水声
「ミロさん!!!」
私は震える手を握りしめた。生温かい血の感触。止められない流れ出る命。この手に真っ赤な美しい…。この気持ちどこかで…。
「あーあ、ミロさん。すごい血じゃないですか」
ミロを斬りつけた男を足で蹴り倒しながらマノンは言った。すると、カランと冷たい剣を落とす音が聞こえた。
「オ、オレのせいだ…」
その瞬間、隙ありとばかりにルーカスの相手をしていた男が剣を振りかざす。刹那、マノンがその男に斬りつけた。
「あーあ、少し斬れちゃったかな? 君が悪いんだよ、ルーカス。間抜けているから」
「ミロさん! オレが、陣形を乱したから…」
ルーカスの顔面は蒼白し、ただただその場に立ち尽くした。
「ルーカス、落ち着いて剣を取ってください。それから皆で渦中から遠のきましょう」
「いや、結構だ。サクラ、手を貸してくれ。他は続きを」
ミロは腰から剣を抜き、立ち上がった。
「敵を避けるだけだ。一本で充分」
「…分かりました」
シリウスは頷いた。
私は歩き出したミロを一生懸命に支えた。利き肩を斬られているため、本当は剣を振り上げることすら怪しいはずだ。そして、その剣も既に体を支える杖と化している。だが、幸い、怪我人と女を相手にするような人非人はこの戦場にいなかったらしく、無事に戦火から逃れることができた。近くの木陰にミロを座らせ、私は持っていた布切れと包帯で手当を始めた。
「すまない…」
「いいえ…私のせいです。私を庇ったばかりに…」
ミロは首を振った。
「あんた…早く、逃げろ」
「ダメです! 怪我人を置いていけません」
「違う。俺たち“”から、早く」
彼は私の肩を掴み、強く押した。その力に私は地に腰をつけた。
「はやく、にげろ…!」
その顔は何かに追われているようだった。
「ど、どうして…?」
「言うことを聞いた方がいい」
「嫌です! せっかく出来た仲間なのに」
「ナカマ…? お前はもう心を取られかけている。今ならまだ…。皆の戻らぬうちに」
「心? どういうことです?」
「シリウスだ…。 あいつは人の心を奪える」
「ミロさんも含めて皆、心を奪われたとでも?」
彼は静かに頷き、漆黒の髪を掻き上げた。そこから覗いた瞳は陽の光を受けて夜の闇を帯びたヴァイオレットから紫雲の色へと変わった。
「あいつは完璧だ。カンペキでうつくしい。そして、それすらもあいつの計算だ。心を奪われるぞ。いいか、もう一度言う、逃げろ!」