永久の絆
「そうだ、俺の幸せはとても美しいものさ。平凡だが、ここにしかない」
ジャンヌは始めこそ堪えていたが、声を出して笑った。
「何がそんなにおかしい?」
「いや、君は本当にいい奴だよ」
「どこまで馬鹿にしたら気が済むんだ!」
「馬鹿になんてしていないさ。悪かったよ。心から謝らせてよ」
「もう帰らせてもらう」
「まぁまぁ、もう少しだけいてよ。言いたいことがあるんだ」
「俺はもう聞くことは何もない」
「そんなに怒らないでよ、謝ってるじゃないか」
「何を今更」
「ミロ、君に僕の死んだ後を任せる。いや、お願いしたいんだ」
「…言ってることが滅茶苦茶だ」
「うん、さっきのは嘘。演技だからね。お願いできるかどうか君を試したんだ。まぁ、性格が悪い事に変わりはないね」
そう言うと、彼はまた笑った。
「あと、君がメリーナを好いていることを知っていたのも真実だよ。だから、僕は…」
「へらへら笑いやがって」
「ふふ、怒らないでよ。僕は純白だからさ」
彼は真顔に戻ると話を続けた。
「…君のことは信用している。僕は長くない。僕だってまだしたいことは沢山あったし、子どもの顔だって見たかった。でも、これが運命なんだ。そして、僕が最後にできるのは君に後を頼むことだけなんだ。こんな苦労、君に掛けたくなんかない。君はあまりにも優しいからね。僕が弱いばかりに。本当にごめんね」
「…心配は何もいらない」
「うん。ありがとう。きっと、君とはもう会えないだろう。…いや、また、会えるさ」
「そんなこと言わないでくれ。お願いだから…」
「泣くなんてダメだなぁ。そのために僕はいつも笑ってるんだ。僕の分も強く生きて。そして、たまには自分のことも大切にしてやってよ」
俺は頬を流れる涙に気が付いた。
「強く…、俺は信じたいんだ。希望を。微かな希望でもいい。それでもいいから…」
「言ったでしょ? 僕は全部分かってるって。僕は先にいってるよ。君を待ってるから。メリーナも子どものことも頼んだよ、ミロ」
「だが、あまりにも俺は無力だ」
「弱音を吐かないで。君は僕の誇り高き"親友"だ」
「親友…」
「きっと、この先、予想もしないことが起こる。僕には分かるんだ。そして、その時、君がどんなに自分を追い詰めるかも」
俺は涙でジャンヌを見ることができなかった。
時は止められない。なんて残酷なんだ。俺は、こんなにも真っ直ぐで強い親友を先に行かせ、どうしてここに留まっていらるのだろう。連れて行ってほしい。もう、飽きたんだ。この世の憂さには。こんなに悲しい思いをするのなら、出会わなければ良かった。親友になんてならなければ良かった。
大切な人なんていらなかった…。
「ミロ、顔を上げて。僕はこの胸に君との絆を刻むよ。だから、永久の絆を君の心にも」
ジャンヌの笑顔を見ることはこれ以上耐えられなかった。
俺は部屋から飛び出した。
廊下でメリーナとぶつかって転んだが、何も言わず、立ち上がって家を出た。
走った。
我武者羅に走った。
苦しかった。
辛かった。
寂しかった。
涙が止まらなかった。
今まで、どんなに辛いことがあっても、両親が死んだ時でさえ、泣いたりはしなかった。目に溜まった涙が景色を霞めた。ただただ光り輝く砂明が揺れるのが見えた。そして、それも次第に見えなくなった。
「そうか、もう、秋が来る」
秋が来る。
砂明のいない霞んだ景色には音も色もなかった。あぁ、ジャンヌ! 何故お前は死に逝くんだ。この命より掛け替えのない親友はもうすぐこの世界からいなくなる。そんなこと耐えられようか。
一人で溢れ出る涙を止められなかった。俺がお前をどれだけ大切に思っているかも知らずに。それを伝える前に失わなければならないのか。
明日が来なければいい。
明日を待っている人なんているのか。明日が来れば必ず何かが変わる。変化ほど怖い事はない。何も変わらず、ずっと永遠に同じ今日を過ごしたい。
時間なんて残酷なだけだ。
運命なんてでたらめだ。
贅沢を言っているわけじゃない、悪いことをしているわけでもない。ただただ、平凡な毎日だ。どこにそれを奪う必要があろうか。誰にそんな権利があっただろうか。どうしてそんなことが起こり得るのだろうか。
あぁ、神なんて…。
この世界のなんと残酷なことか。




