不幸の神に愛された女
日向ゆき、18歳。
彼女には誰にも言えない秘密がある。
彼女は、とんでもない不幸体質の持ち主だった。
ニュースで報道されるような前代未聞な事件などの現場には必ず彼女がいた、といっても過言ではない。
例えば、幼稚園。
いきなり誘拐された。しかし、誘拐する子供を間違えたみたいで仲間同士で喧嘩をし始めた。その結果、仲間同士で殺し合いが勃発して、ゆきは無傷で生還した。
例えば、小学校。
不審者が侵入して、クラス全員の子供たちを人質にして立てこもった。もちろんゆきはいた。警察に追い詰められた犯人は、自害をした。
例えば、中学生。
体育の授業中に爆発音が聞こえて騒然となった。無差別爆弾テロにこの中学校の校庭に爆弾があったらしい。しかし、犯人が爆弾をセッティングする際に誤って作動してしまい、自爆して亡くなったという。
例えば、高校生。
県内の修学旅行。目的別に10人程のグループで別れて各グループはそれぞれ学校が指定したペンションに泊まることになっていた。比較的、近場であるため、ゆきのグループは先生ではなく生徒の親が保護者としてついてきていた。そして、山にあるペンションに泊まっていたところ、殺人が起きた。グループのメンバーは無事であった。しかし連絡手段である電話の線も切られてしまい、携帯も圏外で繋がらない。1人、また1人と殺人が起きる。全て被害者は大人の利用客だった。そこで、身分を隠していた名探偵が犯人を特定し、追い詰められた犯人は自害をした。
ここまで読むと、ゆきが不幸体質であるのではなく、ゆきの住んでる場所が治安が悪いだけなのではないかという、疑問が生じるだろう。
ところがどっこい、ゆきの家族は転勤族であるため、幼、小、中、高と全て離れた場所なのだ。
家族は普通なのだが、ゆきの不幸体質を心配に思い、護身術やボルダリング、身を守る術を覚えさせた。また、なにか不幸な出来事に苛まれた時の対処方法を過去の事件を基づいて一緒に考えたりしてシュミレーションをした。
さて、前置きが長くなってしまったが、ゆきが不幸体質なのはわかっていただけただろうか。
こんなゆきはもちろん、男運も悪いのだ。
幼稚園の頃は、大好きだった年下の男の子とイチャイチャしたが、ある日いきなりスコップで殴られた。今でも額にその傷は薄く残っている。
小学校の頃は、ある年上のガキ大将に目をつけられて男の子全員に虐められた。死ね、とも言われた。
中学校の頃は、中1から告白されて付き合ってた同級生の男の子に、中3で実は嫌いだったと告げられる。嫌いだけど、からかうために付き合ったのだと。
高校は、男子とは接しないようにしていた。しかし、男の教師にアプローチをされて付き合うことになったが、この男、浮気性だった。
このように全てにおいて不幸なゆきだが、死ぬこともなく、貞操も守れているため、ある意味ラッキーなのだろうか。
大学生になったゆきは銀行にいた。
今なにをしているのか?
人質になっている。
まさに銀行強盗の現場の真っ只中だ。
平日の昼間。地方の銀行なので一般客が少ない。客はゆきを合わせて5人だ。
優しげなタレ目のかわいい年下の男。
ヤンキーみたいに目つきが悪い年上らしき男。
日焼けした爽やかなスポーツ少年っぽい同じ年くらいの男。
眼鏡をかけた切れ長な瞳のクールな大人の男。
(あれ、なんで先生いるの・・・)
眼鏡の男性は高校生のときに付き合っていた教師だった。
(他の人も、なんか・・・見覚えがあるなぁ)
しかし、そんなことを考えている暇はない。
生き延びることを計算しなければならないのだ。
ゆきは、周りをよく見る。
そして、強盗犯に、子供を親に預けてて子供が大丈夫か確認の電話をかけたいと依頼する。
嫌がられたが、余計なことは言わない、ということを前提にして犯人の目の前で電話することになった。
「あ・・・も、もしもし?お母さん?3つ子は静かにいい子にしてる?・・・そうなのね、イッ君はサムライジャーの剣のオモチャ、フー君はゴムゴムのバズーカのオモチャ、ミー君はメガネのオモチャがお気に入りなの。それだけしかないからそれを渡しといて。ミー君はメガネのオモチャだけじゃ物足りないかも。もし、それでもグズるようだったら、裏庭で遊ばせて。そうしたら今のところは大丈夫だと思うから。うん。うん。じゃあね」
そう言って電話を切るゆき。
話を聞いていた強盗犯に、若いのに3つ子とは大変だな、と言われ、いえいえ、と愛想笑いする。
そうして、数十分後に、裏口から侵入した警察に捕らえられそうになった犯人3人はその場で自害した。
一人はナイフで。
一人は銃で。
最後の一人は、死んだ仲間の銃で。
保護されて、事情聴取のために警察にいたゆきは、無事に解放された。
解放された、ゆきは、母と合流する予定だ。
ゆきの実家は今東京にある。
今日は偶然、ゆきの母が新幹線でゆきの元に遊びに来ていたのだ。
あの後、何故警察が銀行に踏み込んだのか。
それはゆきが母に電話をかけたからだ。
すでにこの事件を母は知っているだろう、とふまえて電話をかけた。
ちなみにゆきは3つ子など産んでいないし、育てていない。
昔から不幸に苛まれるゆきを心配して、なにかあった時に、暗号を家族で考えたのだ。
まさか役に立つとは思わなかったが。
母はきっと警察に伝えてくれるか、警察に盗聴を頼んでいるか、のどっちかしてくれるだろうと思ったゆきは、以下の事を母に伝えた。
犯人は3人。興奮している様子もなく冷静である。1人は刃物をもっている。2人目は拳銃をもっている。3人目は監視役で何も持っていない。監視役は、ちゃんとしていない。裏口もノーマークであるため、今なら侵入しても大丈夫だ。
警察がふみきる判断を鈍らせたらどうしようかと思ったが、無事に救出された。
犯人は死んでしまったが。
警察署から出たゆきは、見た三人の遺体をぼうっと思い出していた。
そしたら、声をかけられたのだ。
あの、眼鏡の高校教師だ。
「ゆき、会いたかった。なぁ、聞いてくれ。俺の家にきてくれ。話し合おう」
困っているゆきに違う声がかかる。
「やめろよ、オッサン。ゆきが怯えてるじゃねーか。ゆき、相変わらずうさぎみたいだな。俺が車で送っていくぜ」
目つきの悪いヤンキーみたいな男が言う。
“うさぎみたいだな”
小学校の頃のゆきをイジメた主犯のガキ大将がよくこの言葉を言っていた。
まさか、と動揺したゆきに新たな声がかかる。
「ゆき、怖かったね。大丈夫。俺がこれからゆきを守るから。もうそばを離れちゃダメだよ。俺も離さないから。俺と一緒にきて」
爽やかなスポーツ少年っぽい男の子が言う。
“そばを離れちゃダメ”
それは中学の頃、付き合っていた男の子がよく言っていた言葉だった。
「ゆきちゃん、ゆきちゃんは僕のモノだよね。結婚するって言ったよね。ゆきちゃんのファーストキスも僕だし、ゆきちゃんのハジメテは全部僕のモノ。僕がつけた額の傷、みせて?僕のモノって証だから」
タレ目のかわいい男の子が言う。
“僕がつけた額の傷”
それは幼稚園の大好きだった男の子しか知らない事実。
ゆきは全力で逃げることを決意する。
そんなゆきを幸せに出来る男はいるのか。
それはゆきしか知らない。