組織再編
テーブルを囲む人数がひとり増えただけで印象がかなり変わる。ユッチたちの夕食はいつにも増して賑やかだった。
「ふむ。鶏肉に野菜か。美味しい鍋料理だった。味だけでなく目でも楽しませてもらったよ」
ランパータは場の全員に向けてそう言った。彼女の隣は銀髪ツインテール少女が陣取り、先程まで甲斐甲斐しく赤毛の女性に鍋の中身を取り分ける給仕の役割を務めていた。
やや困惑顔で「自分でできる」というランパータに対し、ユッチは「それが鍋の作法だ」と告げて面白がる一幕があった。
その途端目を輝かせたミュウが彼の隣に移動して給仕を始めるや、なぜかツッキーも反対側の隣に移動して控え目に世話をする始末。
結果として食べ過ぎる羽目になったユッチは、若干の後悔と共に腹をさすっていた。
「食事に招かれた時にはいつも思っていたが、君たち第二班の料理へのこだわりには脱帽の一語に尽きるね」
その褒め言葉に、ユッチが応じた。
「俺に言わせりゃ君たち第一班は食べ物へのこだわりが淡泊すぎて理解に苦しむよ。もっと食うことを楽しもうぜ」
困ったような笑顔を浮かべるランパータを気遣うかのように、ツッキーがすかさず言葉を挟む。
「それにしてもびっくりしました。佐々木支部長から連絡をいただいたのは今朝でして、ユッチ先輩に報告しようとした矢先にはもうお家の前にいらしてたので」
「うむ」
ユッチは心なしか強めの視線を赤毛の女性に向ける。
「向こうではイマジナリーネットという新装備が採用されたそうだが。メーカーはツェダーラか?」
「……フォーテクスだ。動物医療の分野で使われている猛獣用麻酔をIM向けに応用した技術らしい。この技術情報は局に開示されている」
フォーテクスの件はこの場の全員に聞かせても良いのか。そんな意図を込めた視線をシシナに向ける。
「いいわよ、ランパータ。ユッチ班に秘密はないわ」
以心伝心というべきか。ギファールで四年近く同じ班にいた赤毛と白猫にとって、ある程度の意思疎通はテレパシーに頼る必要もないようだ。
「フォーテクスのシェアは急速に伸びている。局内の災害対応班やテロ対応班には魔法士でない者も配属されているが、彼らが身に着けるプロテクションスーツについても新たにフォーテクス製のものを採用するらしい」
「魔法管理局の――ことに監視機構の意志決定の柔軟さ、迅速さについては納得するが」
そう言ってユッチは眉間に皺を寄せる。
「こうもあからさまだとね。賄賂を勘繰りたくなるのは俺だけじゃないだろう?」
『サワヌマ班長、そのことについて、私からもお耳に入れておきたいことが』
「だ、誰だっ!?」
タブレットから聞こえてきた男の声に、ランパータが身構える。
「ロミュ――ロミュレイっすよ、キュラムス少尉。俺たちのチームのエンジニアっす」
「スタブスターの対人インターフェイスだよ」
タブレットを顔の高さに掲げたミュウが簡単に紹介し、すかさずユッチが補足する。
『正確にはそのコピーですがね。二十四時間ごとに、艦にいる私のオリジナルとは連絡を取り合っています』
「そ、そうか。はじめまして、ロミュレイ。……おい、ユッチ」
「気にするな。ロミュレイも家族だ。余計なことはマルケス艦長にも言わない」
『家族……。その概念を、完全には理解しておりません。ですが、私はサワヌマ中尉や、皆さんと言葉を交わすことのできる場所にいたいと思っています』
目を丸くするランパータを放置し、ユッチはタブレットへ顔を向けた。
「話を戻すぞ。『耳に入れておきたいこと』って何だ」
『はい。リエイル側の動物や昆虫の姿をしたIMを、ロズィスが使役していたという報告をサワヌマ中尉がなさいましたよね。イマジナリーネットの採用はそれを受けてのものです』
「うむ。捕獲して詳しく調べるために導入された。我が第一班でも運用したのだが、結論から言えば空振りだ。IMの奴ら、捕獲してから十分と経たぬうちに消滅してしまうのだ」
ランパータの言葉を聞き、ユッチは腕組みした。
「ロズィスとは一度やり合っただけだが、抜け目のない野郎だった。どんな方法でIMを使役していやがるのか知りたいところだが、そう簡単に手がかりを残したりはしないだろう。それよりも」
鋭く細めた視線をランパータに向ける。
「ああ。君の報告から採用決定まで、いくらなんでも速すぎる。まるで予め用意していたとでも言うような。ただ、表立って汚職を勘ぐる者はいない。イマジナリーネットはA+クラスまで有効との触れ込みだったが、ごく短時間ならSクラスでも足止めさせられることが証明された。これまで難敵だったSクラスでも、ネットで捕まえて集中攻撃という戦法が加わったことで、現場としては歓迎ムードなのだ」
「ふむ。面白くはないが、そういうことなら騒ぎ立てする必要もないか」
そう言って目を閉じる。
すぐに片目を開けると、ランパータを見た。
「で、だ。俺たちへの戦力増強については、選択肢は幾つかあったと思うのだが。配属されたばかりの新人を他班に預けてまで、第一班の班長自らお出ましの理由を聞こうか」
ランパータは頷くと、覚悟を決めたように息を吸った。
「ユーイチ・サワヌマ中尉。監視機構の最優先命令を伝えます。
ガスタフ・ラモーンズを逮捕せよ。抵抗する場合は殺害を許可する」
「…………」
「続けて辞令を伝えます。
ユーイチ・サワヌマ中尉を大尉に任ずる。遊撃第一班は解散。新たに第一班として、サワヌマ大尉を班長に任ずる。
ランパータ・キュラムス少尉を第一班副班長に任ずる。
シシナ曹長、ミュウ・カキザキ軍曹、サツキ・ヒョードー軍曹およびフィリス・ウィルソン伍長を第一班班員に任ずる」
長い沈黙を経て、ようやくユッチが口を開く。
「えーと。質問したいことだらけなんだが、まずは任務の件だ。ガスタフって言えば、ランパータの親父さんを殺した、元監視機構の魔法士だろ」
フィリスが弾かれたように元師匠の顔を見上げる。監視機構関係者の間では有名なこの事件、知らなかったのは銀髪少女だけだ。
「そうだ」
ランパータは平静な声音で応える。
「居所がわかったのか」
「今はゴラゾ・ボンヨーラと名乗り、日本のどこかに潜伏している。先日、君たちが乗ったスタブスターを襲撃したのは、奴の部下だ」
「やけに断定的だが、信用できる筋からの情報か」
「諜報班の仕事だ」
諜報班は、監視機構の公式な組織図に記載されておらず、所属する班員の氏名も公開されていない。彼らに命令できるのは魔法管理局局長ほか限られた幹部のみだが、班の存在そのものは公然の秘密となっていた。
「なら、情報は信用できるな。……ランパータ。お前、班長の職を辞してでもガスタフの件に携わりたかったんだな。局長に直談判でもしたのか」
「その通りだ。私怨がないと言えば嘘になる。だが問答無用で殺したいわけじゃないし、ユッチの命令には絶対に従う。だから、参加させてほしい」
頭を下げるランパータに対し、ユッチは首を左右に振った。
「……断るとでも思ったか? よろしく頼む」
しかし、彼は口をへの字にしている。ところで、と前置きしてから重い口を開く。
「俺たちの所属はあくまでギファール本部だ。リエイルでの任務はそう多くない。それにもかかわらず、だ。こちらに家族も国籍もあるフィリスを所属させるのはどうなんだ。まだ義務教育も終えていないだろう」
そう言いながら銀髪少女に視線を向けると、彼女は強い視線とともに勝気な笑顔で見返してきた。
「ご心配なく、ユッチ殿。父はあなたに、『娘をよろしく』と頼んだはずです」
「おい待て。すると、フィリスと親父さんは今回の辞令、先に知ってたというのか」
それにはランパータが答えた。
「フィリスの父君にはササキ支部長から話があったようだ。フィリスにはこの家の前で会った時、私から伝えた」
「…………まあいいけどさ。そういうの、なるべく外で言わないでくれるかな。誰に聞かれたからって大して困る事態にはならんとは思うけど」
「心得た、大尉殿」
「…………」
ユッチはしばらく頭を抱えてから、ようやくランパータに訊いた。なぜ中尉になって間もないこのタイミングで再び昇進なのか、と。
「スタブスター艦長のマルケス中佐からの強い推薦があったと聞いている。中佐の兄君はツェダーラ本社の重役でな。そういうこともあって、中佐という階級に関わらず発言力が強いのだ」
一つ溜息を吐くと、半目で虚空を見上げる。
「勘弁してくれ。俺のメンタル、鋼鉄製じゃないんだぜ。マルガンの嫉妬の視線を何とも感じないでいられるわけじゃねえし」
「うむ。中佐としても筋は通すつもりらしい。昇進の条件として、士官研修の名目で二週間、スタブスター勤務を経験して欲しいと仰っていた。研修時期は応相談とのことだ」
「諦めの悪い人だな……。中佐には艦隊勤務しないって言ったんだがな」
ランパータは曖昧に微笑んだ。
「そこそこ強引な方ではあるが、身勝手というわけでもない。ユッチ本人が希望しない限り、異動はないと仰っていたよ」
「ふむ。決まったことをああだこうだ言っても仕方ないな。今後のことを考えよう。ガスタフについての情報、他には何かないのか」
ランパータはこれに頷くと、自らの鞄から小さなスティック状のものを取り出した。リエイル側のパソコンで再生可能なメモリだ。
「確認された行動範囲、関係者と思しき人間。携行していると思われるSEデバイスのメーカー及び型番についての予想。その他数十項目の調査内容が記録されている」
メモリをノートパソコンに刺すと、ユッチは画面を高速でスクロールさせてゆく。
「うーん。さすがにガスタフ本人の出没記録はないようだな。地道な捜査が必要か。佐々木支部長に無理言って、多少人員を割いてもらうか」
横から覗き込んでいたミュウが声を上げる。
「ん? なあ、ユッチ先輩。これ。この画像。拡大できる?」
言われた通りに操作する。なんの変哲もない雑居ビルだ。しかし、窓の一つに書かれた文字が注意を引く。
「なんだこれ。ルーフ商会? ルーフ……、ロズィス・ルーフ。ははは、まさかな」
『是非調査すべきです。ご命令を、サワヌマ大尉』
翌日、ルーフ商会を調べた。
電話は契約解除されており、事務所はブラインドの社名も消された上でもぬけの殻。そもそも取引そのものがなかったのか、住所と社名で検索したところでネット上になんの痕跡もなかった。
「ち。もしなんの関係もないにせよ、逃げられた感が強くて嫌な気分だぜ」
苦虫を噛み潰す。
隣に立つミュウが手にしたタブレットから、ロミュレイの声がした。
『サワヌマ大尉。スタブスターの本体から連絡がありました。以前使われていたルーフ商会の電話番号からの発信先の情報です』
「気になるところでもあったのか?」
『はい。私設研究所エターナル・チルドレンです』
思わず眉をしかめる。
「なんじゃそりゃ。永遠の子供たちってか」
『なんでも、博士号を持ちながら国費研究を嫌い、趣味を究めるために作った研究所だとか』
「趣味ってあれか。アニメキャラの女の子のフィギュアとか――」
「ミュウ、研究者って人種に偏見持ってねえか?」
人間たちによる脱線を黙って待ってくれるロミュレイに申し訳なく思い、ユッチは話を戻す。
「それで、その研究所のどこがきになるんだ?」
『はい。研究所に頻繁に出入りする人間の中に、サワヌマ大尉と面識のある方がいらっしゃるのです』
「なに? ……誰だ」
『鈴木悠而――元監視機構遊撃班所属、退職して現在はフォーテクス社の研究員となっています』
絶句するユッチを見上げ、気遣わしげにミュウが声をかけた。
「先輩? その人と、何かあったのか?」
「俺に……。俺に闇魔法を教えてくれた人だ」
フォーテクス社に日本支部などない。にもかかわらず頻繁に日本を訪れるのは何故か。
きっと、フォーテクスとエターナル・チルドレンの間に仕事上の取引があるのだろう。そうでないなら、彼の趣味を満たす何かがエターナル・チルドレンにあるのだ。
自らにそう言い聞かせようとしたユッチだったが、なぜか上手くいかないのだった。