艦底側空域に意識を飛ばす。

「強制排除——無効」

『五、四……』

「障壁——だめ。キャンセルされた」

 高速で接近する人型ロボット。

 広げた傘のように渦を纏い、その鋭い先端をスタブスターの艦底に向けて。

『二、一』

「負けないって言った!」

 いままさに、渦の先端が。

『ゼロ』

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