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はぐれ者の矜持

 禿頭の男はサングラスを外し、一同を見回した。

 立っているのは彼ひとりで、彼以外の五人の男女は思い思いの格好で座席に座っている。その中には寒波の姿もあった。


「すまん、みんな。俺の見通しが甘かった」

 立っている男、ゴラゾは巨体を折り曲げた。

「謝らなくていいからよ、これからどうするか決めてくんねえ?」

 くちゃくちゃとガムを噛んでいるのは、固めて尖らせた髪をツンツンに逆立てた髪型の男。黒髪の一部を紫に染めている。

「そうですね、ボゴヤ。わたしも時間の無駄だと思います」

 眼鏡をかけて無表情に端末を操作しているのは、ゆるくウェーブのかかった亜麻色の髪を胸元に垂らした女だ。落ち着きがあるので二十歳を超えている雰囲気だが、化粧っ気のない顔面の瑞々しさは十代のそれである。

「おう、タシク。珍しく同意見じゃねえか」

 タシクと呼ばれた女は端末から目を離さない。嬉しそうに話しかけるツンツン頭のボゴヤを黙殺する彼女は、先に自分から話しかけたことさえ意識から閉め出してしまっているかのようだ。


「ボクはロボットに乗れればなんでもいいよ。ねえサムナミ、残り八時間もあれば作れるって言ったよね。早く作ってよ。今すぐにでも乗りたいんだ」

 元気よく発言したのは背の低い人物。この中では最年少だと思われる。おかっぱの髪型を緑に染め、ナチュラルメイクを施している。程よく整ってはいるものの、その童顔は十代半ば、あるいはもっと下という印象だ。ちなみに姿勢良く胸を張っているが、完全にフラットである。

「気持ちは判るけどね」

 緑髪に応えたのは中年男性だ。小肥りで二重顎、眠たげな瞼をしており、人当たりのよい笑顔を浮かべている。もとエターナル・チルドレン研究員の寒波である。

「プリシラがトルーパー建造作業のうち自動化できる部分は全部面倒見てくれてるから。でもその前に」

 両方の掌を開いた寒波は元気すぎる相手を押し止めるようなジェスチャーをして見せた。

「わかっているのかい、パウラ? トルーパーに乗るということは、監視機構と全面的に対決するということなんだよ」

「うんわかってるわかって——」

「ないよね」


 そんな一同の様子をゆっくりと見回した後、ゴラゾは再び口を開いた。

「ツェダーラにはフェアリーテイルと喧嘩する意志がないようだ。我々は完全に孤立した。俺の読み間違いだ」

「正直に言いなさいよ」

 黒髪ショートの女、ルーシーは不機嫌にゴラゾを睨み付けている。

 彼女がコンタクトを取ろうとしたツェダーラ関係者の連絡先は番号契約が解除されており、やむを得ず当該関係者の上司にあたる人物に連絡をしたのだ。しかし、上司はあろうことかイタズラ電話と決めつけ、「もしあなたの言っていることが真実なら自首を勧める」とまで言い放った。

 おそらく、ルーシーや寒波が産業スパイとして潜伏してきた数年間の間に状況が変わったのだろう。たとえ非合法活動をしてでもフェアリーテイルから情報を盗み出そうと画策したツェダーラの関係者は失脚したのに違いない。

 これにより、彼女たちの数年間は全否定されてしまったのである。

「思ってるんでしょ、あたしと寒波のせいだって」

「決定を下したのは俺だ。どのみち、日本支部に留まっていても状況は変わらない。俺たちは遅かれ早かれロズィスから切り捨てられる運命だった」

 いったん言葉を切り、ゴラゾはルーシーから視線を逸らしてタブレット端末を手に取った。


「そこで、みんなに意志を訊ねる」

 タブレットの画面を全員に示しつつ穏やかな声で告げる。

「希望者には全財産のうち八分の一を与える。それを持って俺のもとを去るがいい。

 ちなみに、知っての通りバウハウス姉妹、クセニアとヤスミーネの二人は乗艦していない。ボンダリューに乗る前にあいつらから言ってきたのでな。従ってここに表示された財産のうち四分の一は、先に彼女らに与えてある」

 真っ先に画面を覗き込んだボゴヤが気軽に声をあげた。

 画面には現金の金額や貴金属のリストを筆頭に、金目になりそうな資産のリストについて、それこそ土地の権利書から武器に至るまで様々なものが表形式で表示されている。グレーアウトした項目がいくつかあるが、それは件の姉妹に分与したものであろう。

「へえ、やっぱりあいつらマジで抜けたのか。お、SEデバイス持っていったんだな。フェアリーテイルの庇護もないのに魔法犯罪を続けるとは、そこそこイカれたチャレンジャーだな」

 くちゃくちゃとガムを噛む音をたてながら嘲笑する。

「ボゴヤさん、残念ながらその立場、今の我々と一切変わらないと思います。……ええ、こうなったのも半分以上は私の責任ですけれど」

「はっはー、辛気臭え顔すんなってサムナミぃ! やつらはそこそこ。俺らはサイコーにイカれたチャレンジャーだぜぃ!」

「一緒にしないでほしいものです」

 タシクはキーボードを叩く手を止めずに呟いた。無表情ながら、若干不満げに頬が膨らんでいるようにも見える。


「……さてみんな、どうする。お前たち五人をギファールに転移させるくらいの魔力は持っているぞ。悪いが決断のタイムリミットはスタブスターに追いつかれるまでだ。最短であれば、今からおよそ——」

 ゴラゾは改めて一人一人の意志を確かめるようにゆっくりと見回した。

「十時間というところだろう。今の俺と行動を共にするのは自殺行為、いや。自殺そのものだと言うべきかもしれん」

「別にいいんじゃねえの? ここにいる連中だって軽く事情を聞いた上で乗艦してんだからよぉ」

 ボゴヤは噛んでいたガムを包み紙にくるみながらぼそりと呟いた。鋭い視線を画面ではなくゴラゾに向けているが、その口元は笑みの形に歪んでいる。

「俺らハミダシ者、世界を救おうだのなんだのと、アブない思想は持ってねえ。だが、平穏無事に暮らそうだなんてもっと考えられねえ」

「そうですね」

 もとよりタブレットには関心を示さず、端末から両手と視線を離すことのない眼鏡の女——タシクが同調する。

「ロズィスのおじさまに楯突く日が来るなんて先週までは考えもしませんでしたけれど、これはこれで興奮しますわ」

 口調の抑揚も表情も乏しいが、よく見ると頬にうっすら朱が差しており、唇の端も心持ち吊り上がっているようだ。

「存分に暴れまわって、それでも命があったらまた楽しく悪さをしたいと思います」


 緑髪のパウラは軽く握った拳を顎のそばに寄せ、両目を閉じる間際まで細めて満面に笑みを浮かべている。

「早く暴れさせてよ。ボク、片っ端から消し飛ばしちゃうから。ボゴヤもタシクももっとテンションあげあげで行こうよぉ。このボクがいる限り、死ぬのはいつだってこっちに牙を剝いた奴らの方なんだからねぇっ」

「はっはー。パウラはちんちくりんのくせにマシンを扱わせたら天才だもんなぁ。そんじゃ俺も今から命の心配するのなんかやめだ。お前の背中に隠れて、敵さんに厭らしいちょっかいをかける役目に専念させてもらうぜぇ」

「うんうん、ボゴヤ。でもあんまりはしゃぎ回ったら、うっかり敵ごと潰しちゃうかもぉ。そうなったらゴメンしてねっ」

「笑えねえ冗談だけどよ、ボゴヤさまは器がでかいから笑ってやるぜぇ」

「んん? 本気だよ。トルーパーの動かし方はマニュアルで読んだけど、実戦での加減とかわかんないしぃ。でも武器いっこいっこの火力すんごいからボクの目の端あたりでうろちょろしてたら溶けちゃうと思うよぉん」

「おいおいおい。語尾に音符マークでもくっつけそうな可愛らしい声で言う内容かよそれ。でも気分いいから笑うぜ、へへへっ」

 タシクが端末から手と視線を離していた。軽くこめかみに手を当てつつゴラゾに身体の正面を向ける。

「ゴラゾ。あたしたちは社会にもフェアリーテイルにも従った覚えはありません。自分の命? 知ったことではありません。ただあなたに従っているのです。それをお忘れなく」

「…………」

 彼らの言葉を聞いた後もゴラゾの表情は冴えない。


 無言のゴラゾにちらと視線を投げたルーシーは、場の一同に向けて発言した。

「この中にはギファールに家族を置いてきた人もいるわよね。リエイルに大切な人がいるメンバーは……」

 寒波に視線を向けてみて、すぐに頭を振る。

「いないわね。とにかく。今の——いえ、今後のゴラゾにはボンダリューに乗っていない人の面倒まで見る余裕はないわよ」

 こんな時でもルーシーの声はどこか甘ったるい。

 誰かが座り直したか、椅子ががたりと音を立てた。

「あのよ、(ねえ)さん」

 一同を代表するかのようにルーシーに答えたのはボゴヤだ。

「俺ら悪者だぜ、悪者。家族も大概なんらかの悪事に手を染めた連中だ。家族を守る? んなこと知るか。奴らは奴らの責任で生きていきゃあいいんだよ」

 ゴラゾはいったん目を閉じると「ありがとう」と呟く。

「まあ、今回に限っては悪事かどうかわからないけれどもね」

 そう言ってゴラゾを見上げたルーシーは片目をつぶってみせる。

「悪事だ。いろいろ麻痺しているだろうが、どう考えても俺たちの行動が善だったり正義だったりした試しはない。少なくとも社会の秩序からはみだしている」

 ——それが決定的となったのは、キュラムス中佐を殺した日——、監視機構に背を向けたあの日だ。

 ルーシーはゴラゾが言葉にしなかった部分まで見透かすような視線を向けていた。しかし何も言い返さない。ただ笑みを深め、目を細めただけだった。眉を八の字型に吊り上げた彼女の笑顔はどこか蠱惑的とさえ言える。


 ゴラゾは外していたサングラスをかけた。

 ——俺達は悪者。それ以外の何者でもない。

「手に入れた力を一秒でも長く振るう。それ以外のことは考えなくていい」

 口許に不敵な笑みを浮かべたゴラゾからは、一切の逡巡が感じられなくなっていた。

「よし、派手にいくぞ」

「おー!」「そうするしかないね」「はい、いきましょう」「あいよ」「うふっ」

 ゴラゾの声を合図に、それぞれのテンションで全員が腕を掲げる。

 

 ここはフリゲート艦ボンダリューのブリッジ。

「フリゲート艦ボンダリュー、推力全開。目標、フォーテクス社第四工場」

『了解。ボンダリュー、推力全開。座標C・C・X・4、フォーテクス社第四工場を目指します』

 女性の声を模した人格コンピュータ、プリシラがゴラゾの命令を復唱した。

 そんな遣り取りに興味がないのか、タシクは再び目の前の端末に没頭している。打鍵する指の力が若干勢いを増したようだ。

 パウラは明るい声ではしゃぎ、まとわりつかれた寒波は苦笑している。

 ボゴヤは座席に深く身を預けて足を組み、寛いだ表情で目を閉じている。

「第四? 人体パーツの?」

 ゴラゾとプリシラの遣り取りを聞いていたルーシーが小首を傾げる。それに対し、禿頭の大男は頷いて見せた。

「うむ。みんなは目の前のことだけ考えていればいい。だが俺には責任があるからな。先のことも多少は考えて——」

「ゴラゾ。いま目的地を聞いてみて、一つ思い出したことがあります」

「ほう、何だ」

「あたし、まだ社会に従っているフリをしていた時、ちょっとしたコネになりそうな友達がいました。向こうがまだそう思ってくれているかどうかはわかりませんけれどもね。そのコネがまだ有効かどうか、試してみたいのですが」

 ゴラゾはさほど考え込む様子を見せずに頷いた。

「よかろう。それで、そのコネにあたる人物の名前は?」

「アイリス。アイリス・フォーテクスといいます」


 艦のエンジンであるイマジナリー・リアクターがフル稼働を始めると、それは艦体を伝わってブリッジ内に一瞬だけ轟音を響かせた。

 フリゲート艦ボンダリュー。艦体左右に丸い翼のような張り出し部分があり、そのせいで見る者に平べったい飛行物体であるかのような印象を与えている。加えて、艦尾から真っ直ぐに伸びる細い尻尾のような突起により、全体のシルエットは海中生物のエイさながらだ。

 リアクターが生み出すエネルギーは巨大エイの身体を七色に光らせて、虚数空間の深淵へと突き進んで行く。


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