飛輪
翌日、日が出るより少し前に目が覚めた。空はまだ紫を留め、明るさを失った星たちが小さく輝いていた。二度寝を試みたが、眠れそうになかったので、皆の朝食を準備しようと台所へ向かった。すると、そこにはルーカスの姿があった。
「おはようございます、ルーカスさん」
「おはよう。早いな」
ルーカスはどこか寂し気ではあったが顔をくしゃくしゃにして笑って見せた。
「目が覚めてしまって。ルーカスさんこそ、早いですね」
「ちょっと用事があるんだ」
「誰かに会いに行くんですか?」
「失くしものを探しに行くんだ。結構、大きいものなんだけどさ、全然見つからなくってよ」
「へぇ、そうなんですね。いつ、どこで失くされたとかあるんですか?」
「それが思い出せたらこんなに苦労しねぇな」
ルーカスは少し楽しそう笑った。失くし物というのは彼にとって何にも替え難いものなのだろう。早く見つかることを祈る、と言うと彼は礼を言い、玄関の扉を開けて出て行った。その大きな背中は何か大切なもののためにあるのだろう。
ぼんやりと遠ざかる背中を見つめていると、後ろから人の気配がした。
「おはようございます。あまり眠れませんでしたか?」
「シリウスさん! いいえ、朝食の準備でもしようかと思って」
「嬉しいですね。それはいつも僕の仕事なので」
シリウスは寝起きを感じさせない口調で、服も着替えていた。
「何でも出来るんですね」
「いいえ、出来ないことの方が多いですよ」
「そんな風には見えませんよ。完璧って感じです」
それを聞いて、シリウスの優しそうな顔が一瞬曇ったのを私は見逃さなかった。
「そう思っていただけたのなら、光栄です」
彼は竈の前でしゃがみ込み、慣れた手つきで火をおこした。次に、井戸ポンプの腕を上下に動かし、水を汲んだ。溢れ出る水は透き通っている。やはり、彼は何をやらせても達者で完璧なように思えた。
「完璧ついでに、僕は、調査隊長なんですよ」
「調査隊長!?」
調査隊とは公の機関であり、他には憲兵隊と近衛隊がある。
「はい。僕たちは過去の遺物を調査することで我々の歴史を紐解こうとしています」
確か、調査隊には遺跡やそこからの出土品を探して持ち帰る調査班と、それらの解読をする解読班に分かれているはずだ。そしてこれらの機関はそれぞれ貴族の独占状態で運営され、機関の大きさが貴族の権力を示す一つだ。
「調査隊…セイラー家の?」
「よくご存じですね。聡いあなたのことです、自分の知をひけらかしたいのではなく、何故僕が政府、そして貴族に関わっているのかと聞いているのでしょうね」
シリウスは相も変わらずの優しく穏やかな口調だった。この人はきっとまだまだ大きな謎を隠し持っているに違いない。
「実質、三つの機関は全て貴族の思い通りです。公の組織と言いながら、貴族の者が良い地位について仕切っています。シリウスさんはセイラー家の…?」
「はい、調査隊は表向きには政府の機関、そして貴族の所有物です。しかし、僕はセイラー家の人間ではありません。寧ろ、セイラー家が僕ら側の人間なのです」