月夜見
彼曰くの隠れ家の扉は随分古ぼけた木で出来ている。
「開けるのにはコツがあるんですよ」
そう言いながら、シリウスは体全体を使って扉を引いた。随分と頑固なようで、それは鈍い大きな音を立てて開いた。
「ほらね?」
彼は爽やかにそう言うと、先に中へ入るよう促した。
家の中はいやに汚れており、壁には所々穴が空いていた。そこにある井戸や釜戸だけは使用感があり、片付いていたが、それ以外は何年も人の手が入っていないように思えた。
「ここは食べ物の調理以外には使わないようにしているんですよ。では、こちらへ」
彼は向かって左にある、これまた古びた戸に手をかけながら言った。私は仲間がいると聞かされていたことを思い出し、気持ちを引き締めた。
こちらの戸は意外にすんなりと開いた。
中は暖炉を焚いているようで、暖かい光がこちらへも漏れてきた。その装いはさっきの部屋とは打って変わり、華美で清潔なものだった。
「皆はまだ眠っているようです。疲れたでしょう。どうです? 少しの間、仮眠をとられては」
もう日が昇りかけているとはいえ、まだ夜に属する時間だ。彼の言う通り、眠らず長い道程を歩いたために疲れていたし、それ以外に選択肢はなさそうだったので、私は頷いた。
「はい、そうします」
「では、隣の部屋へ行きましょう。あなたの寝室です」
「私の部屋があるんですか?!」
「女性専用です。と言っても、男部屋よりも大分と狭いですが」
「他にも女性が?」
「いいえ、あなただけです。右側の部屋ですよ」
「はい」
「一つだけ気をつけて頂きたいのは、窓を開けないことです。ここに人のあることが外から察せられぬように」
「分かりました」
私は彼の言った方の戸を開けて中へ入った。戸を閉めると急に暗くなり、何故だか心細くなった。
木製の小さなベッドが一つ、やっと入る位の広さの部屋には、これまた小さな机が一つと彼の言った通りに窓があった。そこから見える景色は先程のものと変わらず、ただ広い草原が際限なく続いているだけだった。
私はベッドに横たわった。この短い間に実に色々なことがあった。こんな所へ来てしまって大丈夫だろうか。彼は世界を終わらせると言っていた。醜い世界に終止符を打つというのには賛同出来るが、いざとなると少し不穏で物恐ろしい気がする。
ふと、戸を叩く音で目が覚めた。どうやらあのまま考え込みながら眠ってしまったようだ。
「朝ですよ」
その声は昨日と変わらず穏やかで優しかった。窓から差し込む光は相変わらずなようでどこかいつもと違う気がした。
「おはようございます」
戸を開けると、そこにはシリウスと三人の青年がいた。
一人は、透き通るような真っ白な肌に癖のある白藍の髪、宝石のような翠の瞳を持ち、繊細な顔立ちをしている。
もう一人は、背が高く、日に焼けた肌に栗色の髪を短く切り、人懐っこそうな薄茶のつり目を持っている。
最後の一人は、どこまでも表情の読めない深い紫紺の瞳とそれを隠すかのような漆黒の髪を持っている。
「さぁ、自己紹介が終わり次第、世界終末のシナリオをお話ししましょう」
シリウスは窓から差し込む朝日を取り込んで艶やかに光るその碧眼をこちらへ向けた。