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賭けの命

「わたし、死のうとおもうの」


 その瞬間、風が止まった。静寂が空間も時間さえも支配し、何一つとして動くのを許さなかった。俺は彼女の琥珀色の瞳を必死の思いで覗き込んだ。その瞳は、今まで見た中で一番に美しいものだった。その美しさは心を支配し、奥深く芯まで凍り付かせ、そこに秘められた儚さは不安な気持ちを大きくした。彼女の揺れる瞳を見つめながら、何を考えているのか、その深層へ辿り着けまいかと必死だった。


「何が、いけなかったんだ…」


 そう、何もいけないことはなかったはずだ。俺たちは裕福でもないし、自由に使える時間も少ない。でも、それでも…日々の中に小さな幸せを見つけ、それを幸福と感じることができる心を持ち合わせている。それだけで何も要らないはずだ。どれだけ辛い目に遭おうとも、どれだけ努力が報われなくても、そこに確かに待ってくれている人がいるだけで幸せなんだ。


 そこに帰って来るだけで心が温まる場所があることこそが、人間の感じることができる至上の幸せなのだと信じている。


「メリーナ、一体…」


 玄関に佇む二人を包むように静かに風が吹き始めた。


「何がいけないとか、そんなじゃないの。ミロはいつも固いのね。理由は簡単よ。誰でも考えるようなこと」

「何を言っているんだ! これから子どもが生まれてくる。ジャンヌだっている。どこに死ぬ理由があるって言うんだ!」

「…もう、生きていく意味がみつからないの…!」

「そんなの理由にならない! そんなことで簡単に人は死ねない!」

「死ねるのよ」

「いや、おれが…俺が死なせない! なぜそんなことが考えられるんだ」

「わたし、しねるの、よ」

「何を言っているんだ…」

「私にも死の選択が舞い降りたの」

「どうして…?」

「今日、言われたのよ。お医者さまに、どちらの命が大切か、って」

「メリーナと子ども…」

「そう、子供と私! 私は子供を選ぼうと思うの」

「そんなの…駄目だ! 考えなおせ!」

「じゃあ、じゃあ子供を殺せって言うの?!」


 この時、メリーナは琥珀の瞳から色を持たない涙をその頬に伝わせた。


「違う! …いや、分からない。でも、簡単に死ぬだななんて口にするな」

「いいえ。もう決めたの。おやすみなさい」


 彼女はその場で振り返り、玄関の戸に手を掛けた。俺は咄嗟に彼女の手を引いた。それだけで彼女の細い体はこちらによろめき、俺の腕に小さく収まった。予想よりも遥かに軽く小さい彼女を腕に、命の鼓動を感じた。改めて思う。この重い命を簡単になかったことには出来ない。


「……ミロ」


 彼女は呟いた。この声を聞き取り、それに応える人がいなくなってしまったら今にも消えてしまいそうだった。それっきり彼女は何も言わなかった。二人の間には沈黙が続いた。


 二人を包むように小さな光が集まってきた。砂明(すなあかり)だ。自ら発光する小さなこの生物は、この砂漠の村にしかいない。なぜなら、寒い夜を乗り切れないので、比較的暖かいこの村にだけ生息しているのだ。彼らは限られた時期のごく短い期間しか生きられない。彼らも限られた命を生きているのだ。一生懸命、生きているのだ。正直、子どもの命とかそんなことは考えられない。俺には難しすぎる。


 しかし、一つだけ言えるのは、メリーナを失いたくない。我儘かもしれない。それでも、俺はこの永遠に続くかのように思える平凡な日常を失いたくないんだ。それだけは今この瞬間にはっきりと分かった。もう格好を付けている余裕も、理論立てて話す余裕もなかった。


「メリーナ、確認したいことがある」

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