凍て空
「調査隊は表向きには政府の機関、そして貴族の所有物です。しかし、僕はセイラー家の人間ではありません。寧ろ、セイラー家が僕ら側の人間なのです」
僕ら側の人間、つまりは貴族を憎み、世界の終わりを願っているということなのだろうか。しかし、セイラー家は“始まりの五人”の末裔、歴とした貴族である。
「セイラー家は他の貴族とは違い、“始まりの五人”の中でも変わり者の一族です。故に、僕らに協力すると言っています」
「故に、と言われても…」
「大丈夫ですよ。手は回してありますし、安心してください」
シリウスは水で洗った野菜を包丁で切りながら笑った。疑問は沢山あった。手を回すとはどういうことか、変わり者の一族とはどのような意味か。
「シリウスさん、あの…」
「おはよう」
マノンが図ったように戸を開いた。
「マノン、準備が遅れていますから、少し待ってくださいね」
「うん、大丈夫ですよ。そこの新入りちゃんのせいでしょうから。見るからに手際が悪そうだし」
確実に嫌味を言われている。
「こう見えても料理は出来るんです! 小さいころからやってますから!」
「あはは、そんなに怒らないでよ。そんなことより、剣の練習、するでしょ? 早くしてよ」
「…はい」
昨日、マノンと剣の練習をする約束をしたのだ。私がこんなに弱くなければミロに怪我を負わせることも無かったし、戦場で怖い思いをするのも、もう二度と御免だ。
シリウス主導で朝食を作り終わり、起きてきたミロと四人で机を囲んだ。皆、話すことは辺り障りのない事ばかりで、少し違和感を覚えた。食事を片づけ、食器を洗い終わると、剣を二本手にしたマノンに外へ誘い出された。
「これ、貸してあげるよ」
マノンの差し出した剣は真中に大きな翠の宝石が埋め込まれており、その周りにも輝く宝石が散りばめられていた。
「うわぁ…綺麗ですね」
思わず声にしてしまうほどにそれは美しかった。
「うん。それは君にあげるよ」
「え? こんなのもらえません!」
「要らないの? 残念だなぁ、せっかく君のために引っ張り出してきたのに」
「……。そう言えば、これ、真剣じゃないですか?」
「そうだよ。木刀が無くってね」
マノンの笑顔を見て、木刀もある気がしてならなかったが、私はそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、抜いてみてよ」
そう言うと彼は自分の持っていた剣に手を掛けた。その真っ白な手で引き抜かれた剣は美しい輝きを放ち、手入れの行き届いているものだと一目で分かった。
「さぁ、君も」
彼に促されて私は剣の柄を握った。ゆっくりと引き出すと、ただの鉄でできているとは到底思えない煌めきに目を奪われた。
「この剣…」
「キレイでしょ? 僕の大切なものなんだ」
「これを使ったことはあるんですか?」
「うん、あるよ。昔はよく使っていたんだ。でも、僕はこっちの方がいいからさ」
彼は静かに笑って見せた。人を斬ったことがあるかもしれない剣だと思うと少し重く感じられた。
「じゃあ、掛かってきていいよ」
マノンは楽しそうにそう言った。




