水陰の死
生まれた時からそれが当たり前だった。貧しい村。冷たい人々の眼。生きるために盗みを働く。帰るべき家というものはなく、家族の温かさも分からなかった。しかし、いつでもあいつらはいた。
俺の人生は何をやっても報われなかった。あと一歩のところで手が届かなかったり、自分の手柄を他人にとられるなんてことはよくあった。努力はしている。しかし、運がないのだ。それでもいい、そう思って生きてきた。そう…、あの時までは。
いつもの帰り道を歩いていた。仕事からの帰りだ。俺らは戦闘に使う武器を作らされているらしい。いつも鉄の臭いで充満した、息苦しい所だ。俺のような孤児を雇ってくれるだけあって、労働環境は最悪だったが、金が無ければ生きていけないことくらい頭の悪い俺にも分かっていた。
俺の村はエウィング家の統治下にあった。エウィング家は薬師一族だ。大半が砂漠と化しているこの村には何もなく、人の温かささえなかった。
「ミロー!!!」
それは聞き覚えのある可憐な響きだった。
「メリーナじゃないか。こんな夜中にどうして…」
「散歩よ、散歩」
彼女は少し楽しそうにそう言った。彼女はいつも明るく笑顔を絶やさない女性だった。その底抜けの明るさはいつも周りを照らし良い方向へ導いてきた。
「もう遅い。少し物騒じゃないか?」
「いいのよ、大丈夫よ」
「送ってく」
「今日はいいの」
「遠慮ならしなくてもいい」
「あら、私が遠慮なんかするように見える?」
「いや」
「そうでしょう。誰かさんにも見つかっちゃったことだし、ちゃんと帰るから、ね?」
今日はやけに頑なだ。こんなところに一人でいるのもおかしい。
「その…何て言うんだ」
「なによ? 文句でも?」
「……ただ、心配なんだ。行こう、メリーナ」
二人は月夜に照らされ、並んで歩いた。辺りは静寂に包まれ、風の音だけが虚しく耳に響いた。
「何か、嫌なことでもあったのか?」
「余計な心配はいらないってば。心配性なんだから」
「…そうか」
「そうよ」
「……大きくなったな」
「お腹?」
「あぁ、もうすぐ産まれるのか?」
「そうよ。今日、お医者さまに診てもらったのよ」
俺とメリーナは幼馴染だ。そして、もう一人、ジャンヌという男と三人で物心ついた時より生きてきた。俺ら三人の両親は戦争で負った怪我が原因で亡くなった。身寄りもなかった俺らは寄り添って必死に生き抜いた。薬師一族の領土であるこの村には多くのこうした子どもたちが集まって来る。怪我人となった親を診てもらうためである。しかし、金のない子どもたちは親の診察を断られ、このような貧しい下町に住まう運びとなったのだ。そのため、この村には病人が溢れ、得体の知れない病が流行っている。皮肉にも誇り高きエウィング家の抱える領民が一番病死しているらしい。
父が居なくても、母が居なくても、三人でいれば寂しさを感じる暇もなかったし、何かが足りないような気持ちになることも無かった。俺たちはただただ必死で生きていた。盗みだって、人を欺くようなことだって平気でして見せた。生きるために。大切な友を失わないために。命のためならばどんなことだってできた。
そして、多くの年月を共に過ごし、戦争孤児となって十年余りが経つ今、メリーナはジャンヌとの子どもを身籠っている。これは俺にとっても、そして、もちろん二人にとっても喜ばしい事だ。
「じゃあ、これで」
メリーナとジャンヌの家の玄関まで彼女を送り届けた。
「えぇ、ありがとう…」
「体を冷やさないように」
「……待って、ミロ」
「何か?」
「いいえ、やっぱり大したことではないの。あなたになら言えると思ったけど、でも…」
「一体どうしたんだ? さっきから少し様子が変だ」
その刹那、メリーナが放った言葉に俺は凍り付いた。
「わたし、死のうとおもうの」




