ダンサーたちの戦闘空域
ボンダリューの艦載機トリアホーン。球状の頭部と縦に平べったい胴体を持つ、魚類を模した機体だ。頭部に備える三つの突起はビームの砲塔である。
「パウラ、俺の魔力はタネ切れだ。あと一発でも魔法撃ったらマギ・アウトだぜ。……わりぃな、敵さんの戦闘機は一機しか墜とせなかった」
『ボゴヤにしちゃ上出来じゃない? あとはボクに任せなよ』
「うっわ、お兄さんちょっとショック。……まいっか、んじゃ任せたぜ」
トリアホーンは魚のように身をくねらせ、敵艦ルルマッカに背を向けた。
もっとも、虚数物質の霧を纏うその機体は、肉眼でもレーダーやセンサーの類でも捉えられることはない。——はずだった。
コックピットに鳴り響く警報。熱源反応だ。
「————————っ!」
それはルルマッカから伸びる光の刃。攻性皮膜によるレーザービームである。
勘を頼りに機体をくねらせ、間一髪避けてみせた。
「んな! 莫迦な! 連中には俺たちのこと、見えないんじゃなかったのかよっ」
『なんかね。攻性皮膜とか言ってたよ。ほら、ボクってば敵と交信したじゃない。あんときボゴヤとの回線も開いてたでしょ。……聞いてなかった?』
「うお! また至近弾っ!」
渦を巻くような回転機動。機体すれすれを通過するビームをなんとかやりすごす。
「……敵戦闘機への嫌がらせに夢中でよ、聞いてなかったぜ」
『ふうん。で、さ。どうやら、ソナー系の探知手段を併用したっぽいのさ』
「ば、てめっ! ならこうして通信してる以上、こっちの姿は丸見えってことじゃねえかっ」
慌てるボゴヤに対し、パウラの声はのんびりとしたものだった。
『んー。てか、いまさら黙っても無駄だと思うよー。虚数空間用のソナーって、音だけ探ってるわけじゃないからね。ボクなんてとっくにミスト切ってるもん』
「……くそったれ」
ボゴヤはインビジブル・ミストを切り、敵バブルバリア内にその機体を晒した。同時に火器管制ロックを解除する。
視界を巡らすと、巨大な人型メカであるAIMトルーパーが、その威容を堂々と晒していた。そのコクピットに納まる人物とのギャップに、微かに笑いが漏れる。
「しゃあねえ! トリアホーンの通常武装も使わねえと錆びつくからな! さすがは監視機構、なんちゃらガードの連中とは違うね。楽しませてくれるじゃねえか」
『ほっ、ほほっ! あーら、よっと』
「……なにやってんだ、パウラ?」
『ちょーっと、ほっ! ダンスを、ねっ! 今は、ほっ! ボクの背に隠れるの、ほほっ! あまり、っと! おすすめしない、よっ』
パウラの駆るトルーパーが敵のビームを器用に避ける様子を視界の端に収めつつ、自らの機体も不規則に機動させる。
「しっかりダンスしてやがる。余裕あんじゃねえか」
『ほっ、そーゆーボゴヤだって。ほほっ、こっち見てる、余裕あんじゃん。ほら、敵機! そっち、行ったよぉ』
現在上がっている敵艦載機は四機。ルルマッカの艦載機は最大で六機までしか搭載できない。先ほど一機撃墜したので、未出撃機は一機——いや。
「ゴラゾの旦那の読みを信じるぜぇ。こうしていきなり艦の至近距離に現れて暴れる敵に気付いたら、出せる艦載機は全機出撃させるはず。せっかくのファイターを腹に納めたまま沈むなんて恥だ——大抵の艦長はそう考える、ってな」
トリアホーンの頭部砲塔が火を吹いた。微妙な時間差をつけて三連射。
だが、ビームはどの敵にも掠ることなく通過していく。
「へえ、これを避けるか。パウラ、俺の方もそれなりのダンス相手を見つけたぜぇ」
『うんうん、お互い楽しもうねえ!』
——本当なら今頃パウラの背に隠れて通信を傍受し、人型機械を見て慌てふためくブリッジクルーの様子を想像してこっそり笑ってる予定だったんだけどよ。
「ま、相手してくれる奴のレベルによっちゃ、ダンスも捨てたもんじゃねえよな」
敵機めがけ、トリアホーンを加速させる。その途中、ルルマッカからのビームを避けながら進む。
いとも容易く避け切ることができた。弾幕が薄い。
考えてみれば当然だ。攻性被膜による攻撃のほとんどはトルーパーへ集中している。そうでなくても味方機が展開する空域に分厚い弾幕を張れる訳がない。
敵はバルフォシス二機とアルタライ二機。ボゴヤとしてはその四機に集中することができそうだ。
一対四。圧倒的に不利だ。
だが、ボゴヤの顔から笑みが消えることはなかった。
「来いよ。お前らは俺とダンスバトルだ」
先頭のバルフォシス正面へと真っ直ぐに向かう。ぐんぐん距離が詰まる。
三百メートル、二百、百、五十——
錐揉み状に半回転。反時計回りだ。
相手も全く同時に半回転。互いに機体の腹を向け合って通過する。
「お前わかってんじゃん」
呟きながら振り向き、すぐにまた正面を見据える。
速度を調節し、後続のバルフォシスと距離を詰める。
頭部砲塔、二射。
相手もビームを二射。
初撃は互いに通過し、戦闘空域を光の柱で飾る。
二射目は激突した。彼我の中間空域だ。
爆煙を突き破って突き進むのはトリアホーン。
新たな爆光が膨らむ。
「お前はわかってねえ。撃つか避けるか迷ってんじゃねえよ」
機体を二つに折り曲げたバルフォシスが爆散する。
ビーム同士の衝突で生じた爆煙に視界を遮られても、ボゴヤは迷うことなく引き鉄を引いていたのだ。それがそのまま勝因となった。
突然、トリアホーンが跳ねた。
進行方向に対して上、つまり頭頂部側へとほぼ九十度の進路変更。
機体の後尾すれすれを、アルタライからのミサイルが通過していく。
トリアホーンの側面から何かがばら撒かれた。
「無粋だねえ、攻撃のテンポがなってねえよ。もっとリズミカルに行こうぜえ」
くねくねと有機的な、そして一定のリズムを刻む動きとともにアルタライの脇を抜けてゆく。
そして最後尾を飛んでいた、もう一機のアルタライと真正面に対峙したとき、虚数空間に新たな爆光の花が咲いた。
「へっへー。俺の撒いた機雷にマトモに突っ込んじゃってまあ。リズム感がねえからだぜ、ご愁傷さん——お?」
正面にアルタライ、背後にバルフォシス。
「へえ、いい動きしてんじゃねえか。そうこないとね」
残る敵機に前後を挟まれてなお、ボゴヤは不敵に笑って見せる。
『ボゴヤいいなあ、楽しそう。ボクの方はちょっと飽きてきちゃった。攻撃パターンのバリエーションが冗談みたいに少ないんだもん』
「おいおいおい。そんだけ複雑なステップ踏んでながら出る台詞とは思えねえぜ」
アルタライとバルフォシスには不可能な、真横への機動で敵の攻撃を躱しつつ、パウラからの通信に応じる。
『適当なところでケリつけて、こっち手伝ってよ。でないとボク、ルルマッカ沈めちゃうかも』
「マジかよ。まあ、ゴラゾの命令は撃沈だからそれでいいんだけどよ」
『えー。お船たくさんあった方が、パウラ嬉しいもん!』
「うぜえ。わざとらしく幼児化してんじゃねえよ」
脱力した声でそう返しつつ、ボゴヤの視線は敵の動きを捉えている。
頭部砲塔からのビームがアルタライのコクピットを貫いた。
新たな爆炎の光球が膨らんでゆく。
「……こっちはようやく一対一になったぜ。けど最後の奴が一番厄介な相手だ。だからよ」
速度を調節し、不規則な機動を繰り返す。
「ちょっとでも根気ってもんがあんならもう少し敵艦とのダンスを楽しんでやがれ」
『やーだ。ボゴヤだけ楽しんでズルい! ボクもう行っちゃうもんねーだ』
「てめ、こら! ——はぁ、もう好きにしやがれ」
『うん。じゃ、また後でねっ』
ルルマッカにとっての絶望の使者が飛び去るのを背に、ボゴヤは己のダンス相手へと機首を巡らせた。
「そろそろ曲が終わるぜえ。最後まで楽しませてくれよな」
互いの武器を撃ちまくりながら、二機の戦闘機は再び距離を詰めてゆく。
ボゴヤの両目が細められ、鋭い光が宿った。本気を出した猛禽の瞳である。
捕食者の爪と嘴を剥き出しにして、ラストダンスが今始まる。




