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小夜時雨

「ふふ、支離滅裂だよ。なんで子どもが生まれるのに死ぬの?」


 ジャンヌはこれを聞いてもなお、笑っていた。


「だから…!」


 ここまで来てはっとした。


 彼女が死ぬ理由はジャンヌの死と関係している。理由を話せば必ず病状を話さなければならなくなる。


「どうかしたの?」


 呑気に彼は返事をした。


「いや、何でもないんだ。本当に。…もう遅いし、帰る」


 ジャンヌは可笑しそうに笑いながらこう言った。


「君って人はさ、本当に優しいね。そういうところ好きだよ。僕は知ってる(・・・・)って言ったじゃないか」

「あぁ、この前会ったことか?」


「いいや、全てだよ」


 全て、彼は確かにそう言った。


「な、何を…」

「だから、全てさ。むしろ君よりも知ってるかも」


 俺は言葉を失った。


 ここで明るく何でもない風に振る舞わなければ、さらに多くを悟られてしまうことは分かっているのに何も言う気にはなれなかった。


「僕の命はもう長くない。そして、メリーナはそれを嘆いて死へ足を踏み入れているんだ。そうでしょ? 知っていたさ。からかって悪かったよ、ミロ」

「なぜ…?」

「君も僕のことを良く知っているだろ? こういうことには鋭い性質なんだ」

「そうじゃない。なぜ、笑っていられるのか、と聞いているんだ」

「あはは、仕方ないからね。どんな顔をしようとも、何を後悔しようとも死はもうすぐそこまで来ているんだ」

「メリーナが死ぬのを止めないのか?」

「あぁ、僕に止めようがないよ。彼女は僕に死ぬことを言わないだろうからね」

「そんなの…!」

「勝手、かな? でも、たとえ彼女に打ち明けられたとしても僕は何も言わないさ」

「俺は止めた。でも、俺じゃ、無理だった。もう、ジャンヌ、お前にしか…」

「ミロ、君は僕をどんな人だと思う?」

「今はそんなことどうだっていいだろ」

「本当は、僕は君が思ってる程いい奴じゃないんだ」

「何の話だ」


 彼は視線を下に落とした。長い睫の影が顔に落ちた。


「小さい頃から君がメリーナのことを好いているのは知っていたよ。君は僕なんかよりずっとメリーナを大切に思っていただろう? 自分の命のことも、それを知った後の彼女の顔を見たらすぐに分かった。そして、しばらくして彼女がした小さな決心のことも全て。そう、すべて。その上で何も知らないふりをして生きてきた」


「僕は最悪な人間だ。死んで当然だと思うよ。だから、最後にもう一つ、君に最低なことを言いたい」


 彼は伏せていた目をこちらに向けた。その琥珀はいつもより赤みを増しているように思えた。


「メリーナは君に渡さない…!」

「……ジャンヌ」

「たとえ彼女の死を以てしても、ね」


 言葉を聞けば聞くほど、何も分からなくなっていった。どうすべきなのか考える力はもう既に持ち合わせていなかった。


「生まれてくる子どもはきっと、僕と彼女と同じ、琥珀の瞳をしているよ」


 ジャンヌはすっかり色の抜けたその髪をかき上げた。


「君のは紫紺だ…!」

「ジャンヌ、お前…何を言っているのか自分で分かっているのか!」

「もちろんさ。言っただろう? 僕は"全て"分かっていると」


 彼は真っ直ぐそう言った。


「それで賢いつもりか? 正しいつもりか? 俺はそう思わない!」

「ここで声を荒げる方がどうかしてると思うよ」

「よく考えろ! お前が今、言ったことを!」

「僕とメリーナは死ぬ。そして、子どもも君の面倒にはならない。そういうことだよ」

「馬鹿な! それじゃあ、本当に…」

「本当に最悪、だよね」

「くそっ、俺はそんな壊し方許さない」

「壊す? 君が守っていたのって結局、何なの?」

「それこそ、全てだ。お前とメリーナと共にある日常、俺の幸せだ」

「君の幸せはとても美しいものだね」


 彼は相変わらずの態度でそう答えた。彼の笑顔が判断を鈍らせる。俺は喧嘩腰にしか話せなくなっていた。

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