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虹色の光

「てめえ一体……」

「何考えてやがる……」

 呆然と目を見開くユッチとミュウに対し、ツッキーが冷静に声をかける。

「あれは手品みたいなものです。敵は腕を失ってなんかいません」

 ロズィスは笑い声を収め、薄笑いの表情に戻すとツッキーを見下ろした。

「よくお気付きで、ヒョードー軍曹。少々ノリが悪くて興醒めですが」

 訝る目をツッキーに向けたユッチだったが、部下の目に思い至ると納得した。再び睨む目でロズィスを見上げる。

「ふざけた野郎だぜ」

 ユッチが吐き捨てると同時、噴き出す血潮が螺旋を描き、見慣れた形へと収束していく。やがて、ロズィスの両肩からは元通りの腕が生えていた。いや、ツッキーによればもともと失っていなかったわけだが。

 これにより、ロズィスにはSクラスの拘束魔法でさえ効果がないという事実が目の前に突きつけられた格好となった。


「てめえ、何者だ」

「おや、サワヌマ中尉。その質問は、私が先にさせていただいたのですがね」

「……」

「ふふふ。よもや、私の他にも闇魔法使いがいたとは——」

 ロズィスは口を閉じると片眉を吊り上げ、夜空を仰いだ。


「………………!」

 光が迫る。宙に浮くロズィスのはるか上空、しかも前後左右から。

 それは大規模な流星群と見紛う光の乱舞。薄桃色に輝く光の矢が降り注いでくる。

 矢の群れはあっという間にロズィスを頂点とする逆三角形、いや、漏斗状の円錐を夜空に形成した。漏斗に注ぎ込む水の如く、絶え間なく連続する矢の攻撃だ。

 目を射る閃光と、それに相応しい轟音。

 漏斗の収束点に存在する者へ、圧倒的な破壊を叩き込む。


 暴力的な音と光の競演だ。ユッチは半ば放心状態で眺めていた。

 ぼそりと、ミュウが呟く。

「こいつがSクラスの攻撃魔法の一つ、メテオアローか。初めて見た。フィリスの火力、フリゲート艦とタメを張れるんじゃねえか?」

「おいおいミュウ。そいつはいくらなんでも……」

 あり得るかも、と思った途端、ユッチは音を立てて血の気が引いていくかのような錯覚を覚えた。

 こんな攻撃に晒されては死体も残るまい。

 『人払いの結界』や電話回線の妨害など、周到な準備をしていた相手のことだ。この場にロズィスがいたことを証明するものが、何一つ残らないのではないだろうか。


 ——まあ、今心配することじゃねえな。

「俺たちの任務、最優先事項はIM退治だからな。ロズィスみたいな化け物、身柄確保なんて考える方がどうかしてる。あんな奴、消し飛ばすのが正解だぜ」

 ロズィスは指名手配犯である。当然ながら逮捕対象だ。だが首尾良く捕まえたところで、監禁するにも護送するにも不安がつきまとう。前回捕まった際も、記録によればかなりの大捕物だったらしい。

 そして、魔力封印処置をものともせず、脱獄まで果たしている。

 ふと、ユッチは記憶に引っかかりを感じた。

「なあツッキー。あいつ、どこかにSEデバイスを隠し持っていたりしなかったか?」

「少なくとも身体の正面側ではSmap(エスマップ)テーブルへのアクセス光は確認できませんでした。背中側——腰の後ろとかに隠し持っていたなら、あたしの目でも見えなかった可能性があるかも……いいえ。もしそうでも、アクセス光が完全に隠れることはないと断言できます。つまり」

 やはりな、とばかりに彼は腕組みして夜空を仰ぎ見る。

「ロズィス・ルーフはSEを起動していなかったか、あるいはデバイスそのものを所持していなかった可能性があります」

「ん? なあ、先輩」

 横で聞いていたミュウが首を傾げ、話しかけてきた。

「向こうでロズィスに関する資料を読んだ時、脱獄の時点で『SEデバイスの所持を確認』って書かれていたぜ」

 腕組みを解いてミュウに顔を向けると、ユッチは考えを述べた。

「デバイスを持っていたから魔法を使って脱獄できた、という印象操作かも知れない」

「……えっ?」

「監視機構の監禁施設では、万が一のために建材に魔法耐性の高い物質を使っている。しかも、服役者本人への魔力封印処置も施されている。ロズィスのような殺し屋の場合、処置の中でも最も重い、解除不能なやつを施されたはずだ。だが、奴は脱獄した」

「うん」

「となると、監視機構による魔力封印処置が効かないだけでなく、SEなしで魔法が使える奴だったのだ、と考えれば納得がいく」


 フィリスによる光の矢は、徐々にその数を減らしつつある。

 ユッチはその光を瞳に映し、さらにその向こうを見透かそうとするかのような目付きとなった。

「俺が気になっているのはな。仮にSEなしで魔法を使えるというのが事実だとしたら、奴はいつからそうだったのか、ってことだ」

 腕組みし、眉間に皺を寄せるミュウ。

 隣に立つツッキーは何かに気付いたような顔をしていた。

「ロズィスは脱獄できなかったのではない、ということでしょうか。施設の中に、彼が求める何かがあった、と」

「推測だがな。初めから目的があって捕まったのなら、そこで何かを得た。あるいは、普通にヘマして捕まったけど、たまたま魔力封印処置に耐性があった。そして施設の中でSEなしで魔法を使う方法を手に入れた」

「前者に決まっています」

 断言するツッキーに対し、ユッチは苦笑交じりに牽制した。

「まあ、ここで結論を出せるものじゃないがな」

「だけど先輩。もしその推論が合ってるなら、施設の中にあるかも知れないその何かをおさえておかなきゃ、第二・第三のロズィスが現れるかもしれないぜ」

「ただの推論だし、上の連中としては根拠もなしに調査するようなことはないと思うけどな」


 音と光は既に収まっており、こちらへ歩み寄る銀髪ツインテールの少女が靴音を響かせた。

 そちらを見遣り、労う意味を込めて軽く頷いて見せた。

 警戒するように周囲に目を配りつつ、ツッキーに命じる。

「まもなく霧が晴れるだろう。『人払いの結界』もだ。密告者たちの死体を——」

 ふと、瞑目する。

「……先輩?」

 ここはギファールではない。任務遂行に伴う混乱を最小限に抑えるため、撤収時の証拠隠滅も任務内容に含まれるのだ。

 死傷者が出た際の対策として、日本支部からは偽の警察官や消防官、救急隊員などに扮したサポートメンバーが派遣される場合もある。

 だが今回のケースでは、死者は日本に戸籍もなければリエイルのどこにも国籍のない異世界人。しかも死体の損壊具合が異常である。『人払いの結界』が効果を失う前に死体を消して(・・・)しまうのが最良の方法なのだ。

 しかしマギ・アウト直前のユッチでは、死体を跡形もなく消し去る魔法など使えない。

(この汚れ仕事を、彼女たちにさせるのか)


 転落したバス。切り裂かれたクラスメイトたち。

 ミュウとツッキーにとってのトラウマだ。

 彼女らは専門の治療と心のケア、そして戦闘訓練を経て、あの時と似たような死体が折り重なる現場に平然と立つようになった。

 だがそれでも、死体の処理は自分の仕事だ——とユッチは思っているのだ。


「死体の処理ならもう済ませたわよ」

「! シシナか」

 白猫がジャンプし、ユッチの肩に飛び乗った。

「女のほうはまだ息がある。どうするかはユッチの判断を仰ごうと思って、一応アストラル・フィルムで覆ってきたわよ」

 よくやった、とばかりに首筋を撫でる。

「動かせるか?」

「無理よ」

「急いだ方がいいな」

 一歩踏み出したユッチの前にフィリスが立ちはだかる。

「ユッチ殿。なぜあの犯罪者にこだわるのです?」

 答えようと口を開いた矢先——


「監視機構のみなさん」

 突然、テノールが響き渡る。

「先ほどの発言、訂正します。IMを三体失いました。今宵はあなた方の強さを認識できただけでも収穫としましょうか」

 場の全員が周囲を探る。しかし、どこにもロズィスの姿はない。

「そうそう、『人払いの結界』は私が消えて二、三分で完全に解除されます。それだけの時間をいただければ、私は皆さんの探知圏外まで逃げられますのでね。それではみなさん、ごきげんよう」

 言葉の後半から、ロズィスの声が遠ざかるように小さくなっていった。

「あそこっ!」

 ツッキーが指差す方角に、石を投げ込んだ水面のように揺れる波紋が浮かんでいた。

「————っ!」

 フィリスの掌から光弾が発射されたが、それは何の抵抗もなく夜空を駆け上がっていった。むなしい行為をあざ笑うかのようにさらにひと揺れした後、波紋は収まった。

 何の気配も感じられなくなった夜空を、ユッチはなおも見上げ続けた。


「ユッチ。結界が消えるまで時間がないわよ」

 シシナは大きめの声で告げる。

 周囲の気配を探ったユッチは首を傾げた。

「そうか? まだ分厚い壁の存在を感じるぞ。奴の言葉なぞ信用できん。数分どころか数十分ほど出られそうにないと思うんだがな」

「あたし、結界の外から入ってこられたのよ。段階的に薄くなってきてるの」

 小走りに移動しながら訊く。

「そういや、なんでAクラスのシシナが結界の外に閉め出されてたんだ」

「あいつが設定した魔法士の定義に当てはまらなかったんじゃないかしら。あたし、体長四十センチしかないし」

 ユッチはイブの傍らにしゃがみ込んだ。彼女の額に手を当て、唸る。

「うーん。話をするどころじゃないな。少し繋ぎ止めるか」

 中空に浮かぶ『風』の文字。ユッチのSEに吸い込まれて行く。

「あっ、やめなさい! ミュウ、ツッキー。ユッチを止めてっ」

 ミュウは彼の左腕にしがみつき、SEをロックした。

「おいっ」

 再びロック解除しようとするが、その右腕にツッキーがしがみつく。

「は、離せ二人とも。む、胸が当たってるぞっ」

「離しません!」

「離すもんか!」

 右からは生真面目な声で、左からはどこか嬉しそうな声で叫び返され、ユッチは溜息を吐いた。

「……。仕方ないな。無理な延命はイブを苦しませるだけだし」

 横たわる女を挟んで対面側に立つ銀髪少女が口を開いた。

「理解できません。彼女は所詮犯罪者、しかも所属した組織さえ裏切ったはぐれ者。当然の報いを受けただけだというのに、何故延命させようとするのですか。ユッチ殿はマギ・アウト直前。下手をすると命に関わりますよ」

 口調は冷たいが、相手の真意を探ろうとするその瞳はわずかに揺れていた。

「なあ、フィリスは聞いてみたいと思わねえか。怖い組織を裏切ってまでイブが何をしようとしてたのか」

 沈黙。しかし、それはごく短い時間で破られる。


 ――あたしを呼ぶのは誰?


 幼い女の子の声。

 全員が顔を見合わせていると、イブの頭のすぐそばに声の主が現れた。

 見た目十歳くらいといったところか。黒目と肩までの黒髪の、日本人と見分けのつかない容姿の少女だ。

 あまりに唐突で、しかしごく自然な様子でそこにしゃがみ込んでいる。最初からそこに居たのにその場の誰も気付いていなかっただけ、と言われたら納得しそうなほどに。

「IMっ! ——っ!?」

「待ちなさい!」

 フィリスはSEデバイスに触れようとした。しかしそこにシシナが飛びかかる。

 銀のツインテールを揺らし、反射的に抱きとめた。上官である白猫を無碍に叩き落とすわけにいかず、彼女はSEを起動するタイミングを逸した。

 黒髪の少女に一番近い位置にいるのはツッキーだ。彼女は穏やかな声で闖入者に尋ねてみる。

「あなたは誰? 一体どこから……」

「あたしはどこにでもいるし、どこにもいない」

 謎かけのような答えを寄越しつつ、その視線は横たわるイブに注がれていた。

「それは、ユッチの望み?」

 少女の言葉に、全員の視線が一箇所に集まる。

「違うよ、イーリャ」

「————!?」

 ユッチと少女以外のほぼ全員が瞠目する。

「このお姉さんがね。たぶん一言……、たった一言を届けたい相手がいるんじゃないかと思うんだ。それは彼女に残された時間でも、俺たちの力でも無理なことで」

「わかった。あたしが届けてあげる」

 少女の全身が光に包まれる。

 白い光。やがて虹色に色づき、見る者の身体と心を温めてゆく。

 ずっと見ていたい。ただじっとして、その光に照らされていたい。

 居合わせる全員が、そんな思いに身を委ね始める。

 どれほどの時間、そうしていただろうか。


「う…………ん」


 イブの口から呻き声が漏れた。

 正座をして、小さな両手を伸ばしたイーリャは、イブの頬にそっと手を添える。そして彼女の額と自分のそれを合わせ、瞑目した。

 瀕死のはずのイブは両目を開くと、小さいもののはっきりと言葉を紡ぎ出した。

「モーリー。あたしの妹。あなたの病気を消し去りたかった。でもお姉さん、間違ってた。あたし、やり方を間違えたの。

 放っておけば痛みが酷くなって死ぬまで苦しむって。それならあなたの痛みだけごまかせればいい、って。だから、ギファールでは手に入らない麻薬を……。

 貧乏でごめんね。満足に入院させてあげられなくてごめんね。悪いお姉さんでごめんね。もう会えなくて……ごめん……」


 虹色の光は一箇所に集まってゆく。イーリャの額へ。そこからさらにイブの額へ。

 イブの全身が光に包まれてゆく。

 虹色の光が白く染まった。やがて光が薄れてゆき——

 光が消え去った時、イブの身体も消失していた。

「大丈夫。お姉さんの強い想いは必ず超える。溝を超えるわ」


「イーリャ……」

 誰かが少女の名を呟く。

「そこにいたのね」

「また、会えた……」


 イーリャの輪郭がぼやけていく。

「待って!」

「また会えるわ。あなたの想いはいつだって」

 溝を超えられるから——


 その声を最後に、黒髪の幼女は消えてしまった。現れた時と同様の唐突さで。


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