表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

雲居の空

 広い部屋に一人。することもなく、私は窓の外を覗いた。庭一面に花が美しく咲き誇っていた。風に散る花びらを目に、泣きたい気分になる。


「お待たせしました」


 私はその声に驚いた。何故だか後ろめたい気分だったからだ。シリウスはそれを知ってか知らずか、にっこりと笑った。


「なるほど。君が紹介したいというのは、この子だ?」


 シリウスの横に立つ男は物珍しそうに言った。


「はい。サクラと言います」


 シリウスはその男に私を紹介する。


「ふーん。僕はルシファー。よろしく」


 苗字を名乗らないことを考えると、この人も貴族ではないようだ。


「なかなか可愛い子だね。気に入ったよ。好きなだけここにいるといいよ」


 ルシファーは独特な雰囲気を持っていた。


「調査隊長のシリウスさんの恩師、ということは…?」

「あれ? 何も聞いてないのかな?」


 彼はシリウスと目を合わせた。


「ふふ、あなたは秘密主義ですから。僕の口から言えることは少ないので」

「そうだね。でも、君は僕のことを良く分かってるじゃないか。僕は、うーん、なんて言うのかな…。放浪人?」

「放浪人?!」

「うん。調査隊長をシリウスに譲っちゃったからね。もう僕の仕事はないんだ」


 呑気なものだ。大丈夫なのだろうか。


「世界を旅しているんだ。世界には見るものがたくさんあるからね。時間がいくらあっても足りないよ」

「世界ですか? 果てまで行けば砂漠ばかりな記憶があります」

「君の世界はね。でも僕の世界は違うんだ。果てなんてないよ。その先があるんだ」

「はぁ…」


 少し変な人だな。私は彼の気迫に少々押されかけていた。


「ルシファー、それくらいにしてあげてください。彼女、少し困っています」

「これが分かる人って中々いないんだよね。シリウス、君以外は」

「僕はあなたに無理矢理連れていかれただけです」

「あはは、そう言って、今の君があるのは僕のせい(・・・・)じゃないか」

「その通りですね」

「そういう訳で僕は忙しいから、またね、お嬢さん」


 ルシファーは私へ手を振ると戸に手を掛けた。


「あ、そうだ。シリウス、ハルトマン家に関わるんだろ? 気を付けた方がいいよ。あまり気のいい連中じゃないからさ。それに、僕の隊員が可哀想だ」

「今は"僕の"ですけどね」

「はは、そうだね」


 そう言うと、彼は部屋から出て行った。


「ハルトマン家にも行くんですか?」

「はい。そろそろ本気で戦争しよう(しかけよう)と思います」

「しかけ…」

「しかし、今日ではありませんよ。五人で、です」


 ハルトマン家と言えば、近衛隊を所有する一族だ。憲兵隊ほどではないが、多くの武力を持っているということになる。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 シリウスは私の顔を覗き込んだ。


「僕たち調査隊も多少なりとも武力はあるんです。調査には常に危険が伴いますから、調査班は特に」

「物騒ですね」

「ふふ、最初に言ったでしょう。僕らの思想は物騒だ、と」


 彼の優しい笑顔に少し安心させられた。


「ハルトマン家を落とせれば憲兵隊にも張り合えますから」


 …彼は心が顔に出ない性質のようだ。








「―――という訳です。簡単に言うと、ハルトマン家と近衛隊を味方にします」

「面白くなってきたな!」

「ハルトマン家かぁ…。ミロさんはどうするんです?」

「まずは、ミロさん以外で軽く視察に行きましょう」

「俺は戦は嫌いだ。好きにしろ」


シリウス、ルーカス、マノン、ミロと皆それぞれに反応した。しっかりと覚悟が出来ていないのは私だけだと痛感した。


「サクラ、あなたもです」

「私も?!」

「当たり前だろ。行こうぜ」

「でも、私、皆さんの足手纏いになってしまうかも。この前のように…」

「怖がる必要はありませんよ」

「僕たちが今度はちゃんと守るさ」

「守られるのが…嫌なんです。心が苦しいんです」


 私は何も出来ない。頭も良くないし、剣の腕もない。本当は世界を壊すだなんてこと実感できていない。皆に守られることしかできない。ただ、怯えることしか。


「…それでいいんだよ? ね、シリウスさん?」


 マノンが静かに口を開いた。


「はい、それも計算のうちです。あなたがそこにいるだけで計画が全て上手くいく手筈です」

「……え?」

「しかも、この計画のすごい所っていうのが、君が下手をすればするほど完成していくところだよ。死なない限り、ね」

「どういうことですか? 私、そんな計画聞いていません」


 マノンもシリウスもその質問には答えてくれなかった。


「オレもよく分かんねぇけどさ、安心しろよ。二人がいいって言ってんだ」


 何も知らないことは怖いはずなのに、ルーカスは無邪気に笑ってみせた。








「いつ来てもぱっとしない所だなぁ…」


 近衛隊の本部を前にマノンは面倒くさそうに言った。


「マノン、お前ここに来たことがあるのか?」

「うん、そうだね」

「いつ?!」

「昔、かなぁ…。ずっと前さ」

「近衛隊に関わる仕事でもしていたのか?」

「まさか。僕がそんなことしてたと思う?」

「はは、そうだな」


 ルーカスとマノンは笑った。


「彼らはいくつだと思います?」

「え?」

「歳、ですよ」


 シリウスの唐突の申し出に私は変な返事をした。


「うーん。多分、二人とも同じくらいじゃないですか?」

「いいえ、ルーカスはマノンより四つ上です」

「そうだったんですか」

「はい、マノンはあなたより一つ、歳が多いだけなんですよ」

「一つ?」

「たったの、一つです」


 彼のこの言葉は胸に刺さった。たった少ししか変わらないマノンでさえ、命を懸ける覚悟を決め、負うべき運命を認めている。私は、甘えていたのだ。人に守られて生きることを知らずのうちに肯定していた。


「……私」

「いいんですよ。何も言わなくって」

「サクラ? どうしたんだ?」


 下を向く私にルーカスが声を掛けた。


「いえ、何も…」

「シリウスさんにいじめられてたりしてね」

「シリウスさんがそんなことする訳ねぇだろ」

「いいえ、実際その通りです」

「あはは、僕の当たりじゃないか、ルーカス」

「私が…、私が悪いんです」


 私は声が震えるのを抑えるのに必死だった。


「私、皆さんに甘えていました。覚悟も決めぬままここまで来てしまいました。でも、今度こそ、命を…命を懸けます。堂々と生きます。だから、お願いですから…」


 ここまで言ってから言葉に詰まった。


「何をお願いするわけ?」


 マノンが少しきつい口調で私に問いかけた。


「…私を認めてください」

「僕たちはどうすればいいの?」

「認めてほしいんです。ずっと、私は弱いがために皆さんに守られる、そういった意味で特別な存在です。そんなの嫌なんです。私も戦います。一緒に」


 シリウスもルーカスも真面目に私の言葉に耳を傾けていた。しかし、マノンだけは堪え切れぬとばかりに笑い出した。


「あはは、君、面白い事を言うね」

「どういう意味です?」

「何で抗おうとするの? 僕たちに任せておけばいいじゃない」

「私は、私なんかは皆さんの命を懸けるに足りない人間だからです」

「つまり何、僕たちの命は…」

「皆さんの命は皆さんのために使ってください。私なんかに、他人(ひと)のためなんかに使ったって仕方ありません」

他人(ひと)のために使ったって仕方ない、ねぇ…」

「はい、皆さんの命は掛け替えのない大切なものです」

「そう…」

「そうです! だから…」

「僕、君みたいな子はキライだなぁ」


 マノンは余裕の表情を浮かべながら小さく言った。

今回からは少し長めを意識しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ