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FoxWarden  作者: Nekosan
2/2

#2

 ビルの隙間を縫い、紗衣は戦狗に近づく。戦狗はまだ紗衣と殊音の存在に気づいていない。戦狗のような戦闘機械は、基本的に部隊の戦術ネットワークに接続されており、接敵した場合は敵の情報、位置などを味方部隊に通達する。もしそうなれば増援が来ることも有りうる。そうなれば燃料奪取どころの話では無い。

 そのため、殊音が乗る装甲車からECM(電子対抗手段)装置を起動させ、この周囲の無線通信網を遮断する。確実に通信を切断する保証は無いが何も対策をしないよりも効果は期待できる。だが、ECM展開中は妨害電波発信源である殊音の装甲車に気付かれる可能性が高くなる。装甲車はある程度の武装は積んでいるものの、戦狗に対抗するほどの力はない。戦狗の気をそちらに向かわせてしまうと、こちらが不利になってしまう。

 紗衣が思考を巡らしているその時、戦狗の動きに変化が見られた。モノアイの動作が停止、一呼吸置いてこちら側を向く。殊音がECM展開を開始したのだ。殊音の居る方向を、モノアイがじっと見つめる。

「急がないと。」

 紗衣は背負ったSMGを手に取り戦狗の斜め前に出る。照準を定め、発砲。弾倉の全弾を目標に撃ち込む。無論、小銃程度の威力では4m級の戦狗には有効弾に成り得ない。だが、発射時のフラッシュと合わせて、戦狗をこちらに気づかせることは可能だ。


「エンゲージ。」


 思惑通り戦狗はこちらに気づいたようだ。モノアイがこちらを向き、鈍く光る。肩部機銃の銃口が獲物を狩らんとこちらを向く。

 刹那、銃口が火を噴く。20mm徹甲弾の嵐が紗衣に襲いかかる。だが、その銃弾の向かう先に紗衣は居ない。地を駆ける勢いは疾風迅雷の如く、ビル群の間を縫い戦狗との距離をみるみる縮めていく。

 戦狗の機銃が紗衣を追跡し再び火を噴く。精度はあまりないが、徹甲弾を毎秒100発近くをバラ撒くそれは驚異的な威力を誇る。1発でも被弾すれば、紗衣はまともな戦闘行動を取るのが不可能になってしまうだろう。

 紗衣はビルを盾にしつつ戦狗の周りを回るようにして、戦狗との距離を詰めていく。音速を超えて飛来する徹甲弾は、ビルのコンクリートを次々と粉砕してゆく。

 突然、鳴り響いていた銃声がぴたりと止む。

「機銃残弾ゼロ。」

 絶好の機会。紗衣は戦狗に向かって一直線に突き進む。太刀を手に取り、腰に構える。

 戦狗も機体の向きを変え、大口径砲の照準をこちらに合わせようと試みる。だが、間に合わない。紗衣は勢いのまま跳躍し、戦狗とすれ違いざまに大口径砲に居合を入れる。鞘で熱せられた刀身は易々と砲身を斬り、破壊する。


 紗衣は勢いのまま、来た方向と逆側に着地。戦狗と向き合う。

 戦狗のモノアイがぐるりとこちらを向く。一瞬、戦狗のカメラは紗衣の姿を捉えた。が、次の瞬間に映像はブラックアウトする。モノアイには、紗衣の持つもう一つの小刀が突き刺さっている。その小刀の柄からは細いワイヤーが伸び、紗衣の持つ太刀に繋がっている。小刀から響く高周波音。紗衣は太刀を地面に突き刺す。

 パンッと、破裂音。同時に戦狗の動きが完全に停止、沈黙する。戦狗のコンピュータは電撃により焼かれ機能を停止した。頭脳を失った戦狗はゆっくりと崩れ落ちた。


「戦闘終了。」

 モノアイに刺さった小刀を引き抜き、伸びたワイヤを巻き取る。太刀に接続されたワイヤが離され、小刀へと戻る。納刀。

 紗衣は殊音への回線を開く。

「敵性対象沈黙。主人、周囲に敵性反応が無ければこちらへ――」

「このアホ!!電撃使って燃料に引火したらどーするのさ!!バーカバーカ!」言い終わる前に、殊音からの通信が入る。思わずむせる。

「...こほん。大丈夫です。引火してません。」

「そういう問題じゃないよ!」

 言われてみれば引火してもおかしくなかったかもしれない。戦闘に気を取られていて、燃料のことをすっかり忘れてしまっていた。燃料のことを考えるなら他にもやりようがあったかもしれない。

「はぁ。まだまだですね。」

 遠くからディーゼルエンジンの音が近づいてくる。戦狗はうずくまった姿勢のまま動かない。一体どこから燃料を取り出すのだろう、そんなことを考えながら紗衣は主人を待った。



 感情を持たぬ機械は、ただ指令のままに敵を撃ち、破壊する。データを取り、また改良された機械が、戦場に赴く。幾度となく繰り返されたこのループの中で、感情を持つ生物はいつしか消えた。

 私の身体も、機械でできている。だが、この心、この私は、機械じゃない。昔の記憶も、その時感じた感情も知っている。生身の身体を持っていたころの私と変わらない。私は、私だ。


 ――本当に?――


 さっきの戦闘で、私は怖いと感じたか?敵を倒した時、何かを感じたか?

 何もない。何も感じなかった。

 何故?

 私は、機械ではないはずなのに。



「紗衣!」

 突然、耳に入る自分の名前。紗衣はハッと顔を上げる。

「どうしたの?ぼーっとして。」いつの間にか、殊音が目の前にいる。

「いえ、大丈夫です。」

「そう?ならいいけど。」

 殊音は燃料を回収する準備を進めている。動かない戦狗の周りをぐるぐる回り、立ち止まったかと思うと、またぐるぐる回り、給油口を探している。


 この身体になってから、自分が誰なのかわからなくなる時が何度かあった。

 本当に私は私なのか。自分の身体を持っていたころの紗衣なのか。


「さーえー。ちょっと手伝ってよー。」殊音の言葉で、世界に引き戻される。

 よく見ると、殊音は戦狗の胴体に付いている取っ手を引っ張っている。一生懸命引っ張っているように見えるが、動く気配はない。

「すみません。これを開ければいいんですか?」

「そうそう。装甲が歪んでて開かないのよ。」

「なるほど。」紗衣が取っ手を持ち、引っ張る。鈍い金属音と共に、蓋が取れる。

「わーお。蝶番ごと取っちゃうなんて、紗衣ちゃん力持ちぃ。」棒読みである。

「そんな力持ちにしたのはあなたですよ?」

「気に入らない?」

一瞬、返答に詰まる。

「いえ、感謝してます。」

「ふふ、そっか。」

 殊音が作業を再開する。開いた穴にノズルを入れ、ポンプで燃料を引き上げる。

「これで涼しい車内で過ごせるってわけね。よかったよかった。」

「安心しました。」

「紗衣ちゃんも中に入ってくればいいのに。」

「私は暑くても平気ですから。そういう身体です。それに外の見張りも必要ですよ。」

「それもそっかぁ。」

「ええ。お気になさらず。」


 この身体は殊音が作った物。大切な人に、もらった身体。

 たとえ私の心が機械だったとしても、殊音と一緒なら、私は私でいられる。


 そんなことを考えながら、紗衣は殊音の作業を見守った。

【戦闘機械紹介】

戦狗せんく

汎用対地四足歩行兵器。

ベースとなる四足歩行ユニットに専用のユニットを搭載することで、あらゆる対象に対応した機体。

戦狗の四速歩行のユニットは不整地でも高い走破力を見せる反面、機動性は若干劣る。ある程度の積載量を持つため、130mm対地砲のような強力な武装を積むことも可能。機動性に欠けるという点もあって、基地や要塞への攻撃に使われることが多い。

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