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包囲網

 スタブスターのセンサーが複数のバブルバリアを捕捉した。

『接近警報。航虚艦五隻。うちフォーテクス・ガード所属艦、四。所属不明艦、一』

「聞いたか副長! 全艦健在ではないか。フォーテクス・ガード艦隊、素人とはいえ存外頼りになるやも——」

「いいえ艦長。最悪の展開です」

 喜ぶマルケスを即座に遮ると、ユッチは早口で告げる。

「ロミュレイ、各艦の位置関係を三次元表示してくれ」

 すぐさま壁面モニターに表示が灯った。

 その途端、ブリッジクルーは例外なく立ち上がる。どよめきが漏れた。

「な、なんだこれはっ!?」

 マルケスも瞠目している。

 ユッチは一呼吸の間を置いて、再びロミュレイに指示を出す。

「本艦からの距離も頼む」

『了解しました。ただし、バブルバリアが接触するまでは正確な情報とは言い難いです』

「百も承知だ」


『十時方向、仰角五。推定距離四千七百。フォーテクス・ガード所属、駆逐艦ロンサム。

 二時方向、俯角一。推定距離四千八百。フォーテクス・ガード所属、駆逐艦ヒドル』

 ロミュレイの声に応じ、3D表示された艦影がハイライトされていく。

 二隻の駆逐艦はイルカさながらだ。流線型の艦体をしており、その上部に背鰭を思わせる突起が聳えている。おそらく艦橋だろう。

 背鰭のそばにテキストによる補足情報が表示されている。全長百二十メートルとのことだ。


『十一時方向、俯角三。推定距離五千。フォーテクス・ガード所属、重巡洋艦モルフィー。

 一時方向、仰角二。推定距離五千百。フォーテクス・ガード所属、重巡洋艦サーバス』

 次にハイライトされたのは全長二百五十メートルの蠍。見ようによってはスタブスターの姉妹艦と言えそうな形状だ。


『十二時方向、仰角一。推定距離五千四百。未登録艦ながらデータあり。所属不明、フリゲート艦ボンダリュー』

 最後に目指す敵、巨大なエイがハイライトされた。スタブスターと匹敵する三百メートル級の巨体だ。

 

 壁面モニターを睨み付けるユッチは奥歯を噛み締めた。静寂に包まれるブリッジの中、ぎりりと音が鳴る。

 ブリッジクルー全員が理解しているのだ。

 モニター内の全艦の艦首がこちら——スタブスターを向いている意味を。

 本来、挟み撃ちにするはずだった敵艦(ボンダリュー)が、手前どころか最も遠方に陣取っている意味を。

「五隻は連携しています。フォーテクス・ガードは艦隊ごと敵に鹵獲されたものと思われます。そして我々は——」

 今から方向転換しても、アシの速いロンサムとヒドルに背中を撃たれるだろう。いや、こちらを追い越した上での挟み撃ちもあり得る。

「——網にかかったようです」

 それは紛れもなく、包囲陣形の網なのだ。


「副長! フォーテクス・ガードの旗艦モルフィーから入電です」

 通信士からの報告を受け、ユッチは艦長に目配せする。マルケスが頷くのを確認し、モニターに鋭い目を向けた。


『スタブスターのみなさん、お初にお目にかかる。俺は——』

「ガスタフ・ラモーンズ。なぜ貴様がモルフィーに乗っている」

 モニターに映る男は禿頭でサングラスをしている。だが、その程度で別人になりすますことができるほど、彼は印象の薄い男ではなかった。

『その名は捨てた。ゴラゾ・ボンヨーラだ。こちらの名でも指名手配がかかっているはずだが。……まあいい、質問に答えよう。その前に、失礼だが』

「ユウイチ・サワヌマ。スタブスター副長だ」

『ほう、君が。因果なものだな。よりによってキュラムス少佐の後継者候補筆頭のお出ましか』

「なに?」

『だが、残念だったな。どうやら俺の手は、その立場にある者へ引導を渡すためにあるらしい』

「……安い挑発だ」

 ユッチのこめかみに青筋が浮いている。しかし、彼の声音はごく平静なままだった。

「因果と言ったか。日本には因果応報という言葉がある。その言葉、貴様のためにあると知れ」

『自分が立たされている状況に気付いているだろうに、大した強がりだな。ああ、質問に対する回答がまだだったな。俺はモルフィーに乗り込んでいるわけではない。ボンダリューからの通信をモルフィーに経由させているだけだ』

「…………」

 ゴラゾの言葉を受け、モニターを睨む視線がいっそう険しくなる。

『ご想像通りだ。フォーテクス・ガードは艦隊ごと鹵獲したよ。いまは全ての艦を遠隔操作している。そういうのを得意としている眼鏡女史が仲間にいるのでな』

 モニターに映るゴラゾの顔面を陰影が覆い、サングラスが不気味に光る。

『ついでに教えておこう。ガードの連中な。民間人にしてはなかなかの根性だったよ。鹵獲されるくらいなら自爆を選ぶと宣った。そこで、誠に不本意だったのだが』

 ユッチは勢いよく立ち上がった。表情や態度を取り繕う余裕など吹き飛んでいる。

「貴様、まさか——」

『艦の中身、きれいに掃除させてもらったよ』

 モニター越しに憤怒の表情を向けられたゴラゾは、ことさら愉しげに喉を鳴らすような笑いを漏らした。

 しばらくそうして笑い続けた後、ゆったりとした口調で告げる。

『ロズィスごときに従っている間はついぞ感じたことのない気分だ。実に愉しい』

 言い終えると同時に真顔となり、『さて、どうするね』と続けた。

『もうすぐルルマッカが近付いてくる。きわめて戦闘能力の高い、監視機構のフリゲート艦二隻。これを無傷のまま鹵獲できるならば、乗組員のうち何人かは生かしておいてやってもいいぞ』

 スタブスターのブリッジクルー全員に緊張が走る。

 敵のセンサーは、すでにこちらの味方艦の所在を突き止めているのだ。その感知能力たるや、おそらくスタブスターの倍は下らないだろう。

「艦長、ルルマッカに待機のご指示を! 通信士、本部に増援の要請——」

『無駄だ。君たちの通信はモルフィーにしか繋がらない。ほぼ完全に、こちらの手の内に堕ちたと知るがいい』

 しばらく間をおくと、フレンドリーとさえ言える態度で告げる。

『どうやら聞くまでもなかったようだね。だが、そう来なくては。愉しく殴り合おうではないか』

 通信が切れる。その直前——

『君たちの豆鉄砲が、このボンダリューに届くとは思えんがな』と言い残して。


 我知らず、再び歯軋りするユッチ。その音がやけに大きく響く。

 ブリッジを支配する静寂を、マルケスの大声が打ち破った。

「副長! 今から君に本艦の全指揮権を移譲する。本艦の全火力、並びにクルーの全魔力をもって対処して欲しい。責任は全てこのマルケスが取る」

「アイ、サー!」

 遅滞なく返事の声を張り上げる。

 二対五。しかも味方艦の到着は、戦端を開いてから三十分は待たねばならない。考えるまでもなく絶望的な戦力差である。

 ユッチは館内放送のスイッチを入れた。

「告げる。サワヌマ副長である。航虚艦ボンダリュー、並びにフォーテクス・ガード艦隊を本艦の敵と断定。本艦は三十分後に戦闘行動に移る。交代要員は第四種戦闘態勢。それ以外は第三種戦闘態勢。繰り返す——」

 圧倒的な敵を前に気負いすぎることなく、穏やかとさえ言える声で放送を流した。

 緩やかに高まる緊張をよそに、先に戦端を開くことになるのは味方艦の方であった。この時点において、ユッチたちには予想もできないことだった。


 * * * * *


 艦長席に深々と背を預けるゴラゾの顔には何の表情も張り付いていない。

 そんな彼の横に、亜麻色の髪の眼鏡女史が歩み寄った。

「どうした、タシク。わずか三十分とはいえ貴重な休憩時間だ。眠らない程度に体を休めておけ」

「頭脳労働の私には必要ないです。……それよりも」

 わずかに艶を帯びた声。

 ゴラゾの首筋を華奢な腕が優しく包み込む。後頭部に柔らかな二つの膨らみを感じるに至り、彼は小さく唸った。

「……む。何をしている。相手が違うのではないか」

「ええ、これはルーシーの役目ですものね」

「そうではない。お前が相手をすべきなのは俺ではないという意味だ」

「ふふ。あなたでなければボゴヤかサムナミを? それこそあり得ませんわ」

 薄く笑うと、ほどほどのサイズの柔肉をさらに押し付けた。

「そんなに苦しいのなら、あそこまで悪役を演じることはありませんのに」

「演じているつもりはないな。こちらの都合で際限なく殺しまくっている」

「ええ。そうしてただお一人の身に敵意を集め、私たちを生かそうとなさる」

「勘違いするな。俺は身勝手な男だ。……昔も今も」

 振りほどこうとするゴラゾに構わず、タシクは彼の頭に頬ずりした。

「みんなここまで付いてきたんですよ。はっきり言って馬鹿です。そんな馬鹿たちなんか、あなたの好きに使い捨てればいいんです。ですから——」

「よせ、タシク。俺には何の価値も——」

「価値なんてどうでもいいです。ですから——」

「それ以上しゃべるな」

 強い力でタシクの腕を振りほどく。そして次の瞬間——

 彼らは唇を重ねていた。


「……へえ」

 用があったのかどうか。結局ブリッジに入ることのなかった黒髪ショートの女は、足音を立てることなく背を向けて去った。

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