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目的地変更

 ユッチのSEデバイスが青い光を放つ。

「——艦長。奴ら、進路を変更するようです」

 寒波に渡した名刺に埋め込んだトレーサーが、敵艦の進路変更を伝えてきたのだ。

「ロミュ、頼む」


 本来、トレーサーからの情報を解析するには魔法士が自身の魔力を使って行う。だが、ユッチはその大部分をロミュレイ——タブレットにインストールした複製の方——に任せることで、己の魔力消費を最小限に抑えていた。

 ちなみに、オリジナルと複製を区別するため、艦本体の人格コンピュータに話しかけるときは「ロミュレイ」、タブレットの複製に話しかけるときはミュウがつけた愛称に倣って「ロミュ」と呼ぶようにしたのである。


『敵艦バブルバリアの予測接続先、有力候補の変更を確認』

「最有力候補と到着までの所要時間だけ教えてくれ」

『目的地点の座標範囲、C・D・Y・5を中心とする半径六百キロ圏内です。到着まではおよそ十五時間』

 タブレットはコンソールに接続されており、ブリッジ内壁面パネルの一箇所に映像が表示される。

『当該範囲内の大型施設を照会。魔法管理局、ツェダーラ社ともに該当なし。フォーテクス社、該当あり。大型医療機器メーカー〈メディカ・フォーテクス〉、フォーテクス第四工場』

「ほう。ツェダーラ本社でも監視機構本部でもなく、フォーテクスか」

 映像を眺めつつ、マルケスが呟いた。

「もともとフォーテクス狙いなのか? だが、どのみち虚数空間から出してやるつもりはない。目的地がどこであれこちらがやることは同じだ」

「艦長の仰る通りですが、私としてはお耳に入れておきたい情報があります」

 マルケスはユッチの言葉に鷹揚に頷いた。

「私の先輩、もと遊撃班の日本人である鈴木裕而がフォーテクスにいます。彼はゴラゾと名乗る前のガスタフと面識があります。そしてゴラゾが今回の行動を起こす前、両者が日本で会っていた可能性がある、と思っています」

 マルケスは腕組みし、次いで片手を顎に添えた。

「そう言えば、ゴラゾは日本を出る直前に何やら破壊活動を行ったと言っていたね。そのスズキとやらと敵対関係にあるということかな」

「さあ、実際に敵対しているかどうか確認がとれているわけではありません。そもそも、私はユウジ先輩も怪しいと見ています。あまり信じたくはないのですが、ゴラゾも先輩もフェアリーテイルと通じているのではないかと。まあ、現段階で推論に推論を重ねるのは意味がないとは思いますが」

「ふむ」

 マルケスはしばらく顎を撫でた後、視線を艦長席のコンソールに向けた。

「ところでロミュレイ、その第四工場での生産品目はわかるか」

『はい艦長。車椅子、義手、義足。そして、人体パーツを生産しています』

 ユッチは眉尻を吊り上げる。


 仮にゴラゾがこちらの追撃を逃れ、第四工場を占拠もしくは壊滅させる事態が起きたとしても、ただちにミュウやツッキーのメンテナンス用パーツの入手先がなくなる心配はあるまい。

 しかし、ブラックボックスとなっているコアテクノロジー——人体パーツ用魔力充電技術——のことを考えると、純正部品の物流に影響を与えかねない事態については未然に防いでおきたいところだ。

(近いうちに私が必ずそのブラックボックスを解き明かしてみせますよ)

(期待しているよ、ロミュ)


 もちろんゴラゾを逃がすつもりなど全くない。だが、彼らの戦力評価は援軍の有無を含めてろくにできておらず、未知数である。残念ながら、現時点では絶対に逃亡を阻止できるとは言い切れないのだ。

「艦長、〈メディカ・フォーテクス〉と第四工場への超空間通信は可能ですか。万が一ボンダリューが足を止めることなくこちらを振り切った場合、わずか十五時間の猶予では操業を止めて従業員を避難させるのは難しいかも知れません。しかし、次善策としての自衛手段だけでも用意してもらうように進言すべきかと」

「そうだな。こう言っては何だが、フェアリーテイルは犯罪ビジネスによって利益を追求する営利組織だ。裏側こそ暴力に満ちているが、表立ってテロ活動を行うような連中ではない。しかし、その首輪を引き千切った野良犬は別だ。形振り構わぬ行動に出るかも知れん。早速手配しよう」


 通信士に命令する艦長の声を聞きながら、ユッチは思念波を飛ばす。

(シシナ、そちらはどうだ)

(前回は船室に引きこもっていたからわからなかったけど、パイロットたちはみんないい腕してるわよ。あたしが乗せてもらっている機体から一キロ以内の距離を保ちつつ、それぞれの指定ポイントまで最短コースで移動してくれている。お陰様で、あたしからの指示は途切れることなく全員に届いているわ。この分なら予定より早く済みそうよ)

 ユッチ班の副班長以下五名は今、艦載機に乗り込んでいる。スタブスターの艦載機はアルタライとバルフォシスの二機種。そのいずれも複座だが、滅多に使われることのない後部座席を第一遊撃班の面々が温めているのだ。

(パイロットはいいのよ、パイロットは)

(なんだ。ミュウかツッキーに問題があるのか?)

 人体パーツの高機動モードをオンにすれば魔力クラスがワンランク上がるとは言え、それでもフィリスやランパータに及ばない二人だ。今、彼女らにやってもらっている作業は魔力をそこそこ消費するものなのだ。


 ミュウとツッキーは人体パーツによる高機動モードの活動限界を延ばすため、試行錯誤してきた。その過程で、内部プログラムに高機動モードの使用を一日一回に限定する回数制限がかけられていることに気付いたのである。

 そこで、ロミュの力を借りてプログラムに改良を施し、高機動モードの最中であっても彼女らの意志で任意回数のオン・オフができるようにしたのだ。

 ちなみに凝り性のロミュは、高機動モードの残り時間を確認できる仕掛けを施した。ツッキーには視界の隅にインジケータが表示されるように、ミュウには彼女自身にしか聞こえない思念波アラートが鳴るように。そのように設定した理由は、下手に周囲に聞こえるように設定してしまうと、敵にも活動限界を教えてしまうことになりかねないからだ。

 準備作業のための出撃からそろそろ三十分が経過する。あの二人のことだ、活動限界が来ているというのにがんばってしまったのではないだろうか。


 ——やはり不自然にAクラス相当の魔力を引き出されている二人にとって、この作業はきついのに違いない。艦長に無理を言ってでも自分が出るべきだったか。


 後悔の念にとらわれかけたユッチに、シシナからのテレパシーが届く。

(違うわよ。その二人じゃない)

 明確に思念波として飛ばしたつもりはないが、シシナには伝わってしまったようだ。

(当たり前じゃない。妹なんだから)

 では、赤髪の女性に問題が起きたのだろうか。特に体調の悪い部分は見受けられなかったが、ゴラゾへの復讐の念から普段とコンディションが違うことも考えられる。そのあたり、班長として配慮不足だったかもしれない。

(それも不正解。フィリスよ)

(なにっ)

 よりによって班のエースたるSクラスにトラブルが。思わず腰を浮かした。

(彼女、ジェットコースターとか苦手なタイプだったみたいなの)

(……は?)

 ここは虚数空間の中だ。しかし、バブルバリアに守られた空間である。バリア内は疑似実数空間であり、戦闘機の機動においては相応のGがかかる。

 Sクラスである銀髪少女には、他の三人より多目に作業をこなしてもらっていた。つまり——

(酔っちゃった、みたいなの)

(呼び戻せ。俺と交替だ)

(ユッチ班長、フィリスです。自分なら平気であります)

 当の部下から思念が届く。シシナが中継したのだ。どうやら(説得できるならしてみなさいよ)というところか。シシナとしても、とっくに交替を進言したのに違いない。

(あと二往復で完成するであります。最後まで任せて欲しいであります)

(……わかった)

 ユッチとしても、無駄な説得に時間を割くの愚は犯さない。彼の口許にははっきりと苦笑が刻まれていた。

(だがフィリス。日本語が普段にも増しておかしくなっているぞ。ここは日本じゃないんだ、無理に日本語を遣わなくていい。それよりもスタブスターのクルーとの情報共有を考えて、普段からセクダーン語で思考する癖をつけておけ)

(了解)

 やけに素直である。やはり、銀髪少女の乗り物酔いは深刻であるようだ。


(ひゃっほーい! ヨスガダ曹長、操縦最高っすよ!)

(これは、思った以上に楽しい任務ですわね)

 茶髪ツーサイドアップと黒髪ポニーテールの部下たちだ。シシナは律儀にも彼女らの思念も中継してきた。

 どうやら、実際に声に出して言っていそうな雰囲気だ。

(この強烈なGが楽しい、だと。貴様たち、そんな華奢な身体つきなのに。シシナもだ。……どうやら鍛え直す必要があるのは、私とフィリスのようだな)

 ユッチは軽くこめかみを押さえた。

「艦長。乗り物酔いに効く薬、ありますか?」

「なんだねサワヌマ大尉。海上を航行しているわけでもないのに、酔ったとでも言うのかね」

「私ではありません。うちの跳ねっ返りがね……」

 フィリスの症状の程度によっては、作戦計画の練り直しが必要になるかも知れない。

 ミュウとツッキーは元気とは言え、活動限界の半分くらいまでは魔力を消費してしまっているはずだ。

「仮に敵さんが降伏せず、ボンダリューと『殴り合い』になるようであれば、遊撃班だけでは魔法士が足りなくなるかも知れません。この艦、Bクラス以上の魔法士は何人いますか?」

「医療班のリンダがBクラスで、SEデバイスも持っている。だが彼女は回復魔法しか使えないのでその系統のSMAPテーブルしかインストールしていないよ。そもそも、Bクラス以上のほとんどは遊撃班かテロ対応班にとられ——うおっほん——、志願するのが現状だからなぁ。魔法士は彼女以外にも数人いるが、みんなCクラス以下だ」

 ユッチは少し思案してから決断した。

「ではCクラス以上を全員集めてください。リンダも例外ではありません。『殴り合い』の際には少し手伝ってもらうこともあるかと思います」

 物憂げな顔をして言う。

「…………うむ」

 ほんの一瞬ではあるが、マルケスの眉間にも躊躇の縦皺が現れた。

「いや、君の権限で我がクルーを好きなだけ動員してくれたまえ。全面的に協力させてもらう」

「はい。……あ、別に艦載機で出撃しろと言うわけではありません。あくまでも艦内からのサポート要員としてお願いしたいことがあるだけです」

「そうか」

 明らかにほっとした顔を見せるマルケス。

 ユッチは思わず苦笑を漏らすが、指揮官にしては正直なその様子に好感を持つのだった。

「ゴラゾはキュラムス中佐を殺害した強力な魔法士です。奴の部下にも強力な魔法士がいるかも知れません。……そこで」

 言いよどむユッチを、マルケスが促した。

「我がクルーに含まれる魔法士のうち、まともにSEデバイスを使ったことがあるのはリンダだけだ。戦えというのでなければどんな協力でもさせるし、おそらく彼ら自身が喜んでそうすることだろう。そう、例えば血を吸わせてくれ、という頼みであったとしても」

「それを聞いてほっとしました」

「まさか本当に!?」

 驚くマルケスに対し、ユッチはわずかに顔を俯けて目元に陰影を落とす。

「ふふふ」

「………………」

「………………。えーと、その」

「ははは。困っておる、困っておる。解っているよ、魔力のチャージを頼みたいのだろう。我がクルーは魔法を使う機会がほぼないのだ、マギ・アウト直前まで搾り取ってもらって構わんよ」

 ふと見回すと、ブリッジクルーの生暖かい視線に囲まれていた。どうやら艦長の方が一枚上手だったようだ。

「……参りました。艦長の仰る通りです。魔力チャージの件、お世話になります」

「もう、艦長ったら負けず嫌いなんですから」

 通信士の一言により、生暖かい視線は艦長に対するものだと知れた。


 通信士席のコンソールに光が灯る。すると、たった今艦長に話しかけていた女性は、まるで背中に目でもついているかのような正確さかつ機敏な動作で己の席へと飛びついた。

 ブリッジ内にアラームが鳴り、瞬時にブリッジクルーの緊張が高まる。

「副長、超空間通信です。発信元、フォーテクス本社より。メインモニターに繋げます」

「お、俺!? ああ、そういうことか」

 いきなり通信士に呼びかけられて面食らったユッチだったが、すぐに事情を察してメインモニターに向き直った。

『スタブスターの皆様、お初にお目にかかります。フォーテクスの社長、エルリック・フォーテクスです。先程は犯罪者ゴラゾ・ボンヨーラの情報をご提供いただき感謝いたします』

「初めまして。大変申し訳ないことですが、このような平文の通信には艦長が応じるわけにはいきません」

 相手の容姿を見てなるほど、と胸中で納得する。年齢は四十代前半のはずだがそれより十は若く見える。金髪とグリーンの瞳、すっと通った鼻筋。その整った容貌は確かにアイリスに受け継がれている。

 ただし、彼の眼光は猛禽のそれだ。油断できない。モニターを睨みつけないように気をつけながら、ユッチは気を引き締めるのだった。

「代わりに私、副長のユウイチ・サワヌマ大尉が受け答えさせていただきます」

『おお! あなたが! 娘がいつも言っていたユッチさんですか!』

「え……えっ? アイリス……さんが俺のことを。いつも?」

『いつのまにやら大尉さんに。なるほど、悪い虫が付く前にと思って動いてきましたが、どうやら余計な心配だったようです。娘の目は確かだったということですな。……ふふ、失礼しました。さて』

 エルリックは幾分雰囲気を和らげると要件を伝え始めた。

 アイリスがどう言っていたのか知りたい。エルリックが一体何をどう心配していたのか知りたい。その思いを苦労して飲み込み、ユッチは聞き役に徹する。

『我々と致しましては、今後とも監視機構の皆様に最大限のご協力をお約束します。そのためにも、私設艦隊の出撃を決定いたしました。もちろん、これは監視機構本部に進言済みでござます』

「私設……艦隊ですって?」

「艦長! 本部より通信です」

 ユッチとほぼ同じタイミングで通信士が声を張る。その報告を受け、メインモニターから死角となる艦長席コンソールの陰で、艦長が抑えた声で受け応えをし始めた。

 そちらの様子には関心を払わず、エルリックはユッチを相手に話し続けている。

『左様。大尉殿はお聞きになったことはありませんかな? 我が艦隊の名は——』

「フォーテクス・ガード!」

 記憶に埋れていた単語だ。脳裏に閃くと同時に口から衝いて出た。

 自慢げに頷くエルリックを眺めつつ、内心では苦虫を噛み潰す気分を味わっていた。

 艦隊と言っても乗組員はろくに訓練を受けたかどうかさえ怪しい民間人なのだ。できることなら即座に断りたい。

 だが、そんなわけにはいかないであろうことを半ば確信していた。それを証明する艦長の大声が、背後で張り上げられるのだった。

「——拝命いたしました! スタブスター、十時間後にフォーテクス・ガード四隻とエンゲージ。これと連携の上、指名手配犯ガスタフ・ラモーンズ、別名ゴラゾ・ボンヨーラの身柄確保の任につきます。なお、身柄確保が難しい場合は航虚艦ボンダリューの撃沈をもって任務完了と致します!」

 素人との連携作戦。しかも事前の合同訓練なしのぶっつけ本番。


「艦長。誠に申し訳ないことですが、本部には作戦を成功させるつもりがないのではないかと疑いたくなります」

 フォーテクス本社、および監視機構本部との通信が終了して間も無く、ユッチはそう零した。

「なんの。航虚艦乗りたるもの、命をかけて不可能を可能にしてこそ一人前というものよ。サワヌマ大尉。君にはその素質が充分にある」

 そんな持ち上げ方をされたところで、ユッチの表情が晴れることはない。

(認めたくはないがその素質、ゴラゾの奴も充分に持っているんじゃないのか)

「タイミング的に微妙です。下手をすると我々よりも先にボンダリューとフォーテクス・ガードがエンカウントしてしまう。艦長、なんとしてもガードの連中より先にボンダリューを捕捉しましょう!」

 敵は戦闘のプロだ。艦隊とは言え民間人に抑え切れる相手ではなかろう。

「ほう、民間人に手柄を立てさせるつもりはない、か。流石はサワヌマ大尉だ、がっはっは。

 スタブスター、推力全開。両舷全速!」

 ——そんなことを言っている場合か。

 ここに来て、能天気な艦長に対して軽く苛立ちを覚えた。

 仮にボンダリューの行く手を阻むのが監視機構の大艦隊であれば、ゴラゾとしては降伏も考えることだろう。

 しかし、民間の艦が四隻というのは微妙だ。せめて乗組員たちが警官くずれか、いっそのこと犯罪組織上がりでもいい。撃つことを躊躇う連中でないことを祈る。

(そうでなければ——)

 全艦撃沈。その四文字は脳内でも言語化しないように気を付けるのだった。

「とにかく急ぎましょう」

 ユッチの焦りは募る一方である。

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