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接点

 一週間前、ギファールの都市部。

 夕日を背に受け、ポニーテールが風に揺れる。ブラウンの瞳で前方のビル群を静かに見つめる戦士の名はランパータ・キュラムス。燃えるように赤いストレートロングを後ろで一つに縛っているのだ。

 新たな部下が配属されてから数週間。新メンバーでの出動は、この日でちょうど十回目となった。

 ど素人だった新人たちは、出動のない時も彼女の指導を受ける日々を送っていた。

 赤毛の班長は腰に当てていた左手を持ち上げ、掌側を上にすると手首へと視線を落とす。SEデバイスの手首部分に組み込まれた時計表示を確認すると、イヤホンマイクを口元に寄せた。

「遅いぞ。訓練を思い出してもっと真剣に走れ」

 ややハスキーな、それでいて張りのある声をマイクに吹き込む。

『はっ……、敵IMは三体、いずれも……Cクラス。間に合わせ……ます。予定通り……やってください!』

 若い男の声で応答があった。走りながらの応答だ。それなりに息があがっている様子ではあるが……。

 部下にはまだ余裕がある——無言でうなずいたランパータは、マイクを通じて別の部下に呼びかける。

「聞いた通りだ。準備はいいな?」

『はい、こちら準備できてます』

 こちらも若い男の声だ。ただし、先ほど応答してきた部下よりは幾分落ち着いている。その落ち着きに期待して、ランパータが役割分担をしたのだ。

 再び手首の時計表示に目を落とす。

「ようし。五秒前。……三、二、一、イマジナリーネット発射!」

 ランパータは背筋をピンと伸ばした姿勢のまま、わずかに目を細める。その視線の先——前方のビル群の隙間から、放射状に光が漏れた。

『と、飛んだ! あいつ、飛んだぞ!』

 走っていた方の部下の声だ。興奮している。

「落ち着け、作戦中だぞ。わかるように報告しろ」

 間髪を入れず、窘める声をマイクに吹き込んだ。

 応答したのは落ち着いた方の部下だ。

『イマジナリーネットにて一体捕獲』

 イマジナリーネットとは先日採用されたばかりの新装備だ。バズーカ状の砲撃武器で狙撃し、命中と同時に蜘蛛の巣状の網が展開する。理論上はA+クラスのIMでさえ行動不能にさせられるとの触れ込みであった。

『しかし二体は離脱しました。うわ、飛んだ! く、来るな——』

『飛んでます、奴は飛ぶんです! あっ、そっちに行った……、うわまたこっち来たっ』

 部下たちは二人とも興奮状態となってしまった。見たものをそのまま叫んでいる。

「Cクラスを相手に何を慌てている。我々は素人ではない。落ち着け」

 かつての部下マルガンやリパルがこんな風に興奮しようものなら、彼女は苛烈に怒鳴りつけていただろう。

 だが、怒鳴ることによって部下が成長するものではない。

『ネットから逃れた二体はいずれも空を飛んでいます』

『あ、当たったのになんでっ! ネットが届かないならマテリアルバインドだっ』

『無駄だ! バインドの射程より高い。この距離でも届くのはサイキックウェポンだけだ、撃て! ……っ、こ、効果なし! くそ、打つ手が!』

 腕組みしたランパータは爪先を小刻みに上下させた。

 あの熱血漢マルガンは、初出動の時でももう少し冷静だった。

 やや気の小さいリパルは、攻撃の通じない相手に出くわしても泣き言を言わず、攻略法を工夫した。

 あの時も——いや。

 首を振り、いらいらをねじ伏せる。

 今の部下はマルガンやリパルではなく彼らなのだ。かつての部下たちとは別の、彼らなりの強さを引き出してやるのが班長の仕事だ。

 気を引き締め、彼女は指示を出す。

「落ち着いて考えろ。足りないものはむりやり足せばいい。それが魔法士の考え方だ」

『はっ……! わかりました! ——おい、イマジナリーネットを撃て!』

『何言ってる、届かないぞ』

『お前の得意魔法は何だ』

『重力制御——、っ、そうかっ!』

 重力制御とは高いところから飛び降りる際、自身の身体の落下速度を緩める魔法だ。しかし、その魔法の対象として設定できるのは術者本人だけというのがこれまでの認識だった。

『質量操作だ! 【浮き上がれ】』

 再び、ビル群の隙間から放射状に光が漏れる。一度目のそれよりかなり高いところで光るそれを見上げ、ランパータは満足げに頷いた。

『よし! 一体捕獲!』

「ふっ。一つ、溝を超えたな」

 魔法と言ってもできることはそう多くない。しかし、不可能だという思い込みによって、本来のそれよりも限界を引き下げてしまう場合もある。

 新しい部下は今、貴重な経験を積んだ。

『くそ、最後の一体は素早いぞっ』

 サイキックウェポンの銃声が轟く。

『【締めつけろ】』

『【穿て】』

 作戦開始時点ではろくに使っていなかった魔法を、うまく組み合わせて使っているようだ。

「いいぞ、そのままこちらへ追い込め。最後の一体は私に任せろ」

『ひいいいぃ』

『やばいやばいなんかやばい! すごい勢いでそっち行きましたよ! 班長逃げて——お逃げください!』

 耳を疑った。意味不明な呻きと悲鳴の中間のような声は放っておくとして、この期に及んで逃げろとは何の冗談か。

「いいから、あとは任せろ」

 やがて前方ビルの陰から現れたIMの姿を見て、ランパータは眉根を寄せる。

「こいつは……。今まで見てきた中でも最高にユニークな個体だな」

 楕円形の体に、ぎざぎざした突起を持つ六本の細い足。頭部から背後へと流れる極端に長い触角。開いた羽根は硬そうで、夕日を反射しててらてらと光っている。いや、羽根はもう一組。硬そうな羽根の内側から半透明の羽根が展開し、細かく振動している。楕円部分の体長だけならほぼ等身大だが、羽根を開いた今は威圧感を感じる巨大さだ。

「まあ、観察はこの程度にしてさっさと片付けてくれる」

 IMの頭部にある目と思しき器官がランパータに向けられた。彼女めがけて一直線に降下してくる。

「…………ぅ。ぅひいいいっ!」

 こみあげる生理的嫌悪感に、我知らず声が漏れる。

 これは恐怖だ。久しく戦闘で感じたことのなかった感情。

 戸惑いつつ、それでもベテラン班長としての威厳を示すためにも下肢に力を込めて踏みとどまる。

 敵を睨みつけ、歯を食いしばる。

 その距離、五メートル……、四メートル。

「【ファイアストーン・スコール】」

 IMの真上、約二メートルほどの場所に深紅に光る魔法陣が出現した。直後、魔法陣から出現した赤く小さな物体が大量に降り注ぐ。赤く燃える小石の群れだ。

 全注意力をランパータに向けていたのであろうIMには避ける暇もない。全身を小石の群れに貫かれたIMは、なす術なく縫い付けられるかのように地面に落下した。

「消えろ、消えろおっ」

 深紅の魔法陣がIMに覆い被さった。渦巻く炎が路上をなめ、轟音とともに爆煙が立ち込めて視界が利かなくなる。


 やがて煙がおさまると、路面は広範囲にわたってアスファルトがめくれ上がり、瓦礫だらけの廃墟の様相を呈していた。

 たかが一体を撃破するにはいささか過剰な火力である。

「う、や……やりすぎた」

 彼女としてはかなり久し振りに、冷静さを欠いた戦闘内容となってしまった。

 IMによる破壊行為、という言い訳は通用しそうにない。

(お咎めなしというわけには……、いくまい)

 部下に手本を見せようと思っていたはずの直前までの心境を自覚し、顔から火が出る。

 駆けつけた部下たちに魔法の威力を褒め称えられながら、ランパータは赤く染まる頬を苦労して押し隠すのだった。



 部下の運転で魔法管理局へと帰る道中、チーム全員を労うランパータではあった。しかし内心は複雑だった。

(新しい部下たちはいずれもBクラス、条件としてはユッチと全く同じはずだ。それを考えると、これまでの彼らの戦果は驚異的としか言いようがない。……私もまだまだ修行が足りないな)

 車載通信機が着信を告げ、ランパータは反省を中断した。

「班長。第四班のリパル班長からです」

「うむ」

「映像、回します」

 ランパータは後部座席から手を伸ばし、運転席の背に装備されたコンソールを操作した。

「どうした、リパル。急用か?」

『キュラムス班長、できれば直接お話ししたいところですが、この後出動なので電話で失礼します。サワヌマ班長が乗っていたフリゲート艦スタブスターを襲った連中について、新情報です』

 ランパータの眉が吊り上がる。

『連中は、ゴラゾ・ボンヨーラの手下です。どうやら、FTの中でも新参の一派ですね。あまり荒事に関わった形跡がないのですが、証拠隠しの上手い頭脳派という可能性もあります』

「その割にはスタブスター襲撃は拙攻だったな」

 ランパータは会話をしつつ、やや気弱な印象の消えたリパルを頼もしく感じていた。

『なにせ新参の一派ですから。部下に恵まれていないのかもしれません』

「…………」

 胸中で符号する予想外のキーワードを耳にしたランパータは咳払いし、平静を装った。

「名前が割り出せたのなら、顔写真や経歴のデータはあるか?」

『あります。少しお待ちを』

 待つほどのこともなく画面に映像が表示される。元部下の相変わらずの手際に感心しつつも、現在の部下と比べてしまう自分を戒めるランパータであった。

『なんだか凡庸な経歴なんですよね。平均より少しだけ優秀な程度のビジネスマンというか。テロ活動に手を染める原因がどこにあったのか……班長? キュラムス班長、どうしました?』

 ランパータの視線は顔写真に固定されていた。画面を見つめる瞳が炎を放つ。食いしばった歯の隙間から呻きが漏れる。

「……偽名だ。こいつはガスタフ。ガスタフ・ラモーンズ」

『何ですって! 元監視機構の……』

 監視機構の裏切り者。その名はそれなりに有名だった。しかも——

「パラモズ・キュラムス殺害犯——父の仇だ」

 焼き尽くさんばかりに睨み付けるランパータの視線の先、画面に映る人物は、全体にごつごつした印象の長髪の男だった。


 * * * * *


 男は目を覚ました。大柄で、全体にごつごつした印象のスキンヘッドの男だ。

 彼はベッドから降りると、パジャマの上にガウンを羽織った。窓のそばに立ちブラインドを指で押し広げると、飛び込んできた朝日に目を細める。

「あれから四年か。早いものだ」


 コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。ふたつのコーヒーカップをトレイに載せた女が寝室に入ってきた。

 女の身長は一六〇センチ。男と並ぶと子供のように見えるが、細身ながら出るところの出た見事なプロポーションである。

 真意を窺わせない妖艶な微笑は、浅い人生経験でできるものではない。


「あの日助けた銀髪の子ね」

 女の言葉は、先ほどの男の独り言を受けてのものだ。呟く声音だったのだが、寝室の外にまで聞こえていたらしい。

「……」

「たしか、フィリスと言ったかしら。手加減するつもりなの、ゴラゾ?」

 女に話しかけられても振り向こうとせず、背を向けたまま答える。

「まさか。四年経てば事情も変わる」

「ふうん」

 含みのある相槌に何を感じたか、ゴラゾはブラインドから手を離すとようやく振り向いた。

「あなたは真面目すぎるのよ。溝を超えられる航虚艦、ボンダリューはこちらにある。その気になれば、誰の命令も聞かず、好きに生きる道だってあるわ」

「海賊にでもなろうというのか。虚数空間には非武装の商船など航行しないぞ」

 女は肩をすくめ、気軽な調子で言う。

「たとえば、よ。ボンダリューだって補給を受けなきゃ動けないし、戦艦の運用に目を光らせてるロズィスがそう簡単に勝手を許すはずがないし。でもね。あたしらは所詮チンピラ。難しいことなんて放っといて、刹那的に楽しみゃいいのよ」

 沈黙を崩さないゴラゾを見つめて一つ溜息を吐き、言葉を続ける。

「できっこないわよね、わかってる。大恩があるんでしょ。たしか妹夫婦の息子ちゃんだっけ。難病を治してもらったって」

「知っていたのか」

「莫迦ね。連中の手口よ。乳児を病気にしたのはあいつら。それを治すことで恩を売るのよ」

 その言葉に、ゴラゾはあまり表情を動かさなかった。

「過去のことだ。今の俺が守るべきは、この生活。もちろん部下たちの生活にも責任がある」

「あの三人のように上の意向に逆らって死ぬ奴らは、遺族に何も残せないものね。敵を落とせず、褒美も貰えずだもの。でも普通、あたしらみたいにでかい組織に組み込まれただけの末端のチンピラ寄せ集めなんて、遺族がどうのって気にしないものよ」

「…………」

 ゴラゾは瞳に力を込めた。

「ルーシー……」

「あら、久しぶりだわ。雰囲気たっぷりに名前だけ呼ばれるのなんて。若い男みたい。ちょっといい感じよ、ゴラゾ」

 色っぽくささやいたが、ゴラゾは表情ひとつ変えない。ルーシーはそのことに気を悪くしたそぶりも見せずコーヒーをすすった。

 彼女はノーメークで、ゴラゾ同様にガウンを羽織っている。二十代後半、さして人目を引くほどの造作ではないが、甘ったるく絡みつく話し方は聞く者に場末の飲み屋にいるかのような錯覚を起こさせる。ショートカットの髪色は黒で東洋人風、黙っていれば日本人と見分けがつかないが、ゴラゾとはセクダーン語で会話している。

「命令があれば荒事もこなすが、普段やってることはビジネスだ。そこらの企業と何も変わらん。今じゃ部下たちとその家族を預かる身。俺たちはチンピラなんかじゃないさ」

 ルーシーはガウンを脱ぎ捨てて放り投げると、ベッドに腰掛けた。丈の短いネグリジェの裾から覗く形の良い両脚をこれ見よがしに組む。

「やあね。あなたがもう一度監視機構側に寝返るなんて思ってなんかいないわよ。ただ、十四歳の女の子に銃口を向けるゴラゾ……、ちょっと想像できないのよね」

「俺自身が仕向けたことだが、彼女はあのランパータ・キュラムスから手ほどきを受けたSクラス。年齢など関係ない。もっとも戦闘記録を見る限り、魔力に胡坐をかいた危うさがあるな」

「正直に言っていいわよ。その危うさにつけこめば、命までとることなく無力化できると考えているって。ふふ、それでこそゴラゾだもの。将来ある女の子と命のやりとりだなんて、あたしだって本意じゃない。……でもね」

 細めた目で窓際のゴラゾを見上げるルーシー。その双眸は陽光を反射して妖しく光る。

「今回あたしら、ロズィスの捨て駒よ」

「それは今回に限った事ではあるまい。駒の立場に嫌気がさしたのなら……、おまえは無理につきあう必要はない」

「ねえゴラゾ。あなた何もわかってないわ」

 ルーシーは甘ったるい声のまま、棘の響きを含ませるという器用な話し方をしてみせた。

「ロズィスは万に一つもあたしらが勝つことのないように手を打っているはずだと言ってるの」

 ベッド横まで歩いてきたゴラゾは、サイドテーブルの上で湯気を立てているコーヒーカップを手にとってからルーシーを見下ろした。

「言ってることがわからんな。魔法をぶつけ合う以上、たとえどちらか一方が手加減したところで双方ともに生命の危険はつきもの。奴らを殺したくないなら攻撃しなければよいのだ」

「それが違うのよ。彼らを殺さずに、そらでいて本気で戦わせることに意味があるらしいの。戦ったら命が危険なのは、あたしたちの方だけよ」

「…………」

「まるで見せしめのように、命令違反の三人を見殺しに……。それでもロズィスに忠誠を誓うような男じゃないわよね、ゴラゾって」

「買いかぶりだ。今の俺に、他の生き方はできん」

「まあいいわ」

 ルーシーは再びコーヒーをすすり、言葉を続ける。

「あたしの言葉を信用してないようね。でも、あたしの情報網をなめないで欲しいわ。伊達に男どもをたらし込んできたわけじゃないんだから」

「何を知っている? 話してもらおうか」

「うふふ。作戦開始まで時間はたっぷりあるのよ。慌てないの」

 サイドテーブルにコーヒーカップを戻したゴラゾ。その手を引いたルーシーは、その勢いのままゴラゾごとベッドに横たわった。


 湿った音が響く。しかし、ゴラゾの意識が熱に浮かされることはない。

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