この世の花
星残る空の下、私たちは終わりの見えない草原の一本道を歩いていた。
あれからどれだけ歩いただろうか。もうすっかり夜の闇は明日の気配に薄められてきた。もうすぐ鳥たちが鳴き、それに起こされた花の雫は儚く朝日に煌めくのだろう。
あぁ、私の生きるこの世界はどうにも醜くあらねばならないようだ。
人口、約十万人。
人類の歴史、498年。
世界の始まりにはある伝説が存在する。
ある日、五つの美しき魂がこの地上へ降り立ち、人間へと姿を変えたのだという。“始まりの五人”は大地に立ち、花を愛で、風を読み、星を数え、太陽と共に生きる術を知っていた。
それはこの世界をより美しくした。
全て、すべて、上手くいくはずだった…。
彼らの唯一の失敗は、と私は思った。神的存在として人々に崇められる彼らのたったひとつの、些細で重大な過ちとは、“人間”になったこと。
それはこの世界を最も憎き悪へと導くのに事足りるものだった。高等動物としての人が持つ“感情”は厄介で賤劣だ。
始まりの五人の子孫は現在、貴族を名乗り、互いに対立を繰り返している。
この世界は一つの王家と五つの貴族、そして大勢の平民によって成されている。王家はそれぞれの貴族から平等を保つため、表向きに世界を治める者として、約二百年前に作られた。王となる者は、貴族の中から一人、王家へ嫁がせる決まりとなっている。
心の卑しい貴族達は一族の娘を王家へ嫁がせるためにより多くの領地を欲し、より多くの富を得ようとした。そのためならばどんな後ろ汚い手段をも容赦しなかった。
そうして、何の利益を得るわけでもない平民を少しばかりの金で買い、戦場へと送るのだ。
"人間"として生きるがために手にしなければならない欲。
世界の全てを敵に回してでも手にしたいものはそんなに価値のあるものだろうか。
この草花や風、星に太陽、そして大地。 あぁ、かつてこの地に宿りし美しき魂はどこへ行ったのだろうか。それとも、美しきなど始めから何処にもなかったのだろうか。
「……ラ? サクラ?」
ふと私を呼ぶ穏やかな声が聞こえた。はっとして顔を上げると、静かにこちらを見るシリウスの姿があった。
「到着しましたよ。お疲れ様です」
そこにあったのは悠久の時を経たように感じられる古びた石造りの家だった。草原にぽつりと佇むその家は人の気配が全く感じられない。
「ここは…?」
「僕たちの隠れ家です」
彼は優しく微笑んだ。
その笑顔はつい先程の彼の言葉を自発的に思い出させる。
「あなたを僕たちの仲間として迎え入れたいのです。僕たちの行っていることはとても物騒で、その思想は野蛮です。いいですか。世界を終わらせようと考えています。そのためにあなたが必要なのです」