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決断

 ボンダリューのブリッジで警報が鳴り響く。短く三回のアラームを三度くり返すと沈黙した。

 次いで、女性の合成音声が告げる。

『接近警報。航虚艦四隻。機種検索——判明。フォーテクス・ガード艦隊。重巡洋艦モルフィー、サーバス、駆逐艦ロンサム、ヒドル。バブルバリア接触まで一時間』

「ふむ。ガードが上がってくるか。ユウジ・スズキは俺たちの行き先がツェダーラだと思っているはず。ということは、連中は監視機構と連携しているな。……どうやら、こちらの位置が把握されているようだな」

『艦長、寒波です。私が持っていた名刺から微弱な信号が発信されていたようです。エターナル・チルドレンへの来客から受け取った名刺です。ボゴヤに言われるまで気付きませんでした。たった今処分しましたが……、迂闊でした。監視機構にこちらの位置を知られている可能性があります。申し訳ない』

 艦載機格納庫からの連絡は予想通りのものだった。ゴラゾは顔色一つ変えずに答える。

「構わん。監視機構も無能ではない。エターナル・チルドレンがマークされていたとしても何の不思議もない」

 壁面モニターにはフォーテクス・ガード各艦のデータが表示されている。それを眺めつつ、ゴラゾは呟いた。

「プリシラ、以前は接触まで三十分圏内まで接近しないと探知できなかったはずだが?」

『はい艦長。フェアリーテイルは常に市場より五年は先行した技術を保有しておりますので。リエイル出航前に、本艦の大半の機能はサムナミによって更新されています』

 その返事に、ゴラゾは渋い表情を隠そうともしない。

 フェアリーテイルの技術は常に最新だ。そんな組織の庇護下にない以上、仮にこの場をなんとかやり過ごしたとしても、ロズィスが本気で追っ手をかけてきたら逃げ切るのは難しい。もっとも、航虚艦一つでいつまで逃げ切れるものでもないのだが。

 軽く頭を振り、絶望に陥りそうな思考のループから抜け出す。

 まずは目の前の事態に対処しなければならない。

 幸い、今回の相手は素人だ。たとえ一対四だからと言っても進路を変更するつもりはない。

 瞑目し——決断する。


「総員に告ぐ。敵さんのお出迎えまで待機。ボゴヤとパウラはスタンバイ完了したらブリッジに連絡を寄越せ」

 言い終えてすぐ、艦長席のコンソールにツンツン頭が映る。

『ボゴヤだ。なんか用か、艦長』

「……早いな」

 呆れ気味のゴラゾに対し、ボゴヤの声はあくまでも軽い。

『へへっ。スタブスターに挑んだ連中がなす術なく撃墜されたからな』

 苦い記憶にゴラゾの表情が歪む。その様子に頓着することなく話すボゴヤではあるが、言葉の端々からぴりぴりとした闘志が溢れているのが感じられる。

『生き残るための戦法はいくつシミュレートしても足りないくらいだぜ』

「向こうは素人だが、アシの速い駆逐艦が二隻いる。必要ならルーシーにも出撃させるが」

『姐さんとサムナミはメカニックだ。艦にいてもらわなきゃ困るぜ。ま、もし向こうに艦載機がいて、そいつらがパウラを突破する実力を持っているようならとっととケツまくるけどよ』

 コンソールの画面が二分割され、片方の画面におかっぱの緑髪が映し出された。

『やっほー、パウラだよ。やだなあ、ボゴヤ。ボクは一機だって撃ち漏らす気はないよ』

『わーってるって』

 苦笑気味のボゴヤを放置し、ゴラゾは少し硬めの声で告げた。

「この艦にお前のウデを疑う者はいない。だが、トルーパーの実戦投入は初めてだ。あまり無理されても困る。何せ、ここを生き残った後、できる限り長期にわたって運用するつもりなのだからな」

『なーに言ってるのさ。性能の限界まで試してこそ、有効な実戦データが取れるってものでしょ?』

『あのなあ、パウラ。ゴラゾの旦那はな、光子魚雷三発で沈められるところを十発も撃ったら無駄だって言っているんだぜ。ろくに補給を受けられる目途もないし、だからと言って厳重な警備をかいくぐって略奪を繰り返せるわけでもないし』

『ボゴヤは貧乏性だなぁ。武器なら虚数物質を使えばいいじゃん。虚数空間には掃いて捨てるほどあんだからさ!』

 ゴラゾはこの発言に瞠目した。

「サムナミ、今いいか」

『はい、ゴラゾ。話せますよ』

 二分割された画面のうち、ボゴヤの画像が二重顎の中年男性のものに切り替わる。

「パウラの言っていること、実現可能な話なのか」

『ふふふ。本当は実験が成功してから報告したかったんですがね。ええ、理論上は可能ですよ。実はトルーパーの武装の一つをそれに換装してあります』

「民間が四隻とは言え相手は艦隊なのだぞ。ぶっつけ本番で試すつもりか」

『これが成功しないようなら、早晩我々は手詰まりです。試すなら絶好の機会ではないかと』

「……。よし、任せる。だが、虚数物質か。それなら——」

 ゴラゾは口の端を吊り上げた。

「サムナミ、パウラ。試してみたいことが一つ増えた」

『なになにー? 楽しいことならなんでもやるよー!』

「ああ。成功すればきっと楽しくなる。期待しているぞ、パウラ」

 食いつきのいいパウラに向けて答えるゴラゾは、我知らず笑い声を漏らすのだった。


 * * * * *


「ダイナーガ・キャニオン?」

 ユッチが口にしたのはフォーテクス社第四工場の所在地だ。

 大都市の郊外で他の民間企業と軒を並べる〈メディカ・フォーテクス〉と違い、第四工場は荒野にぽつんと建っている。常識的な企業であればまず敬遠する立地条件だ。周囲には他社の工場はおろか民家の一つも建ってはいない。

 ちなみに、その荒野は敵の目的地予想円における外縁ぎりぎりである。従って監視機構ギファール本部は、どちらかというと〈メディカ・フォーテクス〉を本命と考え、そちらについて、より強めの警戒体勢を敷いているようだ。

「なぜそんな場所に。物流とか考えていないのか」

『空間転移装置によって都心の物流センターと繋いでいるとのことです』

「なにっ」

 空間転移と聞いて、ユッチの眉間に皺が寄る。

 現在知られている魔法の一つに空間転移がある。脳裏にロズィスの細い瞳と冷たい笑みが浮かぶ。初めて対戦した時の、あの引き際。多分、あの男には空間転移の心得があるに違いないのだ。

 以前ロズィスが逮捕された際、空間転移を使ったという記録はない。能力を隠していたのか、脱獄後に新たに使えるようになったのか。いずれにせよ、次に奴と対戦する時までには、空間転移対策をどうにかしなければならないだろう。ユッチ班の中ではフィリスが使えるが、彼女の場合は見える範囲に跳べるものの他人の転移を妨害する能力はない。

 ふと我に返る。魔法士が使う空間転移と、空間転移装置との間に相関関係はないのだ。

 口の奥に感じる苦味を飲み下し、ロミュレイに質問した。

「物流用の空間転移装置というのは、航虚艦を虚数空間と実数空間との間で転移させる装置のダウンサイジング版か。それにしても、そんなの日常的に運用して採算とれるものなのかな」

『一応、社外秘となっているようですね。今回、特別に教えてもらいましたが。人体パーツの緊急輸送が必要な際に限って使っているようです。それ以外はヘリとのことです』

「ああ、ヘリと言ってもリエイル側と違って内燃機関でもジェットエンジンでもないからなあ。輸送コストはそんなに大したものにはならないのか」

『そうですね。それでも、都心からせいぜい数十キロ程度の郊外から陸路で輸送するのに比べると、やはりコストが割高になりますけれども』

「ふうむ。そうなると、工場の立地がその場所でなければならない理由がありそうだが……。まあ、その詮索は後回しだな」

 通信士と監視機構本部との間での遣り取りを後ろで聞いていた限りにおいて、〈メディカ・フォーテクス〉と第四工場における防衛戦力の割り振りは七対三か、下手をすると八対二といったところだ。郊外とは言え他の民間企業がひしめく前者と、第四工場以外なにもない後者とではそのくらいが妥当と言えよう。

「だが、おそらく社長は第四工場を守りたいんじゃないかな。ガード派遣の迅速さの裏にはそういう意味がある。……そんな気がする。これが裏目に出なければいいが」

「ほう。副長は何を心配しているのかね」

 背後からかけられた声に、ユッチは冷や汗を流す。

 なんだか、なし崩しにこのままクルーとして定着させられるのではないか、と。

 ひとまず顔色には出さず、答える。

「艦長。今回のゴラゾの行動がフェアリーテイルの意に添わぬものであることは間違いないのですが、そういう行動に出る以上、なんらかの切り札を持ち歩いている可能性が高いと考えます。そしてそれは、おそらく素人では止められない」

 マルケスを真っ直ぐ見据え、告げる。

「監視機構に、座標C・D・Y・5へ我々より先に到着できる艦はないでしょうか。正直、かなり不安なのですが」

「ふむ。このままいくと、たしかにガードの連中とエンカウントするのが先になるだろう。しかしそれから最大でも三十分以内、つまり今から九十分以内には我々も接触できるはずだ」

「しかし、万が一ガードの連中が数の優位に胡座をかき、手加減でもしようものならば……。その三十分で、全滅させられる可能性もないとは限りません」

 艦長は通信士を見遣り、超空間通信の命令を下す。

 暫くして、通信士が振り向いた。

「フリゲート艦ルルマッカが当該ポイントに最も近いです。しかし、到着は我々のさらに三十分後とのことです」

「艦長、協力を要請しましょう」

「げ。ルルマッカだと。バームド大佐か」

「……何か問題でも?」

「いや。ただ、少し暑苦しいお方でな」

 あなた以上にですか、というツッコミをなんとか飲み下した。

「ああ、悪かった。忘れてくれ。——協力を要請する。呼び出してくれ」

『ぐわははは! こちらルルマッカ。バームド大佐である。久し振りだな、マルケス。貴様が協力を求めてくるからには活きの良いネズミなんだろうな! わしが到着するまで、獲物は残しておいて貰えるんだろうな、ええ?』

 ああ、なるほど。

 ユッチはこっそりとこめかみを押さえたが、なんとか立ち直るとモニター正面に立った。

「お初にお目にかかります、バームド大佐。スタブスター副長、ユウイチ・サワヌマ大尉であります」

『おー、お前さんか! マルケスのお気に入りの!』

「は、身に余る光栄です。早速相談なのですが」

 ユッチは顔が引きつりそうになるのを努力して抑え込んだ。

 バームド大佐はマルケスより幾らか精悍で、幾つか歳上という印象の男だが、放っておくと話が長そうだ。これが超空間通信だということをわかっているのだろうか。

 早々に話の流れを引き寄せる。

「敵の目的地として有力なのは二か所。一つは座標C・D・Y・5の〈メディカ・フォーテクス〉、もう一つは座標C・C・X・4のフォーテクス第四工場です」

『ふむ。先ほどそちらの通信士が指定した座標は前者だったな。つまり、わしには〈メディカ・フォーテクス〉へ、お前さんたちは第四工場へ向かうというわけだな』

「ご明察です」

 理解が早い。意外だという思いが表情に出ないよう気をつけながら、ユッチは首肯した。

『指定座標にボンダリューのバブルバリアが見当たらねば、もう一方の座標へ向かう。それでよいな』

「は。よろしくお願いします」

 やはりベテランだ。本題に入れば無駄がない。


 通信を終えてすぐ、思念波を送る。

(シシナ。フィリスの様子はどうだ)

(本人は強がってたけどね。薬飲んだ後、今はランパータの魔法で眠っているわ)

 シシナからの返事はユッチにとって朗報とは言い難い内容だ。

(敵との接触まで九十分足らずだが、起こして参加させられそうか)

(正直に言うわ。無理よ)

(……そうか)

 Sクラス抜きでの作戦。敵の戦力によるとは言え、厳しい戦いとなる覚悟が要るだろう。

(魔力チャージ要員はどうだ)

(Bクラス一人、Cクラス三人ね。ランパータ、ミュウ、ツッキーを一回ずつ魔力満タンにするのが精一杯よ)

 腕組みし、ほんの束の間思案する。

(万が一艦の通常火力が通用しないと仮定した場合、全力戦闘のタイムリミットは長くて四十五分というところか)

(そんな感じよ)

 タブレット端末のロミュが報告を寄越したので、シシナとの念話を中断する。

『サワヌマ大尉。ボンダリューからの信号が途絶えました。トレーサーに気付かれた模様です』

「ちっ。やはり敵さんの中に相当腕の立つ魔法士がいるようだな。ゴラゾだけならまだ……、いや。楽観は良くないな」

 会話を聞きつけ、マルケスが声をかけた。

「いかに魔力クラスが高かろうと、その射程距離は艦砲射撃と比べたらごく短いのだろう?」

「そうですね……。少し慎重になりすぎていたかも知れません。そう、ロズィスの奴に目の前で転移魔法を使われてからというもの」

「うむ、敵戦力の評価ができておらんのだ。慎重さも必要だな。私はそれがいささか欠けておるからな、がっはっは!」

 大口を開けて笑うマルケスに苦笑気味の笑顔を返しつつ、ユッチは「戦う前に考え過ぎるのもよくないか」と自らを納得させた。

 瞑目し——決断する。


「スタブスター、目標座標C・C・X・4に固定。……多分、こちらが本命です」

「ほう。その根拠は?」

「ありません。勘です」

「がっはっは! 虚数空間の座標は実数空間の緯度や経度ほど確かなものではないからな。勘も航虚艦乗りには重要な要素だ」

「は。恐れ入ります」

 幾らか緊張を解き、モニターを見据えた。


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