太刀風
「掛かってきていいよ」
マノンは手招きをした。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ実戦なんて…」
「僕は君を待つほど気が長くないんだよ」
少し面倒くさそうに彼は言った。
「君に斬られるほど僕は弱くないしね」
彼は私の腕を掴み引き寄せた。少し、強引に。不意の出来事だったので、私は足元をふらつかせた。
「おっと、ごめんね」
ふと顔を上げると彼の顔が近くにあった。言葉とは裏腹に全く悪びれていないマノンの顔だ。転びそうになった私は彼の腕の中にすっぽりと収まってしまったらしい。
「君…」
その真っ白な腕も体も、思っていたよりも大分と細い。こちらへ向けられたエメラルドの瞳に影を落とす睫毛は見とれるほど長い。
「顔、赤いよ?」
彼は悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
「そ、そんなことないですよ!」
「あはは、意地悪はこれくらいにしておくよ。仕方ないなぁ、持ち方から教えてあげる」
受け止めた時に私の手から取ったらしい剣を返しながら言った。
「まず、親指と人差し指の付け根でしっかりはさんで。両手で、内へ力を入れる感じで」
「はい」
「そうそう。まぁまぁ上手かな」
マノンは静かに剣を振った。彼の太刀風は真っ直ぐで軽く、爽やかだった。
「ね?」
彼は笑った。どんなときでも彼は余裕の表情を崩さない。
「サクラー!」
遠くから私を呼ぶ声がした。
「あれ? なんだ、マノンもいるじゃねぇか」
「なんだ、とは失礼だなぁ」
「ルーカスさん! おかえりなさい」
「おう、ただいま。マノン、お前に剣なんて教えられるのか?」
「うん、できるよ」
「初耳だな」
「ルーカスさん、失くし物は見つかりましたか?」
「それが、駄目なんだよな。もう何日も探してるのに」
ルーカスは大きく笑った。
「それじゃあ、今日はもう終わりにしようか。ルーカスも帰って来たし」
「もうですか?」
「うん、疲れたでしょ?」
まだ、少ししか経っていないので疲れてなどいなかったが、私は頷いた。彼は彼なりに何かすることがあるのかもしれない。
「あ、そういえば、ミロさんが呼んでたよ。君のこと」
「…私、ですか?」
「多分ね」
マノンはそう言うとさっさと家へと戻ってしまった。マノンの考えていることは相変わらず読めない。
「さ、行って来いよ。ミロさんのとこ」
ルーカスに言われて私は歩き出した。戸を開け、台所から隣の部屋を覗くとミロがこちらを向いていた。
「外へ行こう」
それだけ言うとミロは私の側を通り過ぎていった。
「話したいことがあるんだ。俺のことについて」




