星合い
"この世界は美しい"
―――誰が言ったのだろう。
たった498年。たった十万人。人々はその血を何のために流すのか。
生きることは罪なのだ。きっとそうに違いない。
天つ星は残らず名を奪われ、幾千の花はもう二度とその名を呼ばれることはない。
あぁ、なんて汚れた世界。
―――静かに星落ちる夜、風が吹き抜ける草原の中、一人の少女が夜空を眺めていた。その大きな瞳は絶望を知り、愛を知らなかった。その顔は泥にまみれ、その腕には美しき薔薇の如くに痣が咲いていた。身につけているのは傷みの酷い布切れだけだった。
少女は真っ白な頬を伝う雫を拭った。
満天の星、そのひとつさえ名を知らないことを嘆かずにいられないのだ。
心奪われる思いで夜空を眺める少女、その少し後ろから彼女を見つめる者がいた。
「やっと見つけた」
その青年は金髪を真っ直ぐに切り揃え、夜の闇に負けぬ輝きを放つ碧眼を持っていた。
漆黒の闇に宝石を散りばめた空の下、遥かどこまでも続くように思える草原で風に包まれた少女の後ろ姿はまるで、いつしか忘れ去られた物語の中に生きる者のようだった。
その大きな瞳は全てを受け入れ、その小さな口から紡がれる言葉は儚きを語るのを青年は知っていた。
青年は真っ直ぐ少女を見つめ、ゆっくりと歩き出した。
その時、風が止んだ。
少女の髪は静かに動きを止め、その刹那、青年は息を呑んだ。
「こんな寂しい夜の下、何か探し物かしら?」
少女は後ろを振り返り、その口から言葉を発した。
「いえ、何も失くしてはいません。むしろ、得ようとしているところです」
青年の口調は丁寧で優しく、どこか艶やかだった。その整った口元に笑顔を浮かべると少女へ近づいた。
「僕はやっと見つけることができたのです」
「それは素敵ですね。あなたの望みが叶ったのなら。今日だけはこの景色はあなたのものね」
「景色?」
「この時間のこの眺めは私だけのものと信じていましたが、今日はあなたにお譲りします」
少女は明るい笑顔を作った。
「僕にあなたの名前をお聞かせ願えませんか?」
「…見ての通り名乗るほどの身分ではありませんので」
「いいえ、どうかお願いします」
「……サクラ、と申します。あなたの名は?」
「失礼しました。先に名乗るのが礼儀でしたね」
青年は背筋を伸ばし、真っ直ぐ少女を見つめた。
「シリウス、と申します」
その瞬間、少女の胸は大きく音を立てて鳴った。少女は胸を押さえ、大きな瞳をより一層大きくした。
風が再び吹き始めた。
そう、この瞬刻、運命の歯車が音も立てず回り始めた。この出会いこそが世界を取り戻す重要な鍵となることを少女はまだ知らない。
奴隷としてこの世の最底辺を生きてきた少女が人々を救い、世界を、そして宇宙の掟までも変えようなど、この時、誰が知り得ただろうか。