狂い咲き
「いいか、もう一度言う、逃げろ!」
彼の言う意味が分からなかった。ようやく生きる理由が見えてきたのになぜそんなことを言うのだろうか。
「ミロさんは? あなたは逃げないんですか?」
「俺は……俺らは皆、既に心を捕らえられた。逃げられない!」
「もし、それが本当だとしても、簡単に裏切ることなどできません」
私は手当ての続きを始めた。
「あんたは…どう思ってる? 俺たちの計画を」
「素晴らしいと思います。穢れを取り除き、世界を美しく蘇らせる…。とても賢明です」
ミロは言葉にならないもの哀しげな顔をした。
「気づいていないんだな…」
その時、風が私たちの間を吹き抜けた。それは青く美しきものの焼ける匂いを運んだ。かき上げた彼の髪はそれに吹かれ、こちらを見つめる瞳は再び闇を纏った。
「あんた、ヒトに成り下がる覚悟はできているんだろうな?」
「人…? もちろんです」
「俺たちは人にはなれなかった。もっと、醜いものだ。その内をいくら探しても青きは見当たらない」
「…?」
それ以上は彼は口を閉ざし、何も言わなかった。
「痛そうだなぁ。大丈夫ですか? ミロさん」
後ろから聞き覚えのある声がした。マノンは動揺一つせず、楽しそうに笑っていた。
「ミロさん…! オレのせいだ。計画通りに動かなかったから」
ルーカスはいつもの元気をすっかり無くしている。
「気にするな」
「でも、血が…」
「俺の顔を立てろ。己の失敗をいつまでも言われたくはない」
シリウスはルーカスの肩に手を置き、こう言った。
「帰りましょうか」
その言葉は私を安心させた。心の奥底にまで優しくどこまでも響く彼の声はとても心地よく感じられた。きっと皆も同じ気分だろう。取り入れた光をそのまま反射する眩く瞳は透き通った青色をしていた。
もう既に日は落ちかけ、辺り一面、戦火に燃えつくされたようだった。一先ず争いが終わったらしいその荒地はこの世の悪を秘め、それと同時にこの世の信実を秘めるようだった。それは果ての誠を映し出しているようで、目を離してはいけないような気がした。
人ではない…。ミロはそう言った。一体、どういう意味であるのかは分からないが、どういうわけか今、その答えを知らなければならない気がした。どうしても大切な何かを取りこぼした気分になるのだ。行く道は遥か遠くまで日に照らされ、赤々と燃えていた。その道を行く五人の人ではない者。一体…、私たちは何者ナンダロウカ…。