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開演

 フリゲート艦ルルマッカ。監視機構の航虚艦の中では、比較的早い時期から就航してきた艦である。

 丸みを帯びた艦首、徐々に細く尖ってゆく艦尾。途中、艦橋のような構造物は見られず、目立つ構造物と言えば艦の最後尾から左右に張り出す小さな翼状の突起くらいのものだ。

 そのシルエットは巨大な鯨。

 虚数空間の海原を優雅に遊泳するかのようなその外観に反し、ブリッジは今、喧騒のさなかであった。


 けたたましく鳴り響く警報の中、それを上回る声量で怒号が飛び交う。

「被弾箇所、艦底D6ブロック、左舷F3ブロック! 損害状況、人員二名、パルスレーザー砲門一門」

 防御オペレータによる被害報告を受け、バームド大佐は両の眼を大きく開いた。

「索敵オペレータ! 敵はどこだあっ」

「レーダー、次元センサー、ともに感なし! 本艦バブルバリアの内側に敵影は一つも見当たりません」

「ええい、ならばどこから撃ってきたというのか」

「そんなことわかりませんよ! そもそもこれが攻撃だって言うんなら、見えない敵はいつこちらのバブルバリアに侵入したって言うんですかっ」

 唾を飛ばす勢いで怒鳴るバームドに対し、索敵オペレータの士官も萎縮することなく怒鳴り返す。

 そこに防御オペレータが割り込んだ。

「艦長! 熱源反応がありませんでした。仮に攻撃だったとしても、魚雷でもレーザーでもありません。まるで、何かと衝突したような感じです」

「何だと! バブルバリアの中に、航虚艦の装甲をぶち抜くようなデブリが漂っているとでも言うのか。それならそれで、センサーに引っかからないわけがあるまい!」

「みなさん落ち着いてください! 異常事態だからこそ、冷静にっ」

 通信士が声を張り上げる。ルルマッカの通信士もスタブスターと同様に女性である。その高い声は怒号が飛び交うブリッジの中でも全員の耳に届いた。

 ひとまず一同の注目を集めることに成功すると、彼女は艦長を真っ直ぐに見据えた。

「本艦は未知の脅威に晒されています。自分はこれを敵艦からの攻撃と推察します。本艦の現状報告および応援要請のため、スタブスターへの連絡を提案します」

「許可する。……すまん。わしとしたことが冷静さを失っておった。トシのせいにするつもりはないぞ、耄碌するにはまだ早い」

 落ち着きを取り戻したバームドに、艦の人格コンピュータが話しかけた。

『へい、艦長(ボス)! おいら通信士の推察を支持するぜ。提案があんだけど、聞いてくれよ』

 中性的な声だが、どこまでも軽くノリのいい話し方である。

『未知の脅威が取り除かれるまで第一種戦闘態勢を命じてくれよ、ボス』

「ち。わかっとるわい、スールン! お前に言われるまでもないっ」

 人格コンピュータへ律儀に返事をすると、艦内放送のスイッチを入れる。

「総員、第一種戦闘態勢! 艦首バルフォシス隊、艦尾アルタライ隊。出撃スタンバイ!」

 命令を伝え、艦長席に腰を落ち着けた。そんなバームドに、通信士が勢いよく振り向いた。青ざめた顔をして、叫ぶように報告する。

「艦長、スタブスターへの通信は妨害されています! それと、先ほどから民間チャンネルでの交信要請が届いていますが、応じますか」

「く……、そうか、そういうことか。どうやら完全に後手に回ってしまったようだな。……応じる。だが少し待て」

 俯き加減となったバームドの目許を濃い陰影が覆った。しかし、そこから漏れる鋭い眼光は一直線にモニターへと突き刺さる。これから通話すべき相手を幻視し、呟く。

「敵だな」

 ——相手はレーダーからもセンサーからも身を隠す手段を持っているに違いない。

 ならば相手は何を言って来るのか。こちらは何を準備すべきか。

「さしずめ降伏勧告と言ったところか。だが、そう甘くはいぞ。……スールン! 反物質リアクター点火!」

『アイ・サー』

「砲術士! 火器管制ロック解除! 攻性被膜スタンバイ!」

「アイ・サー!」

 ブリッジクルーたちの目付きが鋭さを増す。みな一様に口を真一文字に引き結び、ブリッジは緊張感漂う静謐が支配する空間と化した。

 ただ一人、バームドのみが口を開く。

「通信にはわしが応じる。モニターに回せ」

 ナイフのような視線の先、モニターに映し出されたのは——

『やっほー、パウラだよぉ。すぐそばにいるのになかなか気付いてくんないんだもん。ねえ、もしかしてさ。いまだにぼくがどこにいるかわかんない?』

 緑色のおかっぱ髪の、子供だった。

『今からその艦を……、ええと何だっけ。あっ、そうそう。接収しちゃうよ。ああ、降伏とか面倒なことしなくていいからね』

「…………」

 毒気を抜かれ、口を大きく開け広げたバームドは固まってしまっている。

『なるべく一瞬で、痛いとか感じる前に艦内をお掃除しちゃうからさ』

 ——皆殺しにしちゃうからさ。

 脳内で正しく変換した途端、バームドは再起動を果たす。

 最早それは降伏勧告ですらない。

 バームドは拳を振り上げた。

「ふざけるな、ゴラゾに従う犯罪者風情が! このわしに牙を剥いたこと、後悔させてくれる」

『へえ。ゴラゾはボスだけど、別に従ってるとかじゃないんだけどなあ。ま、そのへんはどーでもいいや。……ぼくと遊んでくれるなら』

 そう言うとパウラは片目を閉じた。

 ルルマッカのブリッジに異質な音が響く。もしかしたらそれは、バームドの血管が切れる音だったのかもしれない。

「イージスシステム起動! ビームキャンセラー撒布!」

 だが下す命令は冷静で堅実だ。

 まずは何よりも守りを優先しなければならない。

「索敵オペレータ! イマジナリーソナー起動! 壁面モニターに常駐表示!」

「アイ・サー!」

 その上で迎撃だ。

「艦載機隊全機発進! 攻性被膜スタンバイ!」

 次の瞬間、ブリッジの壁面モニター群のひとつがホワイトアウトした。すぐにモニターの光量が抑えられ、ルルマッカ前方の空域で光球が膨れ上がる様子が映る。

「バルフォシス1、撃墜!」

 出撃したばかりの味方機の爆発光だった。

「熱源反応なし。敵兵器、実体弾でもビームでもありません。これは……魔法攻撃です!」

「ソナーに感あり! 未確認物体、二つ。距離三百、三百五十」

 近い。その数字に慄然としつつ、バームドは大声を張り上げた。

「攻性被膜展開! 相手がお嬢ちゃんだろうと手加減はせんぞ! 砲術士、わしらの本気を見せてやれ」

「アイ・サー! スールン、最適座標のサポートを頼む。相手は年端もいかないお嬢ちゃんだが、一曲お相手してやろうぜ」

『オーケイ、相棒! 短縮座標だ、ステップ踏み間違えんなよ。じゃ、早速いくぜ』

 ブリッジ内に軽快な音楽が鳴り響く。スールンが歌い、砲術士が端末を操作する。

 その動きに合わせ、ルルマッカの外部装甲のあらゆる部分からレーザー光が放射された。

『わーい、楽しいな! パウラ、喜んじゃうっ』

「それじゃ、嬢ちゃん。一緒に踊ろうぜ! バテようが足が攣ろうが容赦はしないからそのつもりでな」

『ふふふっ』

 時折、あらぬ方向から襲い来る光がルルマッカを叩く。しかし、それらは装甲を抉ることなく跳ね返された。

 一方、ルルマッカ側はパルスレーザーの砲門がない箇所にもレーザーの刃を纏う。

 ブリッジ内を軽快な音楽で満たしつつ、攻性被膜が今その牙を剥いたのだ。

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